第一章 青龍隊の決断

第1話 円卓会議 人が増えて大変だよー

「それでは、塵芥会じんかいかい年度初め会議を開催いたします」


職業「騎士」のアオは声高らかにそう宣言した。「普通の男子高校生」の天沢七緒あまさわななおが笑んで拍手をする。


「今回は各隊の活動報告、朱雀隊からの申し出についての議論、最後に麒麟隊からの武器の供給を行う予定です。早速本題に入りたいと思うのですが、その前に」

アオはそこで言葉を区切り、俺を見た。


「古財君、机から足を下ろしなさい」

「えー」

「君は青龍隊隊長でしょう。それに見合う行動をなさい」

「了解でーす」


アオが怒ると面倒くさいので、素直に足を下ろす。会議は嫌いだ。つまらないから。アオは何か言いたげな顔をしたが口をつぐみ、円卓に座る我々の顔を見渡した。


「今回も随分と参加人数が少ないようですね。事前通達では任務にあたっている者以外は全員参加する旨伝えたはずですが?」


円卓を上から見下ろした時計だとすると、十二時の位置に玄武隊隊長アオ、一時の位置に玄武隊隊員天沢七緒、三時の位置に俺、青龍隊隊長古財響也、六時の位置に朱雀隊隊員、堅海秀夜かたうみしゅうや、九時の位置に白虎隊隊長、桐ケきりがや志希しきが座っている。


「現在任務にあたっているのは青龍隊のキキ君、朱雀隊の内空閑岳うちくががく君、玄武隊の堂本奏どうもとかなで君のみのはずですが。古財君、ピエトロ君はまたどこかへ行ってしまったのですか?」


あくびをかみ殺し、背もたれから背を離す。


「はい。先日の家出少女の任務に向かったきり。連絡も付きません」

「最低限、隊員とは連絡が付くようにしておいてください。青龍隊隊長としてのあなたの責務です」


アオははあ、とため息をつきつつ、正面に座る堅海に目を向ける。俺は早々に矛先が変えられたのに安堵しつつ、「大変申し訳ございません」と頭を下げた。その瞬間、舐めていた飴玉が床に零れ落ちた。「おっとっと……」とつぶやきつつ飴玉を拾い口に放り込む。


「それで? 堅海君、あなた方の隊長はどうなされたのですか?」

「スカラー」である堅海はセンター分けにした紫の前髪を直しつつ答える。


小桜こざくら殿よりも、私が参加する方が有意義であると判断しました。彼からの許可も取得済みです」


「以前にも確認したはずです。隊長・小桜君は『最弱から始まる成長率の高い主人公』です。彼の成長過程を支えるべく、博識の君が朱雀隊に配置されました。決して小桜君をないがしろにするためではありません」


「理解しております、アオ殿。しかし、現在の小桜殿は何をしてもどんくさく、浅学菲才と言わざるを得ません。ですから、会議に参加すべきは私の方であろうと考えたのです」


堅海はすべてを見下すような視線を我々に向け、両腕を広げて肩をすくめて見せる。


「私はスカラーですよ? この程度の簡単な結論さえ出せなくてどうするのです?」


「……この件については後ほどまた話し合いましょう」


アオは眼鏡をはずし、眉間を片手でもんだ。


「桐ケ谷君、白虎隊の残りの二人は?」

「は、はい!」


桐ケ谷は勢い余って椅子から立ち上がる。黒髪を一つに結った「戦略家中学生」の彼女は、見るからに自信なさげで挙動不審だ。


「その、えーっと。エマとひいらぎにも声をかけたのですが、あの、忙しいから、と言われてしまいまして。私一人で充分だ、と」

「忙しいとは、二人は何をしているのですか?」

「ええっと、空中散歩、だそうです」


アオはいよいよ両手で顔を覆ってしまった。我々四隊を取り仕切る彼は常に心労が絶えない。全く持って頭が上がらないし、決して彼の立ち位置にはなりたくないと思う。


「まあ、いいでしょう。各隊の活動報告をお願いします」

「はい」


と言って俺は立ち上がる。わざとらしく咳ばらいを一つしてみる。が、思った以上にじじくさいと感じたので、二度としないことに決めた。


「前年度、我々が担当する関東地区その他におけるボツキャラの出現は計1788体。うち、怪獣類は117体、特殊能力保持者は729体でした。以上です」

「うむ、ありがとう。何か困ったことはなかったかね?」

「いえ、特にございませんでした」

「では、次に朱雀隊にお願いしようか」


と、こんな感じで活動報告は続いた。我々の活動とは、三次元に漏出したボツキャラのである。日々、世界中でプロ・アマを問わず多くの作者による小説が執筆されている。その過程では、もちろんボツになる失敗作があり、ボツになるキャラクターがいるのだ。そのボツキャラたちは本来、そのまま世に出ることなく忘れ去られていくはずなのだが、なぜか消えることなく三次元に現れる輩がいるのである。


それが、恋愛小説に登場するただの間男などである場合特に問題はないだろう。しかし、元の小説がファンタジーやバトルものであった場合、特殊能力や異能、殺傷能力の高い武器を持ったキャラクターが現れる可能性があり、またミステリーであれば殺人鬼が現れる可能性もあるのである。それによる被害を未然に防ぐのが我々の任務なのだ。


「……以上になります」


各隊の活動報告が終わった。最初の予定通りであれば、次に朱雀隊の申し出について議論するはずだが、アオがそれを促すより早く堅海が口火を切った。


「皆さんにも考えていただきましょう。先ほども申し上げた通り、我々が担当する四国・九州・沖縄地区その他のボツキャラ出現数は他部隊とほぼ変わりません。しかし、現在の朱雀隊で戦闘力を持ち機能しているのは『シャーマン』の内空閑殿のみです。我々の担当地区をもっと狭めるべきでしょう」


朱雀隊の隊長・小桜は先ほども言われていたが、現在は役職の通り、最弱というしかない。戦力外なのである。そして堅海もスカラーとしての働きは申し分ないのだが、戦闘力はゼロに近い。まともに戦えるのは内空閑だけなのである。


「確かに、小桜君が成長するまでは他部隊の支援が必要でしょうな」

「その通りです、アオ殿。私が思うに、四国のみくらいが我々に適切な範囲でしょう。ですので、それ以外を三分割してあなた方で担当していただく、というのが妥当です」


「え、ちょ、ちょっと」


ガタン、と椅子を揺らして桐ケ谷が立ち上がる。


「いくら何でもそれは多すぎるのでは……? もともとの担当地区もあるわけですし」


ちなみに担当地区とは、玄武隊が北海道と東北、青龍隊が東北以外の東日本、白虎隊が西日本の本州部分、朱雀隊が九州、四国、沖縄等を担っている。


以前はボツキャラと人口に相関関係があると考えられていたが、現在では小説の舞台にボツキャラが出現しやすいと考えられている。そのため、観光地や首都はボツキャラの出現数が多い。


「なんですか? 桐ケ谷殿。白虎隊の隊員は我々と違い皆優秀だ。この程度、負担でもないでしょう?」

「で、でも……」


「横暴だ! 横暴! 九州と沖縄は観光地だから、三分割しても大変すぎるよ!」


玄武隊隊員の天沢が桐ケ谷の加勢に入る。いつも猫耳付きのパーカーが似合う彼が、かわいらしい猫耳に似合わない怒気をはらんでいる。彼はさらに続ける。


「四国だけ担当するなんて、秀夜さんは讃岐うどんを独り占めしたいだけなんじゃないの?」


ギロリ、と堅海が天沢を睨みつける。


「まるで私が私利私欲のために動いているとでも言いたげですね、天沢殿?」

「まあそうなるね」


天沢はひるまない。乱闘になるか? 面倒くさいので俺は黙っておく。


「『普通の男子高校生』のあなたがそんなことを主張する資格があるとでも?」

「会議での主張権はみんなに平等に与えられているはずだ」

「なら今すぐ内空閑殿を呼び戻して召喚獣でも呼ばせましょうか? そうしたらあなたに何ができるんです? 『普通の男子高校生』君?」

「……っでも! アオさんの手にかかればそんなのすぐに一刀両断なんだから!」


「やめなさい」


喧騒の中、アオの凛とした声が響き渡る。


「やめなさい、お二方。ここは会議の場。決して喧嘩の場ではありません。この話は麒麟隊も含めて再度話し合いましょう。それまでは必要に応じて私が南日本に赴きます」


「すみません……」天沢は目を伏せて席に座る。堅海も不承不承といった様子ながら黙った。


「では、麒麟隊からの新しい武器の供給を行います」


アオは背後に鎮座していた二メートルほどの武器保管庫を開き、各隊からの申請があった武器を手渡していく。青龍隊・キキからの申請が最も多く、俺は名前も用途もわからない仰々しい武器をいくつも受け取った。これらをキャンプ地まで運ぶのは難儀だろう。


意外にも、キキの次に申請が多かったのは朱雀隊隊長・小桜だった。以前会った時は短刀もまともに扱えていなかったのだが、いよいよ成長が目に見えるようになってきたのだろうか。


「では、今回の会議は以上となります。次回は緊急事態等が起こらなければ半年後を予定しています。それでは、解散」


アオの声に続き何人かが「おつかれさまでしたー」と述べ、次々に席を立っていく。俺もキャンプ地に戻ろうと武器をまとめていると、


「古財さん、ちょっと、いいですか?」

白虎隊隊長・桐ケ谷に声をかけられた。服の裾をもじもじと片手でいじり、もう片方の手でしきりに前髪を撫でつけている。


「なにかな?」

「その、お久しぶりです。古財隊長」

「久しぶり。元気にしてた?」

「え!? あ、あのはい、元気です!」

「そりゃよかった。何か御用?」

「あ、その、堅海さんの最新研究について聞いたのです。狭間に関する研究です。共有すべきかと思いまして」


狭間とは、我々が今存在している場所であり、二次元と三次元の境目である。


この狭間に入れる者は限られており、入れないボツキャラは消えるか三次元に現れるかのどちらかである。ボツキャラになった時点で、二次元に居場所はないのである。二次元を離れた塵芥会の我々も、三次元に行き来することはできても二次元には戻れない。


そう、我々もまごうことなきボツキャラなのだから。


「研究によると、一度三次元に現れたボツキャラでも狭間に入れる可能性があるとわかりました。ですから、任務の中で我々に協力的な人物がいたら、狭間に入れるか試してみるべきだそうです」


「ほう、それは有意義な情報だね。まあ、協力的なだけでなく何かに役立ちそうな人に限られるだろうけど。情報ありがとうございます」

軽く頭を下げると、桐ケ谷は「いえいえそんな!」となぜか顔を赤らめながらしきりに両手を振った。


「それでは、失礼します」

と言って去ろうとすると、「あ、待ってください」と再度引き留められた。

「はい?」

「あ、えと、えーと。ああそうだ。ボツキャラの作者についても新情報が入りました」


手先がピクリと反応した。


「……と言うと?」


「作者が亡くなると、その作者の生み出したボツキャラも同時に亡くなるのだそうです」


刹那、脳内に冷水が注がれたような感覚に陥った。目の焦点が合わなくなる。


「あ、何か、気分を害してしまったでしょうか?」

はっと焦点を彼女に合わせると、そこにはひどく狼狽した桐ケ谷がいた。いつの間にか自分の呼吸が止まっていたことに気が付いた。


「ああ、いや。なんでもないよ。ごめんね。」

そう言っても彼女はおどおどとこちらの様子をうかがっている。

「ごめん。この武器たちをキキが楽しみにしているから。俺は帰らせてもらうね」

「は、はい! またの機会にお会いしたいです!」


彼女に軽く手を振りながら会議室を去った。


コツ、コツ、と長い廊下を革靴で進んでいく。周りには誰もいない。


作者が死ぬとボツキャラも死ぬ。


その言葉を反芻した。何度も反芻した。しかし俺の判断は変わらなかった。





俺は俺の作者を殺す。自分の生などいらん。



あとがき

第1話どうでしたか? 何となく各隊の雰囲気が伝わっているといいなあと思います。次回からも青龍隊がメインですが、他部隊にライトを当てた話も書きたいと思っています。古財はあんまり真面目じゃないイケメンになりつつあります。果たして今後どうなるのか……


読んでくださった皆様!☆やフォロー、コメントなどで応援していただけると、作者非常に喜びます。とりあえずなまはげの格好で踊ってみたりしますか?

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