8話 新聞記事と撤退

『交戦しろ。後続は急ぎギフターに合流。戦力比はやつらが変える。恐れるなよ、一発も弾を残さないつもりでやれ!』

『おいバーナー! 約束はどうした!』

『指揮権は私にある! ただ逃げて死人を出すよりましだ!』


 撤退具申をギフターを理由にして認めない。それはギフターを使い潰す軍の一部上層部の極端な指示と同じである。エコーの抗議が途端に口汚くなった。


「だから軍は嫌いだ糞ったれ! ……カノン、キャバルリー、命令は出たぞ、やれ!」


 しかし命令には従わなければならない。戦闘の足並みを揃えなければ、軍も民営もなく、全滅するだろう。報酬は増やしてもらうぞ、とそこで通信は切れた。


「やっぱあの人はやることが派手だ。シィは逃げてもいいよ?」

「はいはい。さ、私たちも負けてられないよ」


 来る。ギフターが来る。兵士の先頭に立って、一直線に向かって来る。


「支援よろしく。私が前だ」


 煙草に火をつけ駆け出す。たなびく煙はすぐに消えた。


「りょーかい。それじゃあ——」


 シィの美しい手甲、細い指、空間に現れる魔方陣。異空間からぬっと滑りでる大型の、いや、そんなものではない。彼女の身長を大きく越えた大砲だ。


「始めよう」


 黒光りする砲身は二メートルを超える。直径22センチの砲門は、そこから吐き出す死そのものに侵されているがごとくに暗い。弾丸を連続で三発射出できる重火器の異端。「移動式巨大砲台」と呼ばれシィだけが扱える怪物だ。

 それを片手に持ち、まるでおもちゃの銃のように、握りこむように引き金をひいた。


 この世のものとは思えない発射音は後方のヨーディ村にまで届きそうなほど冴え、すでに接近戦を仕掛けようと前に出ていた好を追い越し、そのシールドに亀裂をいれ、煙草を紙片に変えた。


「え?」


 敵ギフター、イレーネシア・シューキンは世界中央でも名が通っていた。接近してからの格闘を得意とし、百戦無敗とまで噂されるほどだった。その彼女のシールドは非常に頑強で、打ち負けない粘りがあった。

 そのシールドが薄氷のように、ユニットは卵のように容易く砕け散り、細身ながらも鍛えられた肉体をずたずたに引き裂き、朝に降った雪で湿った大地に突き刺さる。そこを中心とした半径三十メートル、新たな爆発音とともに炎が渦巻き、シューキンの姿は消え、勇み足の兵士をも焼き殺した。

 残りの二発も同様に、シューキン目掛けて打ち出されていて、その熱気は近くで呼吸するだけでも喉と肺を焼いた。

 あまりに凄惨、恐るべき火力、そしてそれを扱うシィ・ホープセル。異形の怪物はその砲身をドロリと溶かし、湯気が出ている。そのまま異空間に戻し、小銃をかまえると、彼女は自らが生み出した熱波の中心とへと向かう。


「やつにだけいい格好させるかよ」


 好は口笛とともに熱波を避け、東に車輪の向きを変える。敵の横列を端から崩すつもりだ。

 それを実行させるリーシアでもない。すぐにギフターが二人対応する。一国で世界中央に匹敵するほどの国土をもつリーシア、それだけ人口も多い。古来より大軍を用いての殲滅戦を、圧倒的な物量で攻めきることを得意としていた。一には二、三には六、のような人数を倍にしての戦闘が基本戦術だった。

 好の手甲が幾何学の魔方陣を掴む。触れた部分から質量化、柄、鍔、刀身、切っ先と顕現し一本の刀が出来上がる。腰には鞘も同時に出現し、そこに納めた。刀身は1メートル、厚さ1センチ、反りはなく波紋もない。装甲同様に飾りを排していた。

 ワイヤーで推進力を溜めるも、それを見逃す相手でもない。自動小銃が火を吹いた。




 先のことになるが、この戦闘が終了してしばらくして、とあるリーシアの新聞記事にミレイ・ニキータへのインタヴューが掲載された。


「エコーズがいるとは聞いてましたけど、あいつのことはあんまり。露出も少ないし、顔だって初めて見ました」




 好の前に立ちはだかったのはそのミレイとフォン・シャオシェンの二人。どちらも「スネグラチカ」というリーシアでもトップクラスの民営ギフターズに所属している。


 ワイヤーが切れる。小銃の弾丸は好の残像のみを貫き、次の瞬間にはフォンの腹から無骨な手甲が突き抜けていた。彼女を死に至らしめた猛烈な車輪の音、赤々と揺れ動く煙草の火種、高速の騎馬の殺意。それらは目に焼き付くように鮮烈であり、しかし決して肉眼では追えない速度である。





「現役復帰ですか? 怪我が治ればって感じですけど、こうですからね」




 彼女は首から吊った右腕を見た。左腕は肘から先がない。額の包帯の下は十針縫っている。下半身に若干の痺れがあり、今はリハビリを懸命にこなしている。




「この……よくも!」


 騎兵は自在に動く。右か左か、上体と視線で相手を誘導し、そこに拳を置くだけでよかった。眼球の移動速度を越える体重移動による加速と急停止は、ミレイの銃弾もナイフもすり抜ける。パッと消えたかと思うと彼女の腰に激痛が走る。蹴られたとわかったのは反射で振り返った時に、脚甲の車輪が血で濡れていたからだ。




「こうなったら格闘でやるしかないって思って、でもそれがいけなかったのかなぁ」




 彼女は失われた左腕に囁くようだった。彼女だって得意だからこそ格闘を挑んだのだし、自信があった。

 ナイフを突き出す左腕は簡単にひしゃげた。無骨な手甲と正面からぶつかり、尺取虫のような格好になった。




「それであいつ、私の頭を掴んでさ、頭突きしたんだよ? あり得ないでしょ普通」




 ミレイはさっぱりとしていた。額の傷はそのせいだという。




「覚えてるのはそれくらいかな。右腕は、ガブが言ってた……ああ、ガブリエルってスネグラチカのメンバーね。その子が教えてくれたんだけど」




 昏倒したギフター、兵士は兵士との交戦をしている。離れた場所ではシィが銃弾をばらまいている。流れ弾がシールドに何発か当たった。


「射線を考えろよ」

「ごめん! それどころじゃない……おっと!」

「そっち行こうか」

「お願い!」


 さて、と少女はミレイの右腕を踏みつけた。肩に担ぎ上げ、車輪を回す。後方から大砲を鳴らす砲兵のもとへ走り、荷物のように放り渡した。




「何で助けたか? そんなのわかりませんよ。エコーズに電話してもわからないって。それにあいつの名前も知らないし」





 シィは世間への露出が多く顔を知られている。三人のギフターが彼女の方に来たのは、写真集なんかだしやがって、実力を試してやる、といったひがみがあった。いずれもスネグラチカのギフターで、腕は確かであるし連携も取れている。近接、遊撃、射撃が組み合わさっているため、射撃一辺倒のシィは押されていた。

 パケット・ヤンガーの剣は切断よりもその重量で押し切ることを目的とした武器だ。三メートル弱のそれを振り回すだけでも驚異であるし、レベッカ・ディンギスの一撃離脱式の攻撃は逃げ道を狭め、ルーナ・テンバーの射撃、距離十メートル程を保ち環状に移動しながら様子をうかがい虎視眈々と4センチ砲の引き金に指をかけている。


「こちらキャバルリー。ギフター二名制圧完了。一服したらカノンの応援に向かう」

「は、早く来て! うわぁ! そんなの当たったら死んじゃうってば!」


 間違いなくシィにとって窮地だった。しかしその悲鳴はどこかコミカルで、茶目っ気がある。本人は必死だが聞く者によっては余裕の表れのようにも感じられた。


「舐めるな!」


 滑稽な悲鳴を上げるくせに、攻撃は当たらない。ディンギスのナイフがシールドに防がれるたびに怒りは強まり、冷静さをかく。それがヤンガーにも、テンバーにも伝わった。

 怒りが彼女たちの足並みを乱した。わずかな連携の乱れ、気づくはずのことが、見えたはずのものが、届いたはずの車輪の音がまったく意識から抜け落ちたわずかな油断。


 最初はヤンガーだった。彼女のユニットは装甲が薄く、その代わりに機動力に優れている。剣に重量があるがための工夫だったが、それが命取りだった。

 突っ込んできた好の蹴りがわき腹へと深くめり込んだ。装甲の上からではあったが、内蔵まで引っ掻き回した。悶える間もなく車輪が高速回転し、血飛沫に染まると顔から倒れて、そのまま動かなかった。返り血もそのままにピンとワイヤーを張った。




「ねえ、記者さん、名前は? そう、アーネイね、いい名前。あなたは、あいつの名前知ってる? あら、栄光ある帝国新聞の記者なのに敵の名前も知らないのね。え、名前どころか写真もないの? そう、残念ね。あいつ、結構キレイな顔してるのに」




 それは兵士の怒声も自らの熱い呼吸音でさえ置き去りにして響いてくる。地面を削る悪魔の足音、掻き出された砂は遠くまで弾け、まるで羽のようだ。


「遅いよ! あ、本当に煙草吸ってるし!」

「ははは、いやあ、手こずった。いいギフターだったぜ」


 その言葉に繋がって見えてくる事実、仲間の死という者がかえって冷静を呼び、ディンギスとテンバーは撤退を視野に入れた。怒りに任せての突撃をすれば、また死者が出ると直感していた。




「次に戦えば勝てるか? うーん、どうだろう。状況にもよるし、そりゃあ袋叩きにすれば勝つだろうけど、一対一でしょ?」




 シィのライフル弾が、空へと発砲された。こんな状況、仲間があっさりと殺され、死体には生気の残るこんな状況だからこそ、その空への一発が二人の注意を引き付けた。シィへの射撃、反撃を行おうとする先の先、ワイヤーはすでに切れていた。

 テンバーは4センチ砲が寸断されるのを見た。光の線が袈裟懸けに食い込むのを感じた。幼い頃、庭に落ちた雷を直視した時の、自然への恐怖すら温かな思い出となり、体を斜めに両断された。


「ルーナ!」


 もはや油断や慢心などではない。圧倒的なギフターとしての格差がディンギスの眉間に二センチの穴を空けた。

 好は地面を旋回して速度を落とし、吸っている煙草の火を新しいものに移した。深呼吸すら彼女は煙で行った。


「こちらカノン、ギフター三名制圧」


 このまま攻め込めばウエクなんて。と少女たちは丘を上った。

 そこで目にする不気味な集団、リーシアの圧倒的物量がそこにあった。すぐに伏せ、じりじりと後退した。見下ろした先には数えきれない兵士と、おそらくギフターは中隊規模である。最初に出てきた数百人はほんの小手調べにすぎなかった。


『こちらバーナー。撤退だ』


 シィたちはそれに従い、兵士たちも退却していく。リーシア兵はギフターを恐れなかったため、鴨射ちのようで、中央軍はつい滅した。

 中継地点までの撤退が完了するとすぐさま会議が行われた。


「空軍のギフターから連絡が入った。ウエクの戦力についてだ」


 バーナー自ら地図を広げた。ロレックは青い顔でそれを見つめている。


「ブライト中将率いる旅団。ギフターズで構成された師団。一個大隊と二つの民間ギフターズでできた一個中隊。これが報告上の敵戦力だ」

「およそ一万。さて、このままでは私たちは死ぬしかないな」


 タリアはそれを現実として受入れていた。


「数が足りない。集めようにも時間は待ってくれないな」


 ロレックは震える唇を舐めた。神経の細さが表情に表れる。戦場になれていない様子だった。


「諸君、遠慮はいらない。意見を」


 バーナーは言うが手は挙がらない。連戦連勝の世界中央軍であるからこそ、ここまで領土を増やし、戦線を拡大してきたものだから、勝てない場合というものを想定していなかった。勝つためにはどうすればという超攻撃的な態勢の、勝利と敗北の一方に重きを置く思想の破綻が現れている。


「……ギフターを使うのはどうでしょうか。中央軍にはまだたくさんのギフターがいます」


 意見したのはハドック少尉。三十過ぎの髭面の男だ。


「……呼んでも間に合わない。他にあるか」

「中佐! それでは」

「黙れ。誰か意見はあるか」


 彼は優秀で、軍人としての面子が被害を増やすというのを知っていた。だが優秀だからこそ、撤退などできなかった。


「バーナー中佐、ことここに至っては仕方がない」


 エコーは静かに告げた。


「撤退だ。クルトーまで戻ればいい」

「く……しかし」


 バーナーはこうした決断のできる男だったし、そうせざるをえなかった。


「こちら空軍第三偵察部隊です! リーシアが行軍開始! 先行はギフター! 到着まで約一時間です!」


 にわかに騒ぎ出す会議。落ち着こうにも空軍がもたらした情報に心臓を締め付けられるばかりだった。ロレックが天幕を飛び出そうとするのをタリアが抑えた。


「離せ!」

「じっとしていろ。バーナー中佐、あなたは隊に規律を守らせ、美しくここを離れてくれ。隊長どもも余計なことは言わず、私たちは快勝し悠々と引き上げる。そういう態度でいろ」


 とはいえ死者は多い。埋葬も遺品管理もできない。慌ただしすぎる不気味な勝利凱旋となるだろう。


「何をしている、中佐。ロレック、あなたもしっかりしてくれ。パニックはすぐに伝わる、顔にも出すな。ゆっくりと、堂々と、クルトーまで向かえ」

「エコー、きみは」

「戦力を考えれば必滅するだろう。しかし、その結果を覆す。激戦の末、引き分けに近い勝利にしてやる」


 エコーは笑っていた。リーシア兵の殺到する地鳴りが聞こえそうなのに、彼女は不思議なほど冷静に笑った。


「そ、そんなことが」

「できるんだよ」


 愛煙家は言い切った。彼女もまた笑っている。腰まである黒い髪が煙に揺れた。


「そこらの三流と一緒にするな。私たちはエコーズ・ギフターズだ。あんたは世界一のギフターズを雇ってんだぜ」

「まあ、それでこの有様なんだけどね」

「シィ、茶化すなよ」

「いいじゃない。それより中佐、急がないと本当に間に合わなくなりますよ」


 バーナーは喉で呻き、すまないと言った。


「我々のために死んでくれ」

「報酬の倍は用意しておけよ」


 エコーの軽口に微笑んで頷き、敬礼をして天幕を出ていく姿は敗軍の将のものではなかった。


「ようし! すぐに出発だ! 国歌でも歌いながら行こうじゃないか。がっはっは!」


 やりすぎね。シィはいたずらっぽく笑って、ユニットを装着する。

 天幕の外は暑いほど日が照っていて、今朝の雪が信じられないほどだ。


「おお、見える。あのギフターどもか。ひぃふぅみぃ……四人? 少ないな」

「民営だろうな」

「タリアさんも、やるの?」

「いざとなれば、な。お前らはまず先行隊を潰せ。籠城は無意味だからな」

「りょーかい。そんじゃあ」


 装着、ワイヤーを前方に突き刺し、車輪を回す。


「これでいいかな」


 60口径のスナイパーライフルの銃身を限界まで切り詰め、連射可能に改造を施した一対の銃。一丁で50キロを越える死神を手の中で遊ばせた。


「遅れんなよ」


 少女は笑う。敗北をひっくり返す、これがギフターなのだという、誇りと歓喜があった。

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