第五章 chapter5-3

 そして一人閉じられた部屋に取り残された私だったが、男達がいなくなってしばらくして、目を覚ました。

 男達がいたときとは違い、誰もいない部屋で目を覚ました私は暴れることもせずに部屋の中を黙って見渡した。

 その瞳はまるで憑き物が落ちたかのように虚ろで、まるで意志のない人形のようにも見えた。

 胸の上下するのを見なければ、生きてるのかもわからないほど静かなその姿はまるで人形であるかのようにも見えた。


「…………」


 そしてはじけるように先ほど誰かと聞かれた言葉だけが、耳元でフラッシュバックした私の口元が小さく動いた。


「……私ハ……ダ……レ……?」


 その私の小さな呟きは誰に聞かれることもなく、ただ虚空へと消えていった。



******


「本当にここに桜夜はいるのね?」

「それは信じてくれても良いじゃないか、君だって何度も彼女の耳につけた発信器の情報は見ただろう?」


 郊外にある小川のせせらぎが聞こえて来る巨大な研究施設から少し離れ、死角になる場所に車を止めた津々原は私の連れ去られたとも思われる研究施設の一角を指差した。

 車の中で彼女につけた発信器の発信データを受信して『いた』タブレット端末の画面を雪声に見せる。

 しかし少し前まで、発信器からの情報のマーカーを示していたそのタブレットの地図には今は何も映されていなかった。


「彼女がこのビルに連れ込まれたのは確かだ、問題はその後発信が受信できなくなったことだが……」


 しばらく考えて考えをまとめた津々原はタブレット端末と車に装備しているアンテナを繋ぐケーブルを外した。


「多分あのビルには電波を遮断する部屋とかがあるんだろう。ここでこうしていてもどうしようもない、ビルに侵入して確かめる」

「それしかないかもね」


 運転席に座っていた津々原と助手席の雪声はそう言って車から降りる。

 それに続いて後部座席に座っていたみかさも降りようとするが、雪声がそれを手で制する。


「ごめん、みかさはここにいて貰える?またあなたが傷つくようなことになったとしたら……、それこそ私は桜夜に見せる顔がないし」


 車から出るのを止めたのみかさが手にした鞄を見た雪声が『おやっ?』という顔をする。


「みかさその手にしてるのって……」

「うん、桜夜のバッグ、つい持って来ちゃった」

「そっか、それじゃあちゃんと返さないとね、私達で」


 二人が話していると津々原が急ぐように手で合図を送ってくるのが見え、雪声は仕方ないとため息をつく。


「ここを守るのがみかさの役目だから、お願いね」

 雪声みかさの手を取ってそう言った、そしてはっきりと敵意を込めた視線を津々原に向けた。

 津々原はその視線を受けて肩をすくめる。


「確かに彼女を巻き込んだのは僕だし、申し訳ないとは思ってるよ。だからこうやって助けに来てるんじゃないか」

「口では何とでも言えるわよね」

「完全に僕はお姫様の信用を失ってしまったようだ、仕方ない信用は態度で示して得ることとしよう」


 そう言いながら津々原は手にした双眼鏡でビルのことを確認していた。


「ごめんね、みかさ。今更信じてくれとも言えないけど絶対に桜夜のことは助けるから、何があっても……」


 みかさにと自分に言い聞かせるように語りかけてその細い肩を抱いた雪声の手も小さく震えていた。

 そして自分のことをじっと見つめる雪声の若干潤んだ瞳を見てみかさも自分の手をそっと雪声の手に重ねた。


「わかった、信じるよ。実際私が行っても足手まといになるだけだと思うし、何より……」


 みかさはそこまで言って言葉を切った。

 そしてすうっと息を吸った。


「雪声さんは……、桜夜と私の友達……でしょ?また一緒にお昼を食べるんだよね?三人一緒で」


 みかさのその言葉を聞いた雪声は、今まで心の中で溜めていた物が堰を切って流れ出した。

 雪声はみかさの小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう……絶対に……三人で、三人でまた……」


 それ以上は雪声の口からは言葉は出なかった、しかしみかさにはその雪声が言いたかった言葉がわかった気がした。


「おい、何をしてるんだ、早く来い雪声」


 しびれを切らせた津々原が雪声を手招きして呼んだ。


「呼ばれたから行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 みかさはそう言って手を振りながら雪声の事を心配そうに見送ったのだった。



******


「さっきから見ていたんだが、ビルのあの奥の棟の人の流れが全く違うんだ、おそらくあの棟だけ他の棟とは違う目的があるのだろう……」

「それじゃあ……」

「多分奴らが使っている棟、ということだろうな」


 目立たず音を立てないように歩きながら二人はその棟へと向かう。

 建物から100メートル程まで近づきながら二人は見つからないように樹の影に隠れて建物の様子をうかがった。


「やはりどう見ても研究者とは関係なさそうな奴らがいるな、さてどうするか……」

 私が浚われたときと同じような黒い服の男達が入り口らしき扉付近にいるのが見えた。

「奴らの目的は私なんでしょう?だったらこういうのはどう?」


 雪声が津々原となにやら囁いた。


「ふむ、そういう手しかないか……」


 雪声に提案された案を考え他に策がないことを踏まえ津々原は頷いた。

「わかった、それでいくぞ。あの大木まで移動してからやるぞ」


 建物の入り口から死角になる大木を指さし、二人は見つからないようにその樹の影へ移動した。

 大木の影に身を潜めた津々原はゆっくりと歩き始めた雪声に目で行けというサインを送った。

 そのサインを見た雪声は小さく頷くと、ゆっくりと入り口に向かって歩き始め、それを見た津々原は音を立てないように大樹から、更に入り口に近い樹へと移動した。


「起動、幻影術式」


 津々原は空中に魔法陣を描くと、首から提げたペンダントが光を放つ。

 ペンダントの光と共に津々原の姿が周囲の景色と溶け込んでいった。


「私の事を探してると聞いたのだけど……」


 雪声は手を振りながら扉の前にいる男達に声を掛けながらゆっくりと近づいていった。


「私ですよ、調雪声。あなた達が探しているのは私なんですよね?」


 余りにあっけらかんと当たり前のように歩いてくる雪声の姿に男達は毒気を抜かれ、手にした銃を構えるのを忘れてしまう。


「そ、そうだがちょっと待て、上に確認して見……」


 そう言って男は扉の横に設置してある端末を操作しようとしたその時、突然周囲の背景に紛れていた津々原の手刀が男の首筋を一閃する。

 隣に建っていた男がうめき声を上げて倒れるのを見た、もう一人の男が慌てて津々原に手にした銃を向ける。

 その銃を構える動きを見た雪声が軽やかな動きで男の鳩尾に向かって膝蹴りを叩き込んだ。

 予想外の方向からの行動で男はその場に崩れ落ちる。

 スカートの乱れを直しながら津々原を睨む。


「こっちを見ないでよね」

「ああ、それどころじゃないから安心してくれ」


 手にしたタブレット端末を使い、解錠コードを見つけ出し、さも興味もないという風に雪声の方を振り向きもせずに手をひらひらと動かして返す。


「それはそれで何かむかつくわね……」


 その仕草に雪声は苛立ちを隠せなかったが、自分がそう感じていることに驚いていた。

 二人は男達の近くの木に縛り付け、気絶させると、彼らの持っていた拳銃を奪った。

 男達の意識がないことを確認した二人は、開いた扉の中に飛び込んだ。

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