第四章 chapter4-1
車から降りてきたのは先日、音羽高校に臨時の教師としてやってきた津々原であった。
「え?津々原先生なんで?」
「まずはそこから説明しないとだね。その前に場所を変えよう、車に乗ってくれるかな?」
言われるまでもなく雪声は助手席に座っていた。
私もどうするか、しばし逡巡するが雪声が乗ったのを見て後部座席に座った。
津々原も運転席に座るとエンジンを掛け車をゆっくり走らせると、先ほどと同じ軽い口調で話しはじめた。
「まずは簡単に自己紹介でも僕は彼女のマネージャーでもあるんだよね」
「……え?」
軽い口調でそう説明する津々原の事を私は驚いた。
「なんでそれが私達の学校で教師なんてやってるんですか?」
「いやぁ、そっれが私も何故かそうする事になってしまって驚いてるんですよ」
「……私の監視……」
はぐらかすかの様な津々原の言葉の後に雪声の言葉が続く。
「え?監視?」
全く予想もしてなかった言葉に私は驚く。
「……はぁ、あえて僕が誤魔化そうとしているのに、なんでお前はそう簡単に言ってしまうかな」
「こうなった以上隠しても無意味でしょう」
「まぁ、そうなんだけどね」
運転しながら津々原は頬を掻いた。
「そういえばどこに向かってるんですか?」
「それのマンションだ」
「それ?」
「わ、私のマンションです……」
「は、はぁ……」
何故雪声の事を『それ』と言ったのか疑問はあったが、取りあえず向かう先がわかり私はほっとしていた。
しばらく無言が続き、車はとある高層マンションの前で止まる。
「先に部屋に行ってくれ、僕は駐車場に車を止めてくるから」
その津々原の言葉に雪声は頷き、私を連れてマンションのエントランスホールへと入っていった。
エレベーターを待っている間の雪声の表情はとても苦しそうに私には見えた。
私と雪声は降りてきたエレベーターに黙って乗り込み上へ向かうボタンを押し、扉が閉まる。
「……立派なマンションだね。ここに一人で住んでいるの?」
立派な賃貸マンションに驚きながら、前に雪声が一人暮らしをしているというのを話していたのを思い出し私は聞いた。
「……うん」
雪声が小さく頷く、そしてエレベーターが止まり扉が開くとそのまま廊下を歩いて行き、調という表札の掛かった部屋の前まで来ると鍵を開けて扉を開けた。
「どうぞ……」
雪声は中に入ると私のことを部屋に招いた。
私が招かれた部屋は一人暮らしと言うだけではない、人が住んでるのかと疑うほど何もない簡素な部屋がそこにはあった。
「そこに座ってて……」
生活感に乏しい部屋の中で、ぽつんとある小さなテーブルのそばの椅子を指さして雪声はそう言った。
私は生活感のないその部屋に驚きながら、その椅子に腰掛ける。
「お仕事でこのマンションには滅多にいないのかな、ここまで生活感がないとは思わなかったな……」
私は部屋の中を見渡しながらぽつりと呟く。
そこへ玄関の扉が開き、津々原が部屋に入ってきた。
津々原のその行動は勝手知ったるといった様子で、そのことに私は彼がマネージャーをやっているということを改めて理解できた。
「……けど、なんで先生はマネージャーなのに先生をやっているんですか?」
私は目の前に座った津々原に先ほど聞こうと思って聞けなかった質問を投げかけた。
「ああ、それはアレのことを見守るため……だよ」
「見守るためなんですか、やっぱりアイドルは大変なんですね」
そう言った津々原の言葉になるほどと思いつつ、私はその言葉に心配する気持ちがないような気がしていた。
『なんだろう津々原先生、さっきから雪声の事心配するみたいな事をいってるのに全然そんな風に思えない……』
私がそんな風に思っていると雪声が人数分の珈琲を煎れて戻ってきた。
「どこまで話しました?」
「まだ全然、まずはみかささんがどうして攫われることになったかというところから、これから説明するところだよ」
「ストーカーとかファンの暴走……じゃないんですね?」
「ああ、そうじゃない、あとこれから話すことはとても信じられないかもしれないが、信じて欲しい」
津々原がそう言って一呼吸開けて言葉を続ける。
「君は『魔法』というものを信じるかい?」」
そう言って、私を見る津々原の視線は至って真剣で冗談を言っているようにはとても思えなかった。
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