第25話「再会」

 取り急ぎ、必要な下準備を整えた私は親族特権でラウィーニアにお願いして取り次いで貰い、コンスタンス様からグウィネスとの対面の場を用意して貰うことになった。


 一応名目上としては、ラウィーニアと私を救ってくれた恩人を歓迎するための少人数での晩餐会だ。もちろん、氷の騎士ランスロットも出席する。というか、あの時に来てくれた筆頭騎士の何人かも全員来るようだけど、今回ばかりはラウィーニアはクレメントの名前は出さなかった。


 そして当日の晩餐室は、良くわからない緊張感が漂っていた。何とも言えない表情のコンスタンス様も、立場上私に対して何かを言う訳にもいかない。他でもない彼だって、部下に対してある女性との結婚を強いるなどという事は避けたかったはずだ。


「……良く来てくれた」


 王太子コンスタンス様は、この前の凶事の恩人である魔女グウィネスが侍従に案内されて部屋に入って来たのを見てゆっくりと立ち上がった。もちろん、身分的に下に当たる私たちも彼を立たせて自分が座っている訳にはいかないので、揃って立ち上がる。


 晩餐室に揃って居た彼女以外の全員が自分に対して一斉に礼を取ったものだから、グウィネスは驚いて固まっている様子だった。彼女の出身地である東の地ソゼクはこういった堅苦しい礼儀作法はないようだし、正装した王族や貴族が何人も自分に向かって礼をすれば驚き戦いても仕方がない。


 こうした場に出席するために、招いた本人となるコンスタンス様が用意するように命じたというベージュのドレスを身に纏っているグウィネスは、本当に美しくて等身大の人形のようだった。


 この人が自分の恋のライバルだと思うと、胸が苦しくなってしまうのも仕方がないと思う。恋愛という戦場で外見が良いというのはかなり有利だし。


 いつもより気合いを入れて着飾って来た自分だって決して彼女に負けてはいないとは思いたいけど、異性の容姿の好みは人それぞれ。ランスロットが、一番だと言ってくれれれば嬉しいけど。


「……お招き、どうもありがとうございます」


 そう感謝の言葉を口にしたグウィネスは、いかにも先ほど習ったばかりと言った様子のぎこちない礼を以て私たちに応じた。


「どうぞ、楽にして。晩餐の前に、少し歓談でもしよう……」


 そう言ったコンスタンス様は、部屋の隅に控えていた何人かの楽器を抱えた楽師たちに目で合図をした。


 優雅に奏でられる、弦楽器の柔らかな音が重なる。広い晩餐室の中で私たちは思い思いの位置へと移動して、話し始めた。


 王太子の直属の部下に当たる筆頭騎士の一人であるランスロットは、彼の護衛も兼ねているのだろう。黙ったまま動かずに、コンスタンス様の傍近くに控えている。無表情な彼の元へと足早に移動したグウィネスは、待ってましたとばかりに彼と何かを話し始めた。


 ランスロットの事は別に疑ってもいないし、彼と異性が少し話したとしても、別にどうこう思う必要などない。


 なのに、思わず眉を寄せてしまうくらい嫌だった。胸の中が、気持ち悪くなって締め付けられる。


 そして、私がクレメントと付き合っていた時には、ランスロットはこんな辛い思いをしていたのだと思うとやっぱり胸が痛んだ。


 恋の勝者は、敗者の気持ちなど知る由もない。でも、もし彼の気持ちがこちらにあるのなら、私は絶対に敗者にはならないと誓う。


「……グウィネスは、東の地ソゼクから亡命に近い形でこちらに来た時に、レジュラスがある程度の守護を与える代わりに、東の森を出ることや外部との接触を固く禁じられていたそうよ」


 本日も変わらずに見目麗しい我が従姉妹ラウィーニアは、何気なく私の傍に近付き意味ありげに微笑んだ。


「だから、ランスロットには今まで接触することが出来なかったのね。だけど、どうしてもと言うのなら、彼に会うだけでも……森を出ることだって、出来たはずでしょう?」


「海に出ていたというのに攫われた私たちの位置がわかったのは、グウィネスが探していたディアーヌに会っていたからだそうなの。だから、彼女を探す人物も誰かの居場所を特定出来る能力を持っていると考えられるわ。東の森では、それを撹乱するために、幾重にも色んな魔法を施していたそうよ。あの森で移動魔法が使えなくなっているのも、そのひとつだったみたいね」


「……今まで、どんなに会いたくてもランスロットと会えなかったんだから。会えた喜びは、ひとしおでしょうね」


 チラッと彼らの方を見た私とラウィーニアが二人で話していると、凛とした声が部屋に響いた。


「僕は、他の何を捨ててもディアーヌを選びたい」


 ランスロットは、彼女に対してはっきりと引導を渡したらしい。彼の前に居るグウィネスは、両手を握り締めて顔を歪めて悲しそう。


 けれど、選択は今まで彼が積み上げてきたもの、すべてを捨てることになる。


 彼は、その選択をいつか後悔するだろうか。今を生きる誰だって未来のことは、わからない。私も、後悔したくない。彼から、何も奪いたくない。でも自分は、身を引きたくない。


 だから、彼との恋を守るために自分に出来うる限り動くべきだと思った。


 もう……自分が傷つくのが怖くて、ただ怯えてるだけで。何も努力しなかったという後悔なんて、繰り返したくない。


「……ランスロット。私と付き合っていた頃の、記憶を失っているだけなんだよ。あの男、プルウィットが記憶を操る呪術をかけて……」


「もし、そうだとしても。今の僕には、もう必要ないものだ。グウィネス、人は時間が経てば変わる。僕は君と付き合っていた人間ではなくなった」


「……そんな。私は……信じていたのに」


 グウィネスは震えて悲しそうな声で、そう言った。失恋したことのある私にだって、彼女の気持ちは想像出来なくはない。


 無理矢理別れさせられた恋人に会いに来たら、彼にはもう違う恋人が居て冷たい対応。


 とても、辛い思いだとは思う。


「グウィネス。この前は、助けてくれてありがとう。私から、話をさせて貰って良いかしら?」


 静かに一歩踏み出した私に、その場に居た人から注目は集まった。グウィネスは肩をびくりとさせてから、こちらを振り向いた。


「……お嬢さん。こんな卑怯な事をした私を軽蔑するだろうね」


 ゆっくり一歩一歩近付いて行く私に、グウィネスは悲しそうに言った。


 彼女が悪人ではないことは、私にだって理解している。風呂や服を貸して貰ったし、とても親切にもして貰った。自分の恋人を奪おうとされていなければ、良い友人になれていたかも。


「いいえ。恋愛に、ルールは無用だもの。だから、私も貴女と同じ事をしようと思うの」


「……同じことを?」


 グウィネスは、私の言葉に呆気を取られて驚いている。


 私は、それを見てにっこり微笑んだ。傍目から見れば虫も殺さぬような貴族令嬢だからって、そう見せてかけているだけで何も出来ない無能ではない。


 着飾るだけが仕事のような私たちにだって同じような立場の令嬢たちと嫌味の応酬をする事だってあるし、誰かが聞けば耳を塞ぎたくなるようなみっともない口喧嘩だってすることもある。


 人が集まれば、争いは付き物。


「コンスタンス様、私とグラディス侯爵家のランスロットは婚約を交わしました。そして、その事実は、明日発行の国営新聞にも大々的に掲載されるはずです。それは公的に動かし難い事実になり、両家の名誉のためにも解消は出来ない。ですから、命の恩人に対する報酬は、申し訳ないんですけれど。別のものにして頂けないかと……」


 私がしおらしい様子でそう言うと部屋に居た面々は、私以外は全員びっくりした表情になった。


 確かに貴族同士の婚約には、ある程度の期間を要し、貴族院に書類を提出してからそれが処理されるまでに時間がかかる。お役所仕事の悪いところだけど、彼らだってそれだけを担当している訳ではないから仕方ない事なのかも。


 けれど、私にはある奥の手があった。


「ディアーヌ嬢。それは済まない事をした。だが、その情報については、僕も初耳だったな。ついこの前まで、君とランスロットは婚約しておらずただの恋愛関係にあったようだが?」


 コンスタンス様は驚きつつも、少し面白そうな顔をしている。何も出来ない伯爵令嬢だと思っていた子が、自分の予想もつかない事をしたんだから当たり前なのかもしれない。


「ええ。特別に許可を頂きました」


 私がにっこり笑ってそう言えば、隣の控室からあるやんごとないお方が現れた。


 この演出は芝居がかって勿体ぶっていると言われても仕方ないけれど、登場方法はあちらのご指定なので、私には責任はないと思う。


「……コンスタンス。いくら婚約者を愛しているとは言え、王太子の立場にあるまじき失態だな」


「父上」


 顔色を変えたコンスタンス様は、慌てて上座を降りた。


 彼の出番の前口上を終えた私もさっと壁際に避けて、威厳を持って一歩一歩歩を進める王に頭を下げて礼を取った。


 この国の国王陛下は、もちろんコンスタンス様のお父様。美形の王太子様の父親は、若かりし頃はさぞや女泣かせだったのだと忍ばれる、レジュラス国王ドワイド陛下だ。


「ディアーヌ・ハクスリーとランスロット・グラディスは、儂が婚約の許可を出した。お前より上の立場の人間がな……そこな、東の地ソゼクの魔女よ。いくら王太子だとしても、この国の貴族院が定めた通りの手続きを経て婚約している男女を引き裂くことは罷りならぬ。諦めよ」


 私たち二人の婚約を急遽取り纏めるために貴族院を急がせるためには、強権を発動出来る存在にどうにか頼むしかなかった。グウィネスと約束した張本人のコンスタンス様に頼めば「自分に出来る限り努力する」という、彼の言葉を嘘にしてしまうことになるから。


 私も貴族なので、陛下に拝謁するに足る身分は持っている。そして、そちらの息子さんの不手際により、自分がどれだけの窮状に居るかを陳情することも可能だったという訳。


 この方法が上手くいかなかったら、また違う手を考えていたけれど。一番に考えついたこの手で上手くいって、本当に良かった。


 威厳を持ったドワイド様の低い声を聞いて、グウィネスは涙をこぼした。女の私でも、肩を抱いてあげたくなるような儚い様子に胸が締め付けられた。彼女の近くに居るランスロットも、きっと気持ちは同じだと思う。


 けれど、彼はじっとして佇み動くことはなかった。


「何か、他の報酬ではいけないのか」


「……ランスロットは、私の恋人です。今は、気持ちも記憶も忘れてしまっているだけで、取り戻しさえすれば……」


 グウィネスは泣きながら、ドワイド様に訴えた。陛下は、難しい顔をしたまま低い声で言った。


「儂にも若い頃に覚えのある事だが、燃え上がった恋心も時が経てば忘れてしまうものだ。先ほど、そこな氷の騎士が言ったように、付き合っていた頃の彼は、もう今は何処にもいないのではないか。次の恋を見つける方が、建設的だと思うが?」


「そんな……」


 グウィネスが悲しそうに項垂れた時に、いきなり大きな窓が音を立てて割れた。

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