ミニの日


 ~ 三月二日(水) ミニの日 ~

 ※禍福倚伏かふくいふく

  幸と不幸は順番におとずれる




「ああ不安だああ不安だああ不安だああ不安だああ不安だああ不安だ」

「立哉、落ち着きなさい。その貧乏ゆすりでコーヒーが零れちゃうわよ」

「ママも落ち着こうね。貧乏ゆすりなんかなくてもこぼれそうになるほどコーヒーに砂糖入れ続けてるけど」


 試験準備のために学校が休みだった俺と。

 今日明日を休みにして、夜のうちに新幹線で帰って来たお袋と。

 いつも遊んでる親父。


 凜々花を連れて、久しぶりの家族四人での外出。

 とは言っても、明日に備えて文房具を買いに。

 歩いて二分のショッピングセンターに来ただけなわけなんだが。


 ……そう。

 目の前の店に来ただけなんだが。


「あんた、お守りちゃんと渡したの!?」

「渡したよ! 今頃凜々花のカバンの中で、みんな仲良くカタンでもやってるよ!」

「はは……。カタンは絶対仲良くできないよね……」


 明日に控えた本番を。

 何としてでも失敗させたいというのか。


 凜々花の不幸体質が。

 いよいよ本気を出してきた。


「あんたに言われて気にしてなかったら大ごとになってたわね……」

「ほんとだぜ。何度も危険を察知して声をあげてくれて助かった」

「あんたもナイス反射神経。しかしほんとにまずいわね……」

「まあまあ。偶然が重なったってこともあるわけだし」

「あんたって人は……」

「何見てたんだよ。どんだけ楽観主義なんだ?」


 偶然なんて言葉で片づけられるはずはない。


 凜々花は、家を出るなりトラックにひかれそうになって。

 フタの外れていた側溝に落ちそうになって。

 二階から落ちて来た鉢植えが当たりそうになって。

 ハズレ無しの福引で何等にも該当しない色の球を出したのだ。


 ……三十分の間に。

 そう、たった三十分の間に。


「ナイス立哉シールド」

「もう、俺のライフはゼロだ」


 サムアップするお袋は、そのすべてを見ていてくれた。


 俺が凜々花の手を引いて車から守ったことも。

 俺が凜々花を持ち上げて代わりに側溝に落ちたことも。

 俺が凜々花の代わりに植木を食らったことも。

 俺がいらん服を買ってもう一度福引させてやったことも。


「明日……。みんなで凜々花をガードしながら試験会場に行く?」

「この際、恥ずかしいとか言ってられないよな」

「大丈夫だよきっと。今だって、一人で文房具屋さんに行ってるわけだし」

「そうだ! てめえ、こんなとこで何やってんだ!?」

「あんたが付いていくって話だったじゃない!」

「だ、大丈夫だよ! ほら、凜々花ちゃんが無事に戻って来……? なんで泣いてるの!?」


 入り口近くの休憩スペース。

 ウッドテーブルで騒いでいた俺たちの元に。


 ぐずぐずと泣く凜々花にしがみつかれながら。

 歩いてくるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 俺は、その隣を歩く春姫ちゃんに軽く会釈してから。

 秋乃に掴みかかる勢いで問いただした。


「なにがあった!?」

「ぶ、文房具屋さんで偶然会ってね? 凜々花ちゃんが走って来た時に棚にぶつかって……」


 そう言いながら、秋乃が見せて来たものは。

 穴だらけになったショッピングバッグ。


「ぐすっ……。棚の上から、剥き身のコンパスが大量に落ちて来たのを、舞浜ちゃんがガードしてくれたの……」

「はあ!?」

「あ、秋乃ちゃん、ありがとうね」

「凜々花を助けてくれて、ありがとうございました」


 親父とお袋が深々と頭を下げるのを。

 わたわたとしながら見つめる秋乃に、俺も感謝だ。


 しかし、剥き身のコンパスだと?

 こいつはもう、不幸どころか。

 呪いの域に達してる。


 俺は、お礼のつもりで二人に飲み物を買ってきて。

 五人が待つテーブルに戻ってみると。


 そこでは当然というか。

 凜々花の不幸話が指折り数えられていた。


「……ここ最近で急にだよな、凜々花よ。お前は幸運な方だと記憶しているが」

「そんなハルキーは、最近やたらくじ運いいよね?」

「……確かに。私は、運が無い方だと自覚しているのだが」


 ストローに口を付けながら、春姫ちゃんが言うと。

 その口元をじっと見つめながら、凜々花が呟いた。


「吸ってる?」

「けほっ! ……バカを言うな」


 そうだな、仮に吸えるとしても。

 春姫ちゃんなら、誰からも幸福を奪ったりしない。


「春姫ちゃんの幸運は、凜々花から吸ったものじゃねえ」

「……当たり前だ」

「きっと良い行いを神様に奉納し続けて来たから、返礼品が届いたんだよ」

「……私はふるさと納税か?」


 春姫ちゃんの返しに。

 みんな揃って大笑い。


 そう。

 こうして笑っていたら。


 不幸なんて寄って来やしねえだろ。


「今日は何しに来たんだ?」


 明日のボディーガードプランは後で考えるとして。

 今は楽しく笑って邪気を払おう。


 そう思って、明るい話題を振ったつもりだったんだが。

 どういう訳か、春姫ちゃんの顔が曇る。


「……洋服を買いに来たのだ。初めて」

「え? 初めて?」

「……うむ。普段着はお父様任せだったからな」


 そうか。


 春姫ちゃんのゴシックドレス姿は。

 あのクソ親父の趣味だったのか。


「それで? いいの見つかった?」

「……自分で選びたかったのだが、お姉様が大興奮でこれにしろと押しつけて来て断り切れず」

「ぜ、ぜったいそれがいい……!」

「ははっ。選びたいって気持ちを察してやれよ。でも、秋乃が選んだ服なら嬉しいだろ?」


 お姉ちゃん大好きな春姫ちゃんだ。

 不服どころか喜ぶはずだ。


 でも春姫ちゃんは。

 ムッとしながら。

 

「……これでもか?」


 テーブル下から紅白の買い物袋を取り出すと。

 そこにでかでかと書かれていた文字は。



 福



「うはははははははははははは!!!」

「あ、開けてみるまでドキドキするよね……!」

「……まったく。お姉様のせいで、私のドキドキは台無しだ」

「なにが入ってるか、見せて……!」


 未だ興奮冷めやらぬ秋乃にため息をつきながら。

 春姫ちゃんが袋の封を切ると。


 中から顔を出したのは。


「……ミニTシャツか?」

「いや、それは……」

「へ、へそ出し?」


 素材は秋冬向けと言った感じだろうか。

 ボリューミーなもこもこのシャツではあるのだが。


 どう見積もっても。

 丈が胸の下あたりまでしかない。


「……これをどうしろと」


 そう春姫ちゃんがつぶやくと。

 ちょうどすぐそばを通りかかったセーラー服の二人組が。


「すご……! あの袋、さっき千円で売ってたやつよね!」

「戻って買いに行く? Y2Kアイテムオンリーかも!」

「いや、あの子が持ってるだけっしょ?」

「だよねー。すごいついてるしー」

「うらやまし……」


 こっちの事情も知らずに。

 勝手なことを言いながら去っていく。


「なあ、お袋。わいつーけーって、なんぞ?」

「二十年くらい前のファッションのリバイバルよ」

「お袋もこんなん着てたの!?」

「私って言うか、日本中の女の子が。……なによその目は。お母さんだって大学生だった時代あるのよ?」


 そりゃそうだけど。

 じゃあ、春姫ちゃんはそんな流行の服を引き当てたって事か?


 そんなラッキーガールに。

 凜々花がぽつりとつぶやいた。


「吸ってる?」

「……バカを言うな」


 そう言いのこした春姫ちゃんが。

 ショッピングセンターを出る前に福引所に寄ると。



 特賞当選を知らせる鐘の音が響き渡ったのだった。

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