友情の日


 私は、なぜ勉強をするのか。

 この疑念は、俺たち子供しか理解できないものでは決してない。


 なぜなら、どんな大人にこの難題を吹っかけてみても。

 返る言葉は。


 ああ、俺も私も。

 学生時代はそう思っていたなあ。


 ということは。

 誰もがこの命題に。


 正しい解を導き出すことが出来ないんだ。


 ……全世界とは言わない。

 だが、全日本人共通で。


 誰しも考えた。

 いや、口にしたことがあるであろうこの言葉。


 それは俺にとって。

 追い風でしかない。


 途中式なんか関係ない。

 そうやって足踏みする奴らが生まれれば生まれただけ。


 俺は上に登ることができるんだ。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第22笑


 =恋人(未定)と、幸せを探そう!=




 ~ 二月二十二日(火) 友情の日 ~

 ※綈袍恋恋ていほうれんれん

  友情のあついこと、変わらぬこと。

  ……とは言うけど。須賈しゅか范睢はんしょ

  お互いひでえことやってると思う。




 凜々花の試験まで。

 あと十日。


 そんな、よそ事なんか目に入らないであろう受験生からのメッセージ。



 今朝から見当たらなねーんだけど。

 おにい、お守りしらね?



「お守りって……? ああ、あれか」


 正月。

 初詣した時。


 お袋が凜々花にあげた学業成就の青いお守り。


 気持ちは分かるけど。

 そんなの気にしてる場合かお前?


「り、凜々花ちゃんからメッセージ?」

「…………お前もだ」

「え? なにが……?」


 凜々花の試験のちょっとあと。

 学年末試験が待っているというのに。


 教科書を立てて隠して。

 怪しげな回路にハンダを当てているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪を肩から滑らせながら。

 俺の携帯を覗き見ようとしてる勉強嫌いなこいつに。


 いつもなら、勉強しろとはっぱをかけるところなんだけど。


「……どうしたの?」

「むむむ」


 俺は、昨日の一件を経て。

 考えを改めようかと。


 ずっと思い悩んでいた。



 ――昨日、親父から貰った大金。

 いったいなんの真似かと問いただしたことが事の発端だ。


 凜々花はもともと。

 方向感覚とか地形に関しての認識とか。


 めちゃくちゃなくせにやたらと自信を持っていて。


 受験の際、社会科は地理を選択すると言い出したから。

 うちの高校は、万が一にもどれかの教科で百点を取ると落とされるからやめておけとウソをついた。


 すると案の定、つい天才的な地理の才能が溢れ出すと大変だからと。

 俺のお勧めする世界史に選択を変えてくれたんだ。


 そんな功績を金品で讃えてくれた親父が。

 言い出した一言。


 さすが親子だママそっくり。


 言われてみて、今更思い出す。

 お袋のやつ、茨城と宮城の位置を逆に覚えてたりしてたっけ。


 だから俺は聞いたんだ。

 お袋に、四十七都道府県くらい教えなかったのかって。


 そんな疑問に。

 親父はへらっと笑いながら。


 ママと一緒になるわけだから、僕かママか、どっちかだけ知ってればいいって思って教えなかった。



 とさ。



 ……結果として。

 終始別々に生活してる二人なんだから。


 親父の判断は大間違いなんだけど。


 ほぼ恋人という関係の秋乃と俺。

 一日のほとんどを一緒に過ごしている訳で。


 だったら、赤点取らない程度だけ勉強してればいいんじゃないのか。

 いままでほどガミガミ言わないでもいいんじゃないかと思った次第。



 現に、凜々花と一緒に勉強してたこの一ヶ月で。

 秋乃の文系教科の学力は人並みにまで上がった。


 まず、赤点なんか取らないだろうし。

 百点しか取らない理系教科の成績も合わせて見ればお釣りがくるほどだ。



 そんな秋乃は。

 ずっと小首を傾げて俺を見つめたまま。


 その眉目秀麗な顔立ちで。

 彼氏と認識してくれているこの俺を。


 正直、ガミガミ噛みつくたびに思ってたんだ。

 俺、こんな事ばっかり言ってたらそのうち嫌われるんじゃないかなって。


 彼女は、甘やかしたい。

 テストという共通敵に対して同盟を結ぶ関係でいたい。


 だから俺は。


「……お前さ」

「うん」

「勉強、無理してやってるだろ」

「勉強嫌い……」


 そうだよな。

 ずっとそう言い続けてるもんな、お前。


 だから俺は。


 一つの決心をした。



「……秋乃は、勉強しなくていいぞ?」



 この二年で。

 初めて口にしたセリフに。


 秋乃は見る間に笑顔の花を咲かせると。


「た、立哉君がデレた……!」

「誰がツンデレだ」

「す、すごい……! ほんとにホント?」

「ああ。ホントにほんと。勉強は俺に任せとけ」

「任せる意味はよく分からないけど、すごい!」


 思った以上にはしゃぐ秋乃。

 そんな姿をみる事が出来て。

 彼氏としては、嬉しい限り。


 恋人の足りないところは、お互いに補えばいいんだから。

 やりたくないことをやらせるなんて。

 彼氏として失格だろう。


 そう。

 俺はお前の。


 彼氏なんだから。


「さ、さすが……! 私の人生最高の『友達』だね!」

「そのおもちゃをしまえ教科書広げろ! この端から向こうの端まで、ぜーんぶ訳せ! これから試験日まで一睡たりともできると思うなよ!?」


 俺の豹変に。

 目と口をまん丸にさせて驚いて。


 頭にはてなマークを山ほど浮かべる秋乃。


「こら! ぐずぐずすんな!」


 そんな『友達』に。

 容赦する必要なんかねえよな!


「どうしてさっき教えたことも分からねえんだよ!」

「ひいん!!!」

「やかましいぞ保坂。立っ…………、いや、授業で分からんところを教えてやっておるのか。ならば不問としよう」

「『食べり』って何の話だ!」

「ラビオリ食べり、キーマカリー」

「うはははははははははははは!!! どっちかにしろ!」

「…………貴様も、一人で立つか二人で立つか、どっちかを選べ」



 こうして俺は。

 英語以外のことをしていた罪と。

 突っ込みが間違っていたとのことで。


 廊下に立たされたわけだ。



「なあ」

「なあに?」

「突っ込み、合ってたよな?」

「……春は揚げ物だろがよ! が、正解かな?」

「うはははははははははははは!!!」

「保坂だけ校舎の時計の長針に立っとれ」

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