第3話 因果(3)待っていた女

 ゆっくりと棺が火葬炉に入れられ、喪主である典雅が点火スイッチを押す。

「この後は精進落としとなります。焼き上がりまで控え室でそのままお待ちください」

 葬儀社の担当者にそう言われて、遺族たちは控え室へと歩いて行く。

 それを見送って、穂高と向里は裏へ回る。

「いいお葬式になりましたね。死んだ奥さんが迎えに来て」

「お前は単純でいいな」

 向里は言い、肩を竦めた。

 そして、ドアに付けられた小窓をヒョイと覗いた。

 狭い空間に棺が安置され、吹き出した炎がそれを焼き始める。

「ここから時々確認するんだ。

 ペースメーカーを入れてる遺体には注意だぞ。飛んで来る時があるからな」

 言いながら、向里はその中の光景をじっと見ていた。

 女の霊が、遺影と同じ顔の男の霊と並んでいた。

(この女の霊が先妻の良江さんだな)

 良江は無表情だったが、しっかりと一典の肩を掴んでいる。

【久しぶりね】

【良江!?何で、お、お前!?】

【待っていたのよ】

 良江はそう言うと、無表情だった顔を笑顔に変えた。一典の方は、顔を歪めている。

【そ、そうか。ふん】

 炎は勢いよく上がり、棺を包んで行く。

【行くか】

【その前に】

 良江は肩を掴む手に力を籠め、一典の霊体を、焼け落ちた棺の間から見えて来た体の方へと押しやった。

【何をする!?】

【待っていたのよ!どれだけ熱かったか、どれだけ苦しかったか、あなたにも教えてあげようと思って!】

 一典は焦ったように押し返そうとするが、良江は物凄い形相で霊体を体に押し込めていく。

 やがて、体に霊体が重なり、ビクリと跳ねた。

「ああっ!?」

 遺体は跳ね起き、暴れるように手足を振り回す。天井にも壁にもぶつかり、目を見開いて叫ぶように天井を見ている。

「助けてくれ!!」

【おーほほほ!!】

 そこまで見て、向里はのぞき窓のフタを下ろした。

「うわ、今の!?」

 穂高は腰が引けている。

「遺体が焼かれる時、ああやって起き上がるような形になることもあるんだ。生き返ったわけじゃない」

 言って、心の中で付け加える。

(普通はな。今回は魂だけが焼死を疑似体験させられているみたいだがな)

 穂高は青い顔をしながら手を合わせ、なにやらブツブツと口の中で呟いている。

(噂通りだったわけか。だったら因果応報だな)

 肩を竦めて、

「行くぞ」

と穂高に声をかけ、事務室へと向かった。

「はあ。無事に成仏して下さい。

 それにしても、あれですね。死んだ時に、その人の一生がどうだったかわかるもんですね」

 穂高が言うのに、向里は応えた。

「そうかもな。ま、せいぜい後悔しないような生き方をする事だな」

「はい」

 ごうごうという音の中に、人の耳には聞こえない悲鳴が混ざり、消えていった。






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