第6話 元勇者、聖剣に振り回される(物理)

「やばっ!?」

 

 聖剣の邪魔から開放される頃には、すでに日が落ちかけていた。

 明かりがなければ何も見えない。安全な街道とはいえ、焚き火なしで朝までというわけにもいくまい。

 あわてて街道沿いの森に入り、枝をかき集める。


「んしょ……うんしょ……っと。じゃねえだろうが、くそが!」


 三十二才がなんて声出して枝拾ってんだよ! 

 情けなさすぎて、涙で枝が見えない。

 

 ***

 

「――はあ。平和だ」

 

 母さんから多めに持たされた干し肉とカチコチに乾燥したパンを水で流し込み、荷物を枕代わりに寝そべっていると、視界には満天の星空が。

 そして、耳に入る焚き火のパチパチと燃える音が心地良い。

 魔王軍との戦いが激化していない頃に、ユノと二人で火の番をしながら楽しくお喋りをした記憶が思い起こされる。


「グスッ……」 


 どうやらこの身体は感受性豊かなようだ、湿っぽく感傷に浸るのはやめよう。三十二才の涙が軽すぎて本当にイヤになる。


「――冒険者の街、デイルドまではあと二日ほどか? 日中馬で駆けて二日なら俺の脚で本気出して三日で……脚?」


 首を上げ、焚き火を前にだらしなく伸ばしきった下半身に目をやる。つま先をクイクイと動かし、膝を曲げ伸ばしなどしてみる。


 ……その脚とやらはこの成長途中のこの短いあんよのことですかね。


「寝るか」


 何日かかろうと、歩けば着くのだから――。


 ***


 ――パキ、リ。

 

 枝が踏み折られた。

 こんな野っ原で元勇者が熟睡できるはずもないが、商人も使う安全な街道とはいったいどういう意味だったのか。適当をのたまったヤツに、恨み節の一つも唱えたい気分だ。

 ――夜風に運ばれてくる汗臭さと血の匂い。酒臭いヤツもいるな。野盗だろうか。 

 全員が配置につくまでそれほど時間はかからないだろう。

 一斉に寝込みを襲う魂胆だろうが、風向きのせいでバレバレだ。そのうえ音すらろくに消さず、どうやって俺の寝首をかこうというのか。

 枕代わりにしていた荷物、その柄に手をかける。

 ……え? 

 持ち手に違和感。生前から剣を扱ってきたからこそ分かる。

 この毎度お馴染みと言わんばかりの妙にしっくり来る感じ……。


『大正解ってもんだァ。聖剣ジェニト、主のピンチに馳せ参じましたッてか』


 頭の中で響く、聞き覚えのない声。そして、昼間に散々聞いた銘。


「オマエ、やっぱ喋るんじゃん!?」


「――チィッ、あと少しで囲めたのにッ! ガキが起きやがった! オマエら、商品殺すんじゃねぇぞ!」

 

 男の奴隷は女より雑に扱えるからと、子どもでも売ればそれなりの金になる。実際、ガキこと俺の身ぐるみなんて大したことはないし、妥当な判断だろう。

 

 慌てて飛び出し街道を塞ぎつつ、俺の背後を取っているリーダー格の男が下知を飛ばすと同時に、街道脇の茂みから三人が剣を構えてゆっくりと間を詰めてくる。コケそうになりながら前方を塞いだ野盗は、さっきの匂いから察するに酔っ払いだろう。

 月明かりでかろうじて見えるが四人ともろくな装備をしていない。ボロボロの布切れを巻いているだけで裸族同然の風体に、錆びた盾と刃こぼれの多い片手剣。

 

 こちらも間合いを詰められまいとしかたなく剣を構える。しかし、刀身はボロボロの鞘にしまったままで――。


かしこぶって分析中のところわりィがよ』


「どこぞの神みたいに思考を読むな。腹立たしい」


『そりゃァ知ったこっちゃないが、オメェよ。俺っちの力ァなしに戦えんのかよ?』

 

 ――そうだった。今の俺は体力も技術も平均的十二才だった。


「……俺、終わったな」


『おぃおぃおィ!? 即断すんなよ、俺っち抜くより奴隷堕ちを選ぶとか頭ァ狂ってんのかァ!?』


「ついさっきまでオマエありきで臆することなく、むしろ応戦する気満々だった時点で、俺にはこのルートから逃げる覚悟が全く足りてないって分かったよ」


 構えた手を下ろす。

 両親には悪いが、奴隷に堕ちることでこのルートを抜けられるなら、それも悪くないのではないか。

 この十二年間で、普通を望み、普通を手に入れることの難しさを頭に入れられていなかった。のうのうと束の間を甘受していた罰だった。


「ブツブツとぉ……独り言ぉ垂らして戦意喪失たぁ、かぁいいねえぇ」

 

 酒の入った野盗の一人が、千鳥足で近づいてくる。


「おいバギー手ぶらで行くな、この馬鹿が。縄と足枷だ、持っていけ」

 

 リーダー格が投げた俺を捕縛するための品を、バギーとかいう酔っ払いがヨタヨタと千鳥足を披露しながら――


「ぅおっと、とっとと」


「どんだけ飲んでんだ、アァ!? さては俺の取り分ピンはねしてやがっただろ、少ねぇと思ってたんだ!」


「オマエもか! バギー、オマエあれが何ヶ月ぶりの酒だか分かってんのか」


「うるせえオマエら! 馬鹿やるならずらかってからにしろ!」


 俺の左右を塞ぐ野盗が喚き、リーダーが宥める。バギーは未だに俺の剣が届く距離で首を晒しながら、縄を掴もうともたついている。

 今なら、子どもの俺でも全員切り伏せて逃げることもできるだろう。

 

『じゃァ――やっち』


「やらない」


『やれ』


「やらない」


『やれや』 


「しつこい」


『やれって』


 ……抜いてたまるかよ。


『チッこの業突く張りがァ…………分ァったよ』


「え――」


 ジェニトが……根負けした。聖剣が俺を諦めた。それはすなわち勇者ルートの回避に成功したと同義。その事実に俺は震え――。

 

 ――瞬間。


「ほぉれ、手ぇだ――しぇらぁッ!?」


 俺の剣を下ろした右手が、意図せず動き出す。

 ようやく縄を掴み、顔を上げた酔っ払いの横っ面を鞘に納まったままのジェニトがぶん殴った。


「いッ――!?」


 ジェニトに身体を操られて出された、俺の腕が折れんばかりの振り抜きによりバギーは轟沈。


『――俺っちがやってやらァ、貸しいちだっかんな』


 そのまま左の野盗へと間を詰める。

 幅の広い街道を子どもから逸脱した跳躍力で一歩。

 完全に不意を突き、警戒すらしていない棒立ちのところを、下段から顎めがけて振り上げ。

 

「――あッッが……」


 ――完封。

 同時に剣を振る右手が短く、しかし分かりやすい断末魔を上げる。


「あっつあああぁぁぁぁ! 腕が折れた! 止まれ、身体がっ! 保たないっ!」


『歩けさえすりゃァ、街で治療してもらえっだろ!』


 言うが早いか、今度は左手に持ち替えて体を反転。三人目へ飛びつく。


「うぉ――とっ!?」


 野盗は咄嗟に気を持ち直し、顔面めがけて飛びかかる俺をオンボロの剣でかろうじて受け止める。

 

『まだまだァ――ッ!』

 

 一瞬のようで長くも感じる鍔迫つばぜり合い。

 しかし俺の勢いは殺されることなく、それどころか左腕に全体重が乗り、加えて体格に不相応な膂力が込められる。

 

 ゴギィッッ!


 刃こぼれに噛み合わせるようにして打ち合わされ、力押しした必然の事象。

 剣を交わすこと一合のもと、そのまま脳天をかち割り撃沈。


「~~っ!?」 


 直後、痛みのあまり喉が締まり、俺の悲鳴は声にならない。

 敵を打ち伏した代償に、今度は左腕の筋肉が事切れる。


『両腕使えなくなっちまったらよォ――』


 上がらない左手を無理やり口元へ。


「ふぉぃ――ッ。ふぁいふふ!?」

 

『喋ンなよ! 舌ァ噛みちぎって死んじゃァ貸しっぱなしじゃねェか!』


 剣を咥えさせられ、戦闘続行。

 俺の背後を陣取ってから一歩も動けていない頭目の方へ一直線。


 ――もうどうにでもなってしまえ。


「このガキ――っ!?」

 

 ようやく我が身惜しさに胴を盾で隠し、剣を構え臨戦態勢を取る。

 対する俺は上半身を下げて前屈みに、十二歳の身長は限界まで縮み、体勢を地面スレスレまで保つ。

 必然、相手の視線は下へ、狙いも下へと向く。

 片手剣のリーチを俺の身体に届かせるため、大きく股を開いてどっしりと構えた両足は若干膝を曲げ、俺が股下を潜ろうとしているのを見越した姿勢だった。


『俺っちがこれァ操ってんだ! 超低姿勢のこの身体ァ横薙よこなぎに両断しよォなんざ考えてっとォ――』


 がががががッ。


 振るわれた剣速は地面に擦れて弱まり、俺の身体は刃に阻まれることなく、股下を通って背後を取った。

 相手の声にならない驚きとどうしようもない諦念を感じながら俺は、ジェニトは超低姿勢を保っていた膝のバネを思い切り伸ばし、自分の顎が割れる音を脳髄に響かせて、頭目の金的を叩き潰した。

 男は身体を二度三度と痙攣させて倒れ込む。


 ――野盗、完全制圧。

 


『いっちょ上がりィ……っておい!? こんなところで――』

 

 空が白んでいた。

 もうすぐ、夜が明ける。

 街まで……。

 

 俺の身体をボロ雑巾にした挙げ句、気にも留めずにあっけらかんとして、満足げなクソ聖剣の声をはるか遠くに聞きながら――。

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