おキツネ様の幻騒記

水嶋川千遊

第1話 婚約破棄?喜んで!

きらびやかなパーティー会場に集う多くの若者たち。自身の将来への希望を胸に抱く若者が多く集うパーティーでそれは起きた。



「クロード・バスティアン。あなたとの婚約を破棄します」


パーティーの最中、突如王女アストレアから宣言されたその言葉は、その場を騒然とさせるには十分な言葉だった。




貴族や王族、そして才ある平民が集い学ぶ学園。

その卒業パーティーで宣言された婚約破棄は若者たちの門出を祝うはずの卒業パーティーを混乱の場へと変貌させ、その場にいる多くの人々の表情を驚愕へと変えた。パーティーに参加している多くの参加者は未だ状況を理解することができないまま会場はざわめきに包まれた。


「アストレア殿下、何故私が婚約破棄を言い渡されているのかその理由を教えていただけないでしょうか」


驚愕する人々の中から笑顔のままアストレアの前に現れた人物がアストレアに婚約破棄の理由を問う。突然の宣言により混乱していた会場は、当事者であるその人物が落ち着いた様子を見せ登場したことより一定の落ち着きを取り戻した。そして、アストレアの前に現れた人物とアストレアのやりとりを聞き逃すまいと静かに様子を伺うことにした。


「クロード、その理由はあなたが一番理解しているはずです」


アストレアの婚約者であるクロードに対し、突き放すように放たれた言葉に対してもクロードは露ほどの動揺も見せず、ただ笑みを浮かべるだけであった。


「恥ずかしながら、私には婚約破棄されるほどの理由が思い当たりませんのでこのように殿下に伺うことしかできません」


本来であれば、公の場での婚約破棄という婚約破棄をされた側にとって不名誉極まりない状態であるにもかかわらず、アストレアの婚約者であるクロードが笑顔のまま困ったように眉を下げるとその表情に少し苛立ちを覚えながらアストレアは答える。


「クロード、やはりあなたは相変わらずのようですね。ですが、今回ばかりは言い逃れさせません。彼らと私が調査した結果見つかった証拠があなたの悪行を示す証拠です」


アストレアの言葉に促されるように前へ進み出た3人の青年は怯えた表情を隠そうともせずアストレアの隣に立った。多くの学生にとってその学生たちは見覚えはなく、前へ進み出た青年たちと交流のあった学生たちはこの場での彼らの登場に首をかしげながら話の続きに耳を傾ける。


「アストレア殿下の言葉から察するにその者たちが私が悪行を行った証人のようですが、私がどのようなことを行ったというのですか?」


3人の青年が姿を現したにもかかわらず表情を一切変えず笑顔のままのクロードに対し、より一層苛立ちを募らせながら責め立てるようにアストレアは話し続ける。


「しらを切るつもりですか。彼らの証言や証拠からあなたが自身のバスティアン公爵家という立場を利用し故意に彼らの持ち物破損させ、裏で暴力行為を働いていたとのこと。また、頻繁に彼らを貶める行動をとっていたこともわかっています。物的証拠もまたほかの生徒からの証言も手に入れています。これでもまだあなたは知らないというのですか」

「残念ながら私には殿下のおっしゃられた物事を行った記憶がありません」


周囲で成り行きを見守っている人々はアストレアが告げるクロードの悪行に対し信じられないと感じながらも悪事を極端に嫌うアストレアの言葉に何も言うことができずにいた。

一方で証拠や証言があることを告げてもなお、否定し続けるクロードについにアストレアは我慢の限界とばかりに声を荒げ、クロードに言葉を告げる。


「あくまで否定をし続けるのですね。罪を認めるのであればお父様やあなたのお父上に減刑を申し出ようとしていましたが……。もう結構です。クロード、あなたには失望しました。今すぐこの場を立ち去り罰を受けなさい」


アストレアの言葉とともにそれまで会場の外に控えていた騎士がクロードのもとまでやってくるとその腕を両側からつかむようにして会場の外へ連行しようとする。


「おやおや、どうやら私はこの場を退場せざるおえないようですし、最後くらい自分で退場しますよ。それでは皆様これにて失礼致します。皆様の将来に幸あらんことを願っています」


悪事が暴かれた立場であるはずにも関わらず気にした様子もなく、その言葉とともに、にこやかな表情のまま一礼をすると両脇を騎士に固められクロードは会場を後にするのだった。


残された生徒たちの間には卒業パーティーという本来であれば楽しい祝いの場であるにも関わらず、突如として起きた婚約破棄や婚約破棄をされたクロードの悪行に未だ理解が及ばず、混乱を抱えたまま静かなパーティーの時間が過ぎていった。


パーティー会場から追い出されたクロードは学園の門で待ち構えていた公爵家の馬車に乗り込むとそのまま馬車に揺られ学園を離れていく。


馬車の中でクロードは先ほど馬車に乗る際に渡された父親からの手紙について考えていた。


「クロード様。公爵様よりこちらの手紙を預かっています。ご確認ください」

「手紙ですか。わかりました。その他には何か伺っていることはありますか?」

「クロード様を領地へとお連れするようにとだけ承っています」

「わかりました。私は馬車の中で手紙の内容を確認しますので、馬車を進めてください」


馬車の中で1人手紙の中身を確認するとそこには2枚の紙が入っていた。

1枚目に書かれていた内容を要約するとクロードを公爵家から追放し絶縁すること。

今後家名を名乗ることを禁じること。

領地でのある場所で反省の後教会へと送られること。

手切れ金を幾ばくか渡すこと。

そして絶縁状にクロードが署名しておくようにということが書かれていた。

その言葉の通り2枚目はわざわざバスティアン公爵家の家紋が記された絶縁状が入っていた。


「わざわざ絶縁状まで渡されたんですか?」


突如、クロードの隣の暗がりからあきれたような声が発せられる。

クロードだけが乗っているはずの馬車の中で突然声をかけられたにもかかわらず、クロードは驚いた様子もなく返事をする。


「そのようですね。よほど私との関係性を絶ちたかったようですね」

「まったくクロード様ほどの存在を手放すとは愚かな存在ですね。しかし、これでクロード様の目的が達成できたと考えればあの存在も最後に役に立ちましたね」

「そのようなことを言ってはいけませんよ。ところでそろそろ幻はかけ終わりましたか?」


追放されることを嬉しそうに語る声にクロードはたしなめるように声をかけながら続けて質問した。


「問題なくかけ終わりましたのでいつもの口調に戻っていただいても大丈夫ですよ」

「ありいがたいのう。ほれ、タキも姿をみせてくれんか」


クロードが声をかけると隣から1匹の動物が姿を現した。

現れた動物は背が白くすらりと長い尾を携えた動物であった。

その動物は姿を現すとそのままクロードの方に飛び乗る。

それと同時に青年の姿をしていたクロードの姿が揺らめき10歳程度へと若返らせたような少年へとその姿を変えた。


「相変わらず、クロード様が創り出す幻は素晴らしいですね。実際に存在するように感じてしまいます」

「そうかのう~。これでも幻尾の生まれ変わりであるからな。ある程度の幻は使えなくては立つ瀬がないからのう。タキ、おぬしとて十分強力な幻を生み出せるではないか」

「クロード様ほどではありませんよ。私の生み出す幻では他者に触れられた際に幻だとばれていまいます。まして、クロード様のように常に幻を使い続け日常生活のすべてにおいて他者をだまし続けることなど私には到底不可能ですよ。先ほどのパーティーで話題に上がっていた証拠もクロード様ほどの力がなければ何らかの検査に引っかかり疑いをもたれていたはずです」


生まれ変わる前、あらゆる幻を扱うことのできる存在であった神獣、「幻尾」であったクロードは生まれ変わった現在でもその力を使うことができる。そのため、クロードの生み出す幻は通常とは比較にならないほど強力な物であった。本来そこにあるはずの物をたとえ接触したとしても気づかせず、ないはずのものを幻で見せればあるように触れることができるという通常の幻では考えられないことができる幻を生み出せた。

本来10歳程度の少年の姿であるクロードが16歳として違和感を与えることなく生活できていたのはこの幻により実態があると錯覚させていたためであった。


「ところで今後はどのように過ごされるおつもりなのですか?」

「一先ずはこの国以外の地に行きのんびりしようかと考えておる。その後に古馴染の顔をでも見に行くとするとしよう。軍資金も手切れ金で手に入れられたからのう」

「この国以外ですか?これから領地に送られるとの話だったと認識しているのですが、良いのですか」


タキは確認するようにクロードに問いかける。


「良い、良い。この通り絶縁状も渡されたことだからのう。それに馬車に乗る前にすでに術をかけておる」

「あのわずかな時間でですか。流石ですね。ところで古馴染とは、まさか神獣の方々、ではないですよね」


続いて恐る恐る問いかける。


「神獣どもじゃよ。あやつらはどうせ暇しているであろうしな」

「そう、ですか。それではくれぐれも、くれぐれも暴れたりはしないようにお願いします。私では止めることなどできませんので」


ゆるい雰囲気のまま答えたクロードに対し、タキはどこか焦りを見せながらお願いした。


「儂からは暴れんよ。いつもあやつらが喧嘩をふっかけてくるからその喧嘩を買っておるだけじゃ」

「そうかもしれませんが、どうか穏便にお願いします。まだクロード様の身体に対し幻尾様の力は安定していないのですよ」


神獣同士が争った場合、それがたとえ喧嘩であってもどのような被害をもたらすかを知っているタキはどうにかその争いを引き起こさないようにクロードをなだめようとする。ここで神獣に会いに行くこと自体を直接タキが否定しないのは近い将来クロードが神獣に挨拶をしておくことで不要なトラブルを避けるのと同時にクロード自身の意志を尊重したいためでもあった。


「言われてみれば確かにそうじゃな。儂の力も以前ほど出せるわけではないからのう。このままあやつらを訪ねて笑われても癪じゃからな。あやつらに会いに行くのは今度の方が良いかもしれないのう。うむ。やはりしばらくはのんびりと過ごすことにするかのう」

「わかりました。それでは馬車が目的地に着くまでの間、お休みになるのはどうでしょうか」

「しばらくかかりそうじゃからのう。タキすまぬが幻の維持と馬車が停止したら起こしてくれぬか」

「承りました。それではクロード様お休みください」


タキからの返事を聞くとクロードは早々に眠りについた。

そして、馬車は止まる気配のないままどこまでも進んでいくのだった。

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