第32話 ある朝の夢

「怖い夢をみたの」

 目が覚めるなり、彼女はそう言って小さく体を震わせた。

「あなたが駅について電車から降りると、ホームに酔っ払いがいるの。そいつはふらふらと近付いてきて、あなたを刺しちゃうの」

「ただの夢だよ」

 俺は彼女をそうなぐさめた。

 いいながら、どこかで聞いた怖い話を思い出した。


 ある女子高生が何度も同じ夢を見る。それは

 学校帰り、彼女が駅の改札を出ると、その傍に白いバンが停まる。そこから降りてきた男に刺し殺される、という物だ。

 ある日彼女は本当に駅で白いバンを見つける。怯えた彼女は電話ボックスに飛込み、家に電話した。「殺される! 助けて!」

 白いバンは電話ボックスのすぐ傍に停まり、窓が開く。夢で見たのと同じ男が、運転席から声をかけてくる。

「夢と違うじゃないか」

 もちろん、そんなのは誰かの考えた作り話にすぎない。

 彼女はまだ不安そうだった。

「でも……」

「予知夢だとでも言うのかい? だったら男の服装でも教えてもらおうかな。もしそんな奴がいたら傍によらないようにするから」

 クスッと笑って俺はねぐらからはいだした。積み重なって洞窟のようになった瓦礫の中から。

「大体、もう電車もよっぱらいもいないじゃないか」

 ねぐらの外には、一面灰色の廃墟が広がっていた。そう、予知夢だなんてありえない。核の炎に焼かれ、線路も電車も他の人間も焼き尽くされたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る