第29話 文明的な制度

 クレスの乗った宇宙船は、エンジンが壊れ、宇宙を漂うはめになった。通信機器も失われ、地球と連絡が取れなくなったなか、水と食べ物が尽きるまえに通りすがりのラリーク星人の船に発見されたのは幸運だった。宇宙の広さを考えれば、奇跡といってもいいだろう。

 ラリーク星人はとても親切で、宇宙船が直るまで星を案内してくれることになった。ラリーク星人は少し肌がピンクがかってはいるものの、それをのぞけば地球人と外見はあまり変わらない。そもそも、さまざまな理由で異星人ということにされているが、彼らの祖先はこの星に移住した地球人だ。お互いに親近感があるのも当然かも知れない。

 降り立ったラリーク星は、空気がうすく、空が少し黄ばんでいる物の、地球と基本はあまり変わらないようだった。立ち並ぶビルの間と人々が忙しく歩き回り、公園には紫の葉を持つ植物が茂っている。

 あちこち見てまわったあと、クレスと、案内役のウチャルは食堂で休むことにした。材料となる動植物も地球とよく似ていて、クレスもラリーク星の食べ物を食べることができるとのことだった。

 食事時に店が混雑するのはここでも同じらしい。近くで食事する親子らしいラリーク星人の楽しげな様子を見て、クレスは思わず言った。

「なんだか、嫁と娘がなつかしくなりましたよ」

「大丈夫、通信機が直ったら連絡ができますよ」

「今度、娘にお土産を……」

 クレスの言葉を遮るように、部屋の隅で怒声が起こった。

「おい、こっちへ来るな! 臭えんだよ」

 見ると、食事中の青年が怒鳴っている。怒鳴られているのは、今店に入って来たばかりらしい中年の男だった。その中年は地球中世時代の修道士が着ていたようなローブを着ていた。ぴったりとした服を着ている人が多いなか、その格好はかなり浮いて見せた。おまけに、額には大きな幾何学模様が刺青されている。そして、その額にも腕にも、古い傷跡がたくさんあった。消えきっていないあざ、焼けてつっぱった皮膚、切傷の痕……この種類の傷は時間が経つとこうなる、という見本帳のようだった。

「テメエみたいな奴が俺等と同じ店で飯を食えると思ってんのかよ! この薄汚い……」

 その後も青年は何かを言っていたが、この星の言葉が完璧ではないクレスには何を言っているのか分からなかった。しかし、その口調と表情から聞いて飯がうまくなる類の物ではないらしいのは予想がついた。

「どうか、お恵みを……」

「黙れ!」

 青年は空瓶で中年の頭を殴り付けた。

 見兼ねて立ち上がりかけたクレスの腕をつかみ、ウチャルが止める。

「あいつはいいんですよ」

「いいって……?」

 二人が話して間に、他の客も口汚い暴言を浴びせかけ始めた。空瓶が飛びかい始める。

 刺青の男が背を丸め、疲れきった様子で店を出て行く。頬に野菜を拭ったとき、ローブの裾がまくれ、クレスはその男の右手が義手であることを知った。

「ほら、あの男、刺青があったでしょう」

 そういって、ウチャルは自分の額を指差した。

「あれは、ドラークの印です」

「ドラーク?」

「地球でいう、奴隷のようなものでしょうか。この星では、ドラークに人権を一切認めていません」

「一切の人権を……」

 地球と同じ、いやそれ以上の文明を持つラリーク星が、まだこのような因習を持っているとは。

「そう。だからあの入れ墨をした者に、どんなことをしても罪にならない。殴ろうが、殺そうが、無意味に拷問しようが。さすがに殺されることは少ないみたいですがね」 

 ウチャルはちらりと刺青の男が去っていった方に目をやった。

 どんな顔をしていたのか、クレスを見たウチャルがラリーク星人特有の笑い声を立てた。

「どんなに人に似ていても、あれは獣と同じですよ」

「はあ……」

 なんだか気分の悪いものが胸に残ったが、クレスは口をつぐむことにした。他星の法律や文化にあれこれ言うと争いのもとになるし、ウチャルの機嫌を損ねると帰還にさしさわりが出るかも知れない。クレスは愛想笑いをする事で、その場をごまかした。


 宇宙船の修理の様子を見せてくれるというので、クレスは数日後宇宙港に併設された造船場にいた。この宇宙港では、造船場だけではなく様々な実験施設が並んでいる。作業場以外は近代化され綺麗な物だ。渡り廊下の右側がガラスばりになっていて、技術者が宇宙船の肌に取りつき火花をあげているのが見える。

「一人乗りの小さな物ですからね。あとは仕上げをするだけですよ」

 ウチャルは誇らしげに言った。

「ありがとうございます。安心しました」

 なんだか人権剥脱の話を聞いてから、この星が少し不気味に思えてきた。帰れるのが嬉しかった。

「あなたと別れるのは少し淋しいですが」

 本心かお世辞かウチャルが言った。

 その時、鋭い悲鳴が響き渡った。女性の物だ。

 クレスは思わず駆け出した。

「あ、困ります。勝手に動き回られては! 立入禁止の場所もあるのですから!」

 ウチャルが慌てて後を追ってくる気配がした。

 かまわずにクレスは走り続けた。

 高い悲鳴をあげ、角から走り出て来たのは額に刺青のある若い女性だった。部品にかけるホコリ避けの布を体に巻き付けただけの格好をし、足首に鎖の切れた枷(かせ)が食い込んでいる。慢性的に痛め付けられていたのだろう。のぞく肌は青あざが傷で異様な色になっていた。

「逃げるな、このアマ!」

 あとから彼女を追い掛けてきたのは数人の男だった。

 横を通り過ぎようとした女性の手首を、ウチャルがつかんだ。

 女性は髪を振り乱し、動物のようなうなり声をあげて逃れようとする。だが、ウチャルは見かけより力が強いようで、手首に巻き付いた長い指はビクともしなかった。

 女性の瞳は捕らえられた獣のように怯え、揺れている。

「ああ、ウチャル、ありがとう。従業員のストレス発散のために捕まえといた女が、逃げ出したんだ」

 男達はクレスに気づき、礼儀正しくお辞儀をした。

「いやあ、お見苦しい所をお見せしました。何せ、むさくるしい男が多いですからね。どうしてもストレスとか、そのう、何ですか、その手の欲求のはけ口が必要でして」

 ウチャルは渋い顔をしていた。だが、その怒りは女性の扱いではなく、彼女を逃がてしまった間抜けな男達に向けられているようだった。

「今度は足の筋でも切っておくんだな」

 その言葉を聞いた瞬間、視界が真っ赤に染まったようだった。

 どんな理由があろうと、生きた人間がこんな扱いをされていいはずがない。

 気付いたときには、クレスはウチャルの手から彼女を奪い取り、駆け出していた。「待て!」という怒鳴り声と足音が追ってくる。

 クレスに悪意がないと分かったのか、刺青の女性はおとなしくついてきた。

 もうほとんど宇宙船は直ったといっていた。自分の宇宙船で逃げるのだ。

 作業場へと通じそうな通路を選んで走る。廊下の横についた扉。その奥が作業場に通じる渡り廊下だろうと見当をつけた。

 運よく、その扉が開いて年老いた科学者が出てきた。驚いた顔の彼の隣を通り抜け、閉じかけた扉をすりぬける。

 だが、そこは作業場に続く廊下ではなく、行き止まりの部屋だった。自分のまぬけさに歯噛みをする。

「まったくもう、勝手に動き回らないでほしいと言ったではありませんか」

 意外にも、ウチャルの声は怒っているというより呆れているようだった。

 どこかに逃げ道はないか、クレスは部屋の中を見回した。

 そこには銀色の機械が並んでいて、軽いうなり声を立てている。余計な物は一切置いておらず、武器になるような物はなかった。続き部屋があるらしく、壁に短い暗緑色のカーテンがかかっている。おそらく隣の部屋をのぞくための窓を隠す物だろう。だが、それをくぐろうと身を屈めている間につかまってしまうだろう。

「こんなことが許されるはずがない! この女性を保護する!」

 ウチャルはしばらくぽかんとしていたが、突然笑い声をあげた。怯えたように女性がクレスの背中に隠れる。

「なんだ、なんだ、そういうことですか! 虐げられた者に対する安っぽい正義感と、そして何よりちょっとしたロマンス!」

 ウチャルは足音をたてて歩み寄る。

 二人は思わず道を空けるように後ずさった。

「まあ、まずこれを見てくださいよ」

 ウチャルは殺しきれない笑いを顔に貼りつかせ、カーテンを開けた。

「これがドラークの正体です」

 ガラス越しに見える光景をみて、クレスは目をみはった。

 ガラスのむこうには、ベルトコンベアが並んでいた。年令も性別もさまざまな胴体が、仰向けに並んでいる。器からフタを取るように機械で胸と腹を剥がされると、そこに内臓をいれられ、また胸や腹を戻される。

「これはこの星の恥になるからいいたくないのですが」

 ウチャルの口調は、不気味なくらい落ち着いていた。

「我々はどうやら、自分が他人よりも優れていると信じたい生きものらしい。その欲求は本能と言ってもいいほど強い。だが、何事も人より抜きんでるのは大変です。並大抵ではない努力が必要だ」

「……」

「ならば、自分を高めるのではなく適当な理由をつけて他人を貶めればいい。アイツは身体的特徴、思想、性別、生まれた場所、そんな物が自分とは違う。だから、アイツは私より劣っている。まったくくだらないことです。そこに正当性も科学的根拠もありはしない」

 ウチャルの演説は熱をおびてきた。

「その結果が、差別やいじめを生み、引いては暴行、傷害から戦争まであらゆる不幸の源になる。だから私は造ってやったんだ! もとから人権がなく、公(おおやけ)に、正々堂々見下せる相手を!」

 もうひとつのコンベアには、首が天井をむいて流れていた。一つ一つ顔は違っているが、どれも目蓋を閉じ、静かな顔をしていた。

 その額に、ミシンのような機械が刺青を刺していく。

「いわば、生け贄の羊ですよ。学校や職場に、なにかと理由をつけてドラークを送り込む。いじめや嫌がらせは、ラリーク人ではなくドラークに集中します。この制度ができてから、ラリーク人同士の殺人、暴力、いじめ事件がぐっと減りましたよ。よいストレス発散先ができましたからね」

 クレスは自分の足が震えだすのを感じていた。それが目の前に広がる異様な光景のせいなのか、ウチャルの言葉のせいなのかわからなかった。

「凶悪犯罪も減りました。人を殺してみたかったというだけで、恨み何もない者にナイフを突き立てる者がいるでしょう。あるいは快楽殺人者。そいつらが皆ドラーク達を狙いはじめたのです。それはそうでしょう。目の前に合法的に殺してもいい者がいるのに、捕まる危険を犯して罪のない者を害すはずがない。ドラークの体は開発者の我々でも見分けがつかないほどラリーク人とそっくりです。血も出るし、泣き喚くから、苛虐趣味を満足させられる。もっとも、捕まる危険を冒すスリルを味わいたいという者もたまにはいますし、怨恨や金がらみの殺人は相変わらずですが、それは仕方ないでしょう」

 ガラスのむこうでは、ロボットの首と胴がつながり、血が注入されていく。

「プロジェクト当初は、罪人を使おうという案もあったんですがね。しかし、いくら罪人とはいえ人権を剥脱するなどひどすぎるでしょう?」

「で、では食堂の男も、さっきの技術者達も、相手が人間ではないと知っていて?」

 だったらこれはごっこ遊びなのだろうか。叱られた子供が、腹いせにぬいぐるみを殴るようなものだ。そのぬいぐるみが人間にそっくりな分悪趣味に見えるが。

「あなたはまだこのロボットの存在価値を分かっていないようだ」

 ウチャルのほほ笑みは、本当に地球人とそっくりだった。

「いえ、人々はドラークを特殊な階級のラリーク人だと思っていますよ。こいつらの正体を知っているのはこの星で私を含めて数人です。命も感情もない機械をいじめた所で、誰が満足するでしょう。差別やいじめや嫌がらせは、生きて血の通った、生身の人間の心を傷つけることが目的なのですから。こいつらの正体がばれたが最後、また矛先はただのラリーク人へと戻り、ドラークは見向きもされなくなるでしょうね」

「……」

「我々が狂暴な本性を消しきれないのなら、うまく折り合っていくしかないでしょう。相手を機械にした分、文明的だと思いますよ」

 そこでウチャルはラリーク語で何かを言った。

 背後の女性、いや女性型ロボットが、すばやくクレスの首に指をかける。

「ということで、あなたの口からこのことが漏れたらまずい。口を封じさせてもらいます。なに、地球にはなんとでも言い訳が聞く」

 細い指が容赦な締め付け始める。

「このロボット達の開発プロジェクトのリーダーは私なのですよ。この刺青ロボットは私の命令を聞くようになっている。ああ、さっきこいつに止まれと言えばよかったのかな、とっさのことで忘れていた」

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