第2話 4

 ――オーホッホッホー!


 結果から申し上げましょう!


 わたしの圧勝でございましたわっ!


 テーブルを囲む、わたしとアリシア様を除いた五人のクラスメイト達は、いまや顔を引きつらせて、カタカタと手を震わせながらカップを傾けています。


 わたしが彼ら彼女らの知識不足や作法鍛錬の不足を、徹底的に皮肉って差し上げたというのもありますが、やはりアリシア様の一言が効いたのでしょう。


「――あなた方、それで良くも恥ずかしげもなく平民の方々を虚仮にできますわね。

 平民でも地元の特徴はご存知ですし、彼らなりの作法を持って卓を囲むものですわよ?」


 切れ長な麗しい目元を細められて告げられたその言葉に、テーブルを囲む方達は顔を青ざめさせたのです。


 それはそうでしょう。


 この方達は普段から貴族である事それ自体を鼻にかけてらっしゃいましたものね。


 それが貴族最上位の公爵令嬢であるアリシア様から、平民以下と揶揄――わたしだって多少、むつかしい言葉を覚えたのです――されたのですから、平静ではいられないでしょう。


 それからテーブルはひどく静かになりました。


 それとは真逆に周囲のテーブルは、ざわめきが大きくなり、わたしを見つめる視線が多くなります。


 チラリとルシア様のいるテーブルを見ると、彼女はひどく興奮した様子で、両手を握りしめてガッツポーズしてらっしゃいます。


 ……ルシア様、それをアリシア様の前で行いますと、すごく怒られるのですよ。


 あとでお教えして差し上げましょう。


 なにはともあれ。


 アリシア様のお陰で、今後は学園でも過ごしやすくなるのではないでしょうか?


 そんな事を考えながら、わたしはお茶を口元へ運びます。


 目的を達成できた事で、わたしもすっかり緊張の糸がほぐれていたのでしょう。


 ――だから。


「――アリシア嬢、遅れてしまってすまない」


 オルベール家のメイドさんに連れられて現れた彼を見て、わたしは思わず口に含んだお茶を隣のモーリス様に噴き出してしまいました。


「あ、ああ……も、申し訳ありません。

 モーリス様。

 これでお拭きになって……」


 アリシア様との鍛錬で刺した中で、一番上手く刺繍できたハンカチをポーチから取り出し、モーリス様に手渡して謝罪を告げながら。


 わたしは目だけで、現れた彼を探る。


 わたしの不作法に対する、アリシア様の視線が怖くて現実逃避してるわけではない。


 ……ないったら、ない!


 どういう事?


 あれってアベルよね? そっくりさんとかじゃなく。


 彼は金髪を掻き上げて整った顔に笑みを浮かべ、アリシア様の隣にやってくる。


 ま、まずは落ち着きましょう。


 わたしはお茶を飲んで落ち着こうと、カップを再び口に運びました。


 アリシア様はため息をついて――それがわたしに向けられたものなのか、別の理由によるものなのかは、怖くて確認できませんが――席を立つと、アベルと目される人物の隣に立ちました。


「――みなさんに紹介致しますわ。

 わたくしの婚約者のアベルです」


 わたしはまたお茶を噴き出した。


「――ああっ!? モーリス様! 重ね重ね、本当に申し訳ありません!」


「い、いや。良いんだ。

 なにかこう……新しい扉が――これはもしや……」


 モーリス様は怪しい目つきでブツブツ言い出しましたので、わたしはポーチから二番目によく刺繍できたハンカチを新たに握らせて。


 再度、アリシア様を見た。


 彼女は怖い目つきでわたしを見ていたけれど。


 いまはそれに怯えている場合ではない。


「こここ、婚約者ってどういう事なのですか?」


 その隣に立つ男――アベルは平民。しかも外国人だ。


 公爵令嬢のアリシア様の婚約者になれるような身分ではない。


 なぜわたしがアイツに詳しいのか?


 だってアイツ、元パーティメンバーなんだもの。


 故郷にほど近い南の端にある街で出会ったんだけど、当時はわたしもモニカも冒険者としては不慣れで、そこをアイツに付け込まれたんだ。


 一緒に居たのはひと月ほどだったかな。


 それでも長く我慢した方だと思う。


 アイツ、わたし達が世間知らずなのを良い事に、わたし達をまるで自分の所有物のように扱ってたんだよね。


 いわゆる両手に華?


 ハーレムパーティ?


 こっちにはそんな気さらさらないのに、周囲の人達にまるでわたし達がアイツに惚れているかのように吹いて回っていて。


 それでブチキレて、パーティから追放したってワケ。


 確かに魔物や魔獣との戦闘では、当時のわたし以上に強かったけれど。


 アイツ、頭が本当に――致命的なまでに悪いのよね。


 そのクセ、女が絡む時だけやたら悪知恵を働かせるから始末に負えない。


 ――ほら、今もわたしに対して値踏みするような視線を送ってきてる。


 毎日のように「これは真実の愛だ」とか抜かしてたクセに、ちょっと化粧しただけのわたしに気づかないのだから呆れさせられる。


「どういうもなにも……一年ほど前になるかしら」


 そうしてアリシア様によって語られる、アベルとの出会い。


 わたしはお茶をひと口。


 ふう。なんとか落ち着いてきましたわ。


 まとめましょうか。


 一年ほど前というから、わたし達にパーティを追放された直後になるのでしょう。


 アリシア様のお祖父様とお母様が、自領のカントリーハウスから王都に向かっていた際、二人を乗せた馬車が魔獣に襲われたのだそうです。


 馬車は壊され、馬は逃げ出し、あわや命の危機という時に颯爽と現れたのがアベルだそうで。


 命を救われたアリシア様のお祖父様――オルベール公爵は彼をいたく気に入り、アベルを騎士団に推し、アリシア様の婚約者としたそうです。


 公爵様は自領では、農民に混じって共に農作業されるほどのお方なのだそうです。


 閣下……身分にとらわれない姿勢は素敵ですが、今回は相手が悪いように思います。


「元々、家は兄が継ぎますからね。

 祖父は空きの伯爵位を彼に与えて、分家を起こすおつもりですの」


 そう仰るアリシア様のお顔は、どこか優れないものに感じられました。


 オルベール家のような古い公爵家ともなれば、爵位も複数お持ちなのでしょう。


 それはさておき、アベルです。


 アリシア様のお話を伺う限り、偶然助けたように聞こえますが、わたしにはそれがひどく怪しく感じられます。


 だって――今思い出しても腹が立つのだけれど。


 アイツが出会った頃のわたし達に教えた冒険者心得って、『なるべく対価を釣り上げる方法』が主だったんだもの。


 ――魔物に襲われた村があっても、すぐには助けず、ギリギリを見極めて助けた方が感謝されて報酬が上がる、だとか。


 ――魔獣を森から付近の村に追い立てて、冒険者ギルドに依頼を出させてそれを受けることで楽に収入になる、だとか。


 そういう事を知っていると、オルベール公爵を襲った出来事も別の見え方ができてしまう。


 また言葉が乱れてきた。


 深呼吸よ。シーラ。


 わたしはもう令嬢。令嬢なんだから。


 アリシア様がテーブルを回って挨拶を始めるのを。


 わたしは言い知れない不安を抱きながら、見つめるしかなかったのです。

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