第1話 3

 きらびやかなシャンデリアが魔道器の照明を照り返して、床に敷かれた赤絨毯をより鮮やかに際立たせる。


 あちこちに飾られた色とりどりの花々は、王城の温室で育てられたものなのだそうで。


 魔道器を使わずに楽団に生演奏させているのは、贅沢をしたいわけでも権威を誇りたいわけでもなく、そうする事で彼らの収入になるから。


 このふた月で、わたしはお祖父様から貴族としてのあり方もしっかり学んでいる。


 持つ者は持たざる者がいるからこそ、その力を権威を金を使わなくてはならない。


 ノブリスなんとかという精神なのだそうだ。


 今日のわたしは母さん――お母様譲りの銀髪をモニカによって頭の後ろで、琥珀のバレッタでまとめ上げられている。


 お祖父様が用意してくれた淡い青のドレスは、たくさんの花の刺繍が施されていて、怖くて値段は聞けなかった。


 淑女教育の時から思っているのだけれど、肘まで覆う手袋がいまだに慣れない。


 わたしはお祖父様にともなわれて、陛下への挨拶の列に並んでいた。


「――お祖父様、実はわたくし、陛下にお会いするのはこれで二度目なのですが、お初にお目にかかります、はおかしいですわよね?」


 国内史上、最年少の勇者認定という事もあって、一年前、わたしは陛下自らに認定してもらったの。


 列の先の方の皆さんは、「お初に――」からはじめているのだけれど、わたしはどうしたらいいのかしら?


「再びお目にかかれて光栄です、と言えば良い。

 おまえが勇者だったのは、陛下やこの場にいる大人達はみんな知っている」


 道理で。


 さっきからやたら視線を感じると思ったわ。


 そんな事を考えながら順番を待っていると。


「――俺の誘いが受けられないっていうのか? 俺は勇者パーティーのカイル様だぞ!?」


 そんな怒鳴り声が聞こえてきた。


 見ると――見たくはなかったけれど。


 勇者の名前を出されたから、見ないわけにはいかないものね……


 カイルが令嬢の手を掴んで顔を真っ赤にしていた。


 勇者の言葉に、会場にいる大人達の目が一斉にわたしに向けられた。


 思わずわたしはたじろぎ、慌てて首を横に振る。


「……おまえの名を使って潜り込んだようだな。

 商人などがよく使う手だが……おまえが縁を切りたいという理由はあれだけでも良くわかるな」


 お祖父様が同情のこもった目でわたしを見下ろす。


「さて、名前を出された以上は、おまえが収拾を付けなければいけないわけだが……

 シーラ、できるか?」


 招待客達もまた、好奇の視線でわたしを見つめている。


 ここでお祖父様を頼ったら、わたしはこの先、社交界でナメられ続けるのだろう。


 お祖父様は言葉にこそ出さないが、わたし自身による解決を望んでらっしゃる。


「――ウィンスター流でよろしいので?」


 わたしの問いに、お祖父様は楽しげに笑った。


「皆もそれを望んでいるはずだ。かつて、おまえの母がそうだったからな」


「ならば、咲き誇る銀の華――皆様にご覧頂きましょうか」


 わたしはそう告げて、王族席へと一礼。


 列を離れてカイルの元へ向かう。


 招待客達が割れるように道を空けるのがおもしろい。


 ちらほらと母の名前が囁かれるのが聞こえる。


「――カイル。そこでなにをしてらっしゃるの?」


 あくまで令嬢言葉を崩さず。


 わたしはバカに声をかけた。


 途端、手の力が緩んだのか、手首を掴まれていた令嬢がバカの手を振りほどいて、わたしの方へ逃げ出してくる。


「――あの……ありがとうございます」


「気にしないで。巻き込んでごめんなさい」


 令嬢にそう告げて下がらせて、わたしはさらにバカへと一歩を踏み出す。


「――シーラ、また俺の邪魔をするのか!」


「――あんた、それしか言えないのか……」


 おっと、ついつい言葉が……


「人の名前を勝手に使って宴に潜り込んでおいて、よくもそんな事を言えるものですわね」


 ちゃんと言い直せたわたしは偉いと思う。


「お、俺はちゃんと自分の実力で招待されたんだ!」


「そう、それならわたくしの名前を使わないで頂けるかしら?

 ――勇者パーティから追放された、カイル様」


 あえて追放を強調して言ってあげたわ。


「それを言うなあっ!」


 途端、バカは顔を真っ赤にして、手にしたグラスを振るった。


 中身のワインがわたしにかかって、周囲の貴族達から悲鳴があがる。


 ……元々、会話だけで済ませる気はなかった。


 それでもこのバカの理性次第では、穏便に済ませようと考えたのが甘かった。


 お祖父様が今日の為に用意してくださったドレスを汚されてまで、大人しくしていてはウィンスター家の名前にまで傷がつく。


「お、おまえが悪いんだぞ! 俺の邪魔ばかりするから!」


 顔を俯かせたわたしに、なにを勘違いしたのか、バカが喚いている。


 わたしは濡れた手袋を抜き取り、バカの顔面に叩きつけた。


「――ウィンスター伯爵令嬢シーラが、冒険者カイルに決闘を申し込むわ。

 今、ここでっ!」


 許可を求めるように王族席を見れば、陛下は面白い出し物が始まるのを待つかのように、笑顔でアゴヒゲを撫でて、頷いてくれた。


「デビューでいきなりとは、さすがウィンスター……」


「――銀華の再来……」


 貴族達の声を聞きながら、わたしはカイルを見据える。


「あなた以前、申しておりましたわね。わたくしより強くなったのだと。

 その力とやら、試してみる良い機会ではなくて?

 それともそれもいつもの口だけ、だったのかしら?」


 煽るように右手を差し伸ばして、わたしがバカに告げると、彼は怒りの形相でわたしを睨んだ。


 わたしはさらに煽る。


「そうそう、あなた、わたくしを情婦にしたいのでしたっけ?

 決闘に勝てたなら、考えてさしあげてもよろしくてよ。

 ――本当に、勝てるのでしたら」


 陛下に挨拶する前だったから、わたしはまだデビューの証である扇を賜っていない。


 だから左手を口元に添えて、クスクスと笑ってやった。


 どう?


 ここまで虚仮にされたら、いやでもノルしかないでしょう?


 わたしはもう、あなたを自由にする気はないのよ。


 ――徹底的に、叩き潰す!


 お祖父様のドレスを汚された怒りに、わたしのテンションはどんどん上がっていく。


「――その言葉、忘れるなよ! 後悔しても知らないからな!」


 バカがイキって胸の前で拳を握る。


「目覚めてもたらせ、<古代アーティフィカル・アーム>!」


 バカの背後に魔芒陣が開いて、古代遺跡由来の<兵騎>が現れる。


 三頭身な五メートルほどの甲冑だ。


 アイツの自信の源はコレか。


 鬼のような角を生やした黒色のそれを前に、ホールに居合わせた貴族達の悲鳴が響く。


 そりゃそうだ。


 誰がパーティーで起こった決闘騒ぎに<古代騎>まで持ち出すと思う?


 でも、あいつはバカだから、そんな事気にしないんだ。


 自分のメンツがなにより大事なヤツだから。


 <古代騎>の胸が横に開いて、内部の鞍にバカが呑み込まれる。


 黒く無貌だった面に白の文様が走ってかおが結ばれた。


『これが俺の力だ! シーラあっ!』


 バカが叫んで、魔法を使った。


 <古代騎>の前に火球が生まれ、どんどんと膨らんでいく。


 あいつ、城に放火でもするつもりなの?


 出口に貴族達が殺到しようとして、パニックが起きかけている。


 わたしは彼らに向けて両手を差し伸べ、声をあげる。


「――みなさま! どうぞご安心ください。

 今宵は懐かしの銀の華、不肖、このわたくしが咲かせてご覧いれましょう」


 貴族達の足が止まる。


 そして、わたしは胸の前で拳を握りしめる。


「――目覚めてもたらせ。<幻影神器シルエット・レガリア>」


 瞬間、ホールが銀の光に染め上げられる。

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