ごめんなさい

 ズルズルと堂本を引きずりながら、赤い線を描いていく。

 なにかの文字のようだが、範囲が魔法陣より大きい。


「ぎゃああ! ふごおおお!」


 顔面を削られながら、堂本が悲鳴を上げた。鼻はへし折れ、歯が砕けていく。


「じっとして。ちゃんと書けない」


 キリちゃすは、堂本の身体を逆さまに担いだ。書道の筆のように扱い、地面を塗りつぶしていく。


「やめろ! やめろおおお!」


 しまいには、堂本は涙まで流し始めた。


「お前は、ちっとも反省してない。顔を削り取られながら、自分がやったことを振り返るべき」


 堂本の顔が、ほぼ原型を留めなくなっていく。


「ひ、ひい、ひいいいい!」


 キリちゃすが描いている文字が、浮かび上がってくる。


 書き上がった頃には、堂本の首がなくなっていた。書道に使うスズリのように。


 これは、見たことがある。茶々号チャチャゴーのときと同じ。



「ごめんなさい」だ……。




 

~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 



 キリちゃすは、堂本の顔を地面に引きずり続ける。


 堂本は、もう息をしていない。


 だが、最後のひとかけらに至るまで、堂本はすり潰す。


『結局、最期まで迷惑のかけ通しだった』

「いいって。あんたのおかげで、ピの仇を取れたんだから」


 背負っている魔王の体重が、急に重くなった。


『これで、我も消滅できる』

「死ぬん?」

『死ぬという表現は、おかしいか。消滅する』


『弥生の月』が招集した退魔師との戦闘に加え、堂本に特殊銀製の武器で攻撃された。

 その段階で、既に虫の息だったという。

 そんな状態で堂本と融合しても、緋奈子には勝てなかっただろうとのこと。


『復活した段階で、我は既に虫の息だった。それで今までの戦闘が重なった。もう、現世に体型を維持できぬ』

「元の世界に返るってわけでも」

『それも、もはや叶わぬ』


 配下が糧となってくれたとしても、もう肉体そのものが限界に達しているらしい。


「そっか。お別れなんだね」

『うむ。礼を言う、キリちゃす。見捨てんでくれて』

「いいって。ありがとうなのはこっちだよ」


 ピの敵を討てた。その手助けを、魔王はしてくれたのだ。


 キリちゃすは、文字を書き終える。


 堂本は、もう肉片すら残っていない。


『さらばだ、キリちゃす』

「うん。バイバイ」


 背中に、キリちゃすは呼びかける。


 魔王の肉体が、背中からドロリと解けていく。

 そのまま、地面に落ちて、煙を吐き出しながら消えていった。

 


~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 



 書き上がった瞬間、キリちゃすは地面にへたり込んだ。


「魔王、どうしました?」


 緋奈子が、キリちゃすに声をかける。


 突然、キリちゃすが血を吐いた。


「なんかさ、もう終わっちゃうみたい」


 キリちゃすの身体から、光の玉が溢れ出した。玉は、闇夜の空へと上っていく。


「魔王ね。もう死んだ。力を使い果たしたんだってさ」


 キリちゃすが、魔王の死んだ経緯を話す。


「あれだけの戦闘だったからな」


 しかも、キリちゃすは二度目の復活を遂げたばかり。弱っていないはずがない。


「一番やばかったのは、あんたのお父さんから受けた銃弾が、ずっと体に残っていたことだったって」


 また、弥生の月が行った封印の儀式も、魔王を弱らせる一因となっていた。


 オヤジの死は、ムダじゃなかったのか。


「それだけじゃないの」


 キリちゃすが、血を吐く。


「どうした!?」

「こういうこと」


 咳き込みながらも、キリちゃすは微笑む。


「魔王はピの病気も、引き継いじゃったんだ」


 従来よりかなり弱体化していたという。


「それが、あたしにも広がってる。魔王のおかげで生きながらえていたけど、もうダメみたい」

「キリちゃす」

「いいの。ピと同じ病気で死ねるなら、それもいいかなって」


 エヘヘ、とキリちゃすは無邪気に笑う。満身創痍なのに。


 オレは、すっかり毒気を抜かれてしまった。彼女は殺すべき仇なのに、オレはもうキリちゃすを撃てない。


「ねえ、探偵さん。あんた、神様って言っていたよね?」

「はい」

「あたし、死んだらどうなる? ピのところへ行けるかな。だったら地獄でも構わないんだけど」


 キリちゃすの言葉に、緋奈子は首を振って答える。


「魔王などの不浄と融合したモノは、天国へも地獄へも行けません。魂ごと、消滅していまします」

「そっかぁ。そんな都合よくないよね。あたしだって、ひどいことしたもん。あたしも、ごめんなさいしなきゃ」

「あなたが手を下したのでは、ありません」


 キリちゃすは、緋奈子の慰めに首を振った。


「一緒だよ。全部覚えてるもん。全部さ、魔王に押し付けていただけ。それで、罪悪感が紛れるから。でも、ダメなんだよ。自分がしたことは、ちゃんと償わないと」


 寂しそうに、キリちゃすは闇夜を見上げる。


 その身体は透けて、もう現世にとどまれそうにない。


「しかし、ピさんもあるいは、あなたが向かう先と同じ場所にいるかも知れません。期待させて申し訳ありませんが」

「やった。可能性はあるってことじゃん」


 落ち込んでいたキリちゃすが、笑顔を取り戻す。本来は、こういう健気な顔だったのかもしれない。


「あんがと。あたしは、ピを探すよ。気長にさ」

「見つかるといいな」



 オレが言うと、キリちゃすはニカッと笑う。

 そのまま、幸せそうな顔でフッと消えていった。


「あいつ、幸せになるかな?」


 空を見上げながら、オレはへたり込む。精神が、もう限界だった。


「わかりません。ですが、そうあってほしいとは思いますね」


 緋奈子も、オレに寄り添うように座る。


 真夜中の埋立地に、パトカーのサイレンが鳴り響く。


 ようやく終わったんだな、と思えた。



               ◇ ◇ ◇



 事件から数日が経過する。


 退魔師団体『弥生の月』が、解散した。


 斗弥生ケヤキ 尚純ナオズミが直々に、解散の会見を開く。


 オレと緋奈子、福本は、その様子を病室で見ていた。

 工作員の一人である、和泉いずみ あおばの病室で。


 物々しい顔で、尚純が会見で頭を下げている。

 尚純に、おびたたしい数のフラッシュが焚かれた。


「テレビ切ろか、あおばちゃん?」


 弓月ユヅキちゃんが、あおばに聞く。


 あおばは何も言わず、首を振る。


 和泉あおばの顔は、実に穏やかなものだった。腕に通された点滴が痛々しいが、落ち着いている。とても弥生の月最強の戦闘員とはとても思えない。


 看護師が、あおばを呼ぶ。


「ほな、あおばちゃん、行くから」


 弓月ちゃんが、病室から出ようとした。


「あおばちゃん!」


 振り返って、弓月ちゃんが何かを言いかける。


 しかし、言葉が出ない。


「またな!」


 それだけ言って、弓月ちゃんは病室を出た。


「カオルちゃん、あおばちゃんは」


 重々しい表情になりながら、弓月ちゃんはオレに聞く。


「弥生の月からは、起訴されていない。だがクラスメイトの遺族が、黙っていない。保護観察じゃ済まないだろう」

「精神鑑定も、せえへんって」

「ああ。言い逃れはできない」



 弥生の月の工作員たちが相手なら、正当防衛は成立する。

 だが、クラスメイトは別だ。相手が大物の子どもだった。


「死刑……なん?」

「そこまではいかない。ただ、もう二度と会えないと覚悟してくれ」


 社会復帰は、難しいだろう。

 

「すまん」

「カオルちゃんのせいや、あらへん。せやけど……」


 弓月ちゃんの瞳から、とめどなく涙が溢れてくる。



 しかし、病院を出る頃には、弓月ちゃんの涙は枯れていた。



「決めた。ウチ、弁護士になる」

「な?」


 弓月ちゃんが、腰の上がりで拳を固める。


「弁護士になって、あおばちゃんを連れ戻すねんから!」


 鼻息を荒くしながら、弓月ちゃんがオレに。


「カオルちゃん、勉強教えて!」

「いや。オレは実技で一発合格したからなぁ。授業内容もたいして覚えてねえんだよ」

 

 うなだれた後、弓月ちゃんは緋奈子に視線を移す。


「緋奈子さんは?」

「さすがに、弁護士資格の勉強となると……」


 授業内容が、日本とロシアで違う可能性がある。


「あっ、福本はいいんじゃねえか? お前キャリア狙いじゃん。自分の資格勉強のかたわらでいいから、勉強教えてやれよ」

「ボクですか?」


 福本を紹介してやると、弓月ちゃんは「お願いします!」と頭を下げた。


「わかりました。青嶋アオシマ先輩たっての希望ですからね」


 ようやく、弓月ちゃんも笑顔を取り戻す。




 それから、一年が経ち……。

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