あおばちゃん

 オレは、弓月ユヅキちゃんのただならぬ気配を感じ取る。


「カオル」


 緋奈子ヒナコが、オレに目配せした。


「何があったのか、話してくれ。大丈夫だ。オレがいる」

「おおきに、カオルちゃん」


 弓月ちゃんを、オレたちのテーブル席に促す。


 しかし、弓月ちゃんはテレビに釘付けになっていた。棒立ちのまま、動こうとしない。


 大将が気を利かせ、テレビを消す。


「落ち着いて。わたしはここにいます」


 緋奈子が弓月ちゃんを隣に座らせ、安心させる。


「さっき、クラスメイトが死んだって話、したやん?」

「その割には、やけによそよそしいな」


 亡くなったらしい、なんて言い方を弓月ちゃんはしていた。


「全然、親しくなかってんもん。ウチ、バイトしてるやん。せやから、クラスの子らと付き合い悪くて。友だちも、一人しかおれへんかった」

「それが、さっきテレビに出ていた子ですね?」

「うん。和泉イズミ あおばちゃんって子やねんけど……」


 その「あおばちゃん」なる人物が、その女子生徒をバスへ突き飛ばした様子が、複数の人物に目撃されたらしい。

 現在、重要参考人として警察に追われているという。


「体育も林間学校も、二人組みになるときは、あおばちゃんとやった。たしかに影はあるんやけど、人を殺すような子やないで」


 弓月ちゃんは言うが、オレたちはどう返していいかわからない。肯定も否定もできなかった。


「見たところ、キリちゃすをかばっていたようですが?」


 緋奈子の言葉から、オレはテレビの内容を思い出す。


 キリちゃすが何者かの運転するバイクの後部座席に座っている場面が、何度も再生されていた。負われているようにも見えたが。


「そうなんよ。キリちゃすのファンや、っていうてたし。それ、関係しているかも」

「キリちゃすの」


 それで、あの高速に居合わせたのだろう。


 和泉 あおばが弥生の月なら、彼女も機関の所持するスマホを持っている。キリちゃすの行方は把握していたはずだ。


 キリちゃすを追っている過程で、合流したわけか。


「脅されていたという線は?」

「それやったら、もっと弱い人を選ぶんちゃうかな?」


 かもしれない。映像を見た限り、和泉あおばは強さを隠していたように見える。


「カオルちゃん、あおばちゃんを助けたって! あおばちゃん、なんか事情があったんよ! いっぱい人を殺したかもしれへんけど、ウチは友だちやって言うたって!」

「……ああ。わかった」


 ちくしょう、なんだって生返事しかできねえんだよ!

 ここは励ますところだろ! なのに、なんの言葉も出ないなんて。


 スマホが鳴った。弓月ちゃんから逃げるように、オレは席を外す。


 電話を取ると、福本フクモトからだ。


青嶋アオシマ先輩、ちょっといいですか?』

「おう。どうした?」

『現場にいるんですが、キリちゃすを乗せたという人物から、証言が得られました』


 福本が証言を得た人物は、タクシーの運転手らしい。

 彼は終始怯えていて、最初は会話にならなかったという。

 が、「明け方に突然うめき出した」と話しだした。


 オレと緋奈子が、魔王の『破片』を倒したときのタイミングじゃないか?


『そこからは、報道のとおりです。返しちゃっていいでしょうか? 精神鑑定も必要みたいなので』

「ああ。そうしてくれ。それと、和泉あおばについて教えてくれ」

『学内では、普通のギャルメンバーだったそうです。いわゆる陽キャですね』


 ところがバス停でスマホを見た途端、態度が急変したと。


「弥生の月関連か?」

『以前、井口という動画配信者の死体から発見したスマホに、弥生の月のメンバーリストが載っていました。そこに、和泉 あおばの名前も』


 やはり、彼女も弥生の月か。


『その子がどうしたんです? タイプなんですか? ダメですよ青嶋さん、未成年に手を出しちゃ。あなたには緋奈子さんという大事なパートナーが』

「弓月ちゃんのクラスメイトなんだ」


 名前を出すと、福本も黙り込む。


 弓月ちゃんは、警察の間で人気者なのだ。

 彼女の笑顔があったから、みんなは凶悪事件が発生しても正気でいられる。

 人間は捨てたもんじゃないと思えるのだ。


『……たしかに、弓月ちゃんと同じ制服を着ていましたね』

「行方は、わかりそうか? 和泉あおばは、そこに連れ去られた可能性が高い」


 沈黙が流れる。


『……ああ、でも潜伏先はわかるかも』

「どこだ!?」

斗弥生ケヤキ 天鐘テンショウって、いっぱいセーフハウスがあるんです。まだ調べていない場所があるかも。廃棄された場所も含めて、調査を広げてみますね』

「頼む」

『わかりました。じゃあ、切りますね』

「おっと。待ってくれ、福本」


 オレは、福本を止める。


「悪いが『チャン・シドン』という韓国の俳優のことを、調べてくれ」


 キリちゃすの彼氏である名塚ナヅカ ヨウと、俳優のチャン・シドンが似すぎている点を伝えた。


『ああ、伝説の韓流スターですね。現地ではパッとしなかったんですが、来日した際に人気に火がついて。今でも遺作が日本で再放送されるくらいです』


 さすが福本は詳しい。ゴシップをまったく見ないオレとは大違いだ。


「兵役中に死んだって?」

『ええ。訓練用に、背中から撃たれて。即死だったそうですよ』


 しかし、謎が多いらしい。誰も、彼を撃った人物を見ていないのだ。


『交際相手が、記者会見で泣いているのが印象的でした。一年後に、他のタレントと結婚しましたが』

「……シドンは、未婚なんだな?」


 名塚 燿に似た子どもがいる可能性を、考えたのだが。


『はい。シドンは二〇〇〇年代の頭に起きた、いわゆる韓流ブーム前からモテモテでした。それを妬まれて殺されたのでは、って噂が流れたくらいです』


 日本人ファンの前では、甘いマスクで人気だった。

 しかし、本場の業界では相当に嫌われていたらしい。


「そうなのか?」

『はい。なんたって重要参考人が、同じく兵役で活動を休止していた俳優だったので』


 母国の警察から「人気を争って事故に見せかけて殺したのだろう」と、事情聴取までされたらしい。


『結局濡れ衣だったんですが、彼も自ら命を絶ったんです』


 事件は、迷宮入りになっているそうだ。


「ひでえ話だな」

『まったくですよ。シドンには子どもだっていたのに』

「シドンに、子どもだって?」


 おかしい。さっき福本は、「シドンは未婚だ」と言ったはず。


「だってシドンって、結婚してねえんだろ?」

『隠し子がいるんです。実は来日した際、ファンに手を出したらしくて』


 シドンは好青年に見えて、手癖は悪かったそうな。『英雄色を好む』か。


 当時は軽くスキャンダルになったが、兵役に出てしまったせいでウヤムヤになったという。

 シドンの子を産んだという女性の主張で、DNA鑑定が行われた。

 間違いなくシドンの子だと、結論づいたらしい。


『でも、シドンが亡くなったので、ショックで無理心中したそうです』


 住んでいたアパートの一室に火をつけて、一酸化炭素中毒で母子ともに……。


『ですが、焼け跡から見つかったのは、母親の死体だけでした』


 子どもの死体は、まったく見当たらなかった。

 小さかったので、何も残らなかったのではとのこと。

 もしくは、「出産は狂言だった」可能性まで浮上した。

 遺品から子どもを抱いている写真が多数出たので、すぐに払拭されたが。


『その子どもが生きていたら、二一歳位ですかね?』


 キリちゃすの恋人の年齢と、一致する。


『ああ! 思い出した。たしか、その女性の名字は「堂本」でした!』


 その女性は、「堂本 ヒカリ」というらしい。だが、身寄りはないという。


『当時は「D」と、名前が伏せられていたんですが、ネットで流出したんですよ』


 他のファンから、恨みを買ったんだろう。

 自分だけ子どもを授かったから。


「おい、堂本っていったら」

「まさかとは、思いますが」


 直後、福本が何かを発見したと報告が。


『高速を出て一時間の場所に、破棄された工場があります。そこに複数の車が目撃されていました。ナンバーを照合した結果――』

「弥生の月だったんだな?」

『はい。おそらくキリちゃすもそこに向かっています』

「でかした!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る