4.気づく

 

 保健室に鷹也を連れていくと、保険医に何事か驚かれてしまった。上手い言い訳が思い浮かばず少し焦ってしまった。


「なんか、変だね、和美」

「な、何がだ」

「いや、あきらかに変じゃん。なんかあったんでしょ。もしかして、会長?」

「…知らん!ほっといてくれ」


 ニヤニヤ顔が憎たらしい。知らないはずなのに、知られているようでドキドキしてくる。

 どんな顔をすればいいのか、分からない。


「まさか…和美が誰かに恋する日が来るとはな。お祝いしなきゃな」

「からかうな!…勝手が分からず戸惑ってるんだ。好きだと言われたが…俺はまだ自分のことは分かってない」

「そう?充分、気になってるように見えるけど。こういうことは、自分で気づかないとダメだし、俺が言えることは何もないかな」


 楽しそうでなによりだ。

 そういている内に、担任が入ってきてホームルームを始め、解散となった。

 早く帰らないといけない。鷹也に会う前に帰りたかった。


「学、悪いが先に帰らせてもらう」


 カバンを肩に掛けると、急いで教室から飛び出す。まだ、会いたくない。まだダメだ。

 気持ちの整理をつけたい!

 鷹也の教室の前の通った時、チラリと見たとき、目が合ったような気がして心臓が跳ねた。

 靴を履き替えて、急いで校外に出る。やっと息をつくことが出来る。これでは避けてるように見えても仕方ない。だが、あの後、平気で顔を合わせられるほど俺は器用ではないんだ。家までの帰路も逃げるように歩いたのだった。


「ただいま」

「あっ、おかえりー!和美くん久しぶりだね」


 聞き慣れない声に顔を上げる。


彩音あやねさん、来てたんですか」


 彩音は兄の嫁だった。長年付き合っていたが最近、やっと結婚まで踏み込んだと喜んでいた。


「たまにはね。それに、お義母さん心配してるみたいだよ、和美くんが様子が変だって」


 げんなりした。それだけで兄夫婦を里帰りさせるとは過保護なのか…。俺は心配することなんて無いと説明し、部屋にこもった。

 今日の復習も、出来そうになかった。ベッドに横になると鷹也との行為が繊細に蘇ってきて、顔から汗が出るほど熱くなる。

 あの時、鷹也に「実は快楽に弱い?家でも結構1人でしてたりするの?」と言われてたっけ。そんなつもりは無かったが、人にされたら誰だってそうなんじゃ…いや、他に経験がないのに言えることじゃないな。だが、後者は人並み程度だと言っておく。

 それにしても、男を可愛いと思えるなんて。俺は鷹也が好きなのか?早く結論に辿り着けたなら鷹也を安心させてやれるのに。

 あれ、どうして鷹也が不安がると思っているんだ。だって、それは…焦って、不安だったからあんなことをしたんだろ。あの行為を俺は嫌だと思わなかった。

 もう、答えは分かっていた。鷹也の気持ちに気づいたあの時から。


「鷹也が好きだ」


 自分しかいない部屋で確かめるように口に出して言う。じんわり身体が熱く感じた。自覚した途端、恥ずかしさと愛おしさでたまらなくなる。

 鷹也を思うと下半身に熱が溜まってきた。俺は鷹也をそういう対象にしたいらしい。

 ダメだ、欲に負けるな、まだ駄目だ。

 3.141592653589793238462643383279…あ、治まってきた。勢いに乗って、今日の復習に取りかかった。





 寝る前にケータイのチェックをする。トークアプリに通知が入っていて、見ると鷹也だった。

 慌てて、開いて読む。『今日、先に帰った?なんで?一緒に帰りたかったのに』と書いてあり、罪悪感が沸いてくる。待ってたのか?

『悪い、考えたいことがあった。明日なら大丈夫だ』と返しておいた。



 *



「よっ!おはよう、和美」


 登校してきたばかりの学に肩を叩かれた。


「学か。おはよう」

「それで?問題は解決しそうか?」

「あぁ、問題ない。…何もかもが初めてでどうしたらいいのか分からなかった。気づくのに時間がかかった。相手を不安にさせた」

「そっか。でも、いまの和美なら大丈夫だって。決心したんだろ」


 不安なら今もしてる。正しいのかも分からない。だが、間違えることだけはしたくない。


「ありがとう。昼は悪いが一人で食べてくれ」


 学は親指を立てて「応援してる」と言った。

 その後の、授業はノートだけは取ったが、頭は全然働かなかった。幸いにも、当てられることはなかったので事なきを得た。

 昼が近づくにつれて、だんだんそわそわしてきた。うっ、ダメだ、腹も痛くなってきた…。

 慣れないことをするといつもこうだった。

 授業が終わるとすぐに腹痛の解放を求めて、トイレに走った。個室にこもって、落ち着くはずが後からやってきた2人組の会話で全く落ち着かなかった。


「みくちゃん、鷹也に告ったらしいな」

「え、まじか。俺、あの子狙ってたのに」

「でも、フラれたら慰める役になればワンチャンだろ?」

「付き合ったら意味ねぇじゃん」


 ゲラゲラ笑う声が耳に届き離れない。鷹也は異性には興味がないと分かっていても落ち着かない。

 俺はトイレもほどほどに飛び出し、鷹也のクラスを覗く。

 本当に、いない!!告白されているのか?

 先日と同じ女子を見つけ、鷹也のことを聞く。


「会長なら中庭だよ。女の子に呼び出されて出て行ったよ?もうすぐ戻ると思うけど」

「ありがとうございます、中庭ですね」


 中庭の方にすぐに向かう。行って、どうにか出来るとはおもっていない。

 だけど!外面しか見ていない女子より俺の方が貴方のことを知っている!


「あれ、和美ちゃんじゃん!急いでどっか用事?」


 能天気な声がかかり、俺は慌てて立ち止まる。


「た、鷹也…」

「ん?どうした?汗すげぇよ、ほら拭いて拭いて」


 ハンカチで顔を拭いてくる鷹也をまじまじと見つめる。昨日のことが何も無かったように平然としている。この綺麗な顔が溶けたように可愛く、いらやしい表情をするなんて誰が想像できるだろう。


「告白、されたのか」

「知ってるんだ?されたよ」




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