約束

 それから二時間ほどが経過し……。


「よし! やったぞガノ!

 また俺たちの勝利だ!」


「やりましたね、モギ君!

 さすがに、まだまだ脱初心者とは言いませんが、十分に対戦を楽しめる下地ができたと思います!

 いつか! キタコともネット対戦を楽しみましょう!」


 そこには、射撃ズンダ、BDステ、フワステ、慣性ジャンプ、覚キャンなどを習得したマキオン戦士が誕生していた。


「いやあ、さっきの漫画も買うつもりだし、懐具合的に当座は厳しいが……。

 でも、そうだな。その内に俺も買うわ」


 流れるような操作で次のバトルを選択するガノに対し、やや興奮まじりの声でそう答える。

 最初のCPU戦こそ、ボロクソにやられてしまったが……。

 ガノの指導に従いながら、覚醒など基本的な操作やテクニックを少しずつ、少しずつ習得していき……。

 ある程度の立ち回りを覚えてくると、このゲームが楽しくて仕方なくなっていた。


「あれだな!

 この機体は横ムチが全てだな!

 このムチに比べると、銃だの剣だのはオマケに過ぎない!」


「いや、まあ、ゲーム内での性能的にはそうなんですが……。

 バスターはともかく、ザンバーに関しては割と設定上のアイデンティティなところもあるので、もう少し大切にしてあげてください」


 苦笑いする彼女の機体と共にフィールドを駆け巡りながら、ふと思ったことを口にする。


「そういや、このムチって今作ってるプラモには付いてないんだっけ?」


「ええ、ウェッブはとある強敵に対抗するため、現地で製造した武器ですから。

 急造品の割には優秀な武器ということで、このゲーム内でも何かと優遇されているわけですね」


「ふうん。

 これだけ大暴れしている武器が付いてないのは、ちょっと寂しいな……ん?」


 くだんのウェッブで敵機の格闘を拒否しながら、ふと違和感に気づく。

 それからしばしの攻防を挟み……。

 覚醒を入れたところで、ようやく忘れていることを思い出した。


「いっけね! そうだ! プラモ作りに来てたんだった!」


「あっはは……。

 いやあ、戦いの中で戦いを忘れるとはまさにこのことですねえ」


 自機の肩バズーカを発射しつつ、ガノが苦笑いを浮かべる。


「ですがまあ、これはこれで楽しかったですし、オーライということでどうでしょう?」


「まあ、確かに無茶苦茶楽しかったしな!

 と、ゲームオーバーだ!」


 互いに挟撃する形となった敵機へ、必殺の格闘コンボを叩き込みながら同意した。


「あ、そこはド外道ーッ! を付け加えてお願いします」


「ん? おお……。

 ゲームオーバーだ! ド外道ーッ!」


「頭に、これで、もつけてください」


「……これでゲームオーバーだ! ド外道ーッ!

 ねえ、なんでスマホ取り出してるの? 録音してない?」


「いえいえ、お気になさらず。ムフフ……」


 画面の中でキメポーズする自機たちを尻目に、そんなやり取りをしながら壁の時計を見る。


「おお、もうこんな時間か……。

 こりゃあ、今日は続きを作るの無理そうだな」


 時刻は、すでに四時半を回っており……。

 窓を見れば、そろそろ薄暗くなりつつあった。


「あ! よかったら! 今日もキタコが腕を振るいましょうか!?」


 パン、と手を叩きながら笑顔で提案してくれた彼女に、苦笑いしながら首を振る。


「いや、サンドイッチまでご馳走になっといてそれはな。

 いくらなんでも、迷惑をかけすぎる。

 それに、今日は月に一度の、家族ですたみな次郎へ行く日なんだ」


「あー、ご両親のお仕事を思えば、家族で外食に行く機会は貴重ですもんね。

 それにしても……」


 そこでガノは、くすりと笑ってみせた。


「それで行くのがすたみな次郎っていうのは、なんだかすごくらしいです」


「ああ、あそこのラーメンとかカレーとか大好きなんだ。

 いくらでも食べられる」


「ぞわぞわくるすたみな次郎の楽しみ方してますね。

 そういうことなら、名残惜しいですが今日はこのくらいにしときましょうか」


「ああ、基本的なことは教われたし、残りは自分でがんばってみるよ」


 そう言うと、PS4の電源を落とす操作に移っていたガノの動きがぴたりと止まる。


「えー……あー……うーん……」


 そして、そのまましばし、何事か考え込み始めた。


「ガノ?」


「いや、えっと……確かに、基本的なニッパーの扱い方はお教えしましたし、あとは説明書をしっかり読み込んで丁寧に作れば、完成は可能なんですが……ですが……」


 あたふたと手を動かしながら言い淀んだ後、ガノは大きく息を吸い込んでこう言ったのである。


「その……モギ君さえ良ければ、続きも一緒に作りませんか!?」


「一緒にって、またここでか?」


「……はい! そうです!」


 いつも通り、必要以上に力のこもった言葉……。

 しかし、意識せずそうなっている普段とはちがい、これは正真正銘、勇気を振り絞っての言葉であるのが、紅潮した頬から見て取れた。


「その……そうです!

 せっかく、限定のチタニウムフィニッシュちゃんへお目にかかれたんですから、是非とも完成する様を見届けたい!

 キタコの! モデラー魂が! そう叫んでいるんです!

 それに、説明書通りに作ると言葉で言うのは簡単ですが、実行に移すのはこれでなかなか大変ですし!

 せっかくですから! 一緒に完璧な……と言っても、現時点で出来る範囲のですが……。

 ともかく! プラモのためにも! 綺麗に作ってあげましょう! ええ!」


 グッと拳を握りながら、大きな瞳でまっすぐにこちらを見つめてくる。

 その気持ちを汲まぬは、男ではあるまい。


「……そうだな」


 我知らず息を吸い込んで、吐き出すようにそう答える。


「確かに、戦闘機の部分を組み上げるだけでもひと苦労だったしな。

 それに、ガノと一緒に作るのはなんだかんだ楽しいし。

 こう、あれだな。勉強会みたいな楽しさがある」


「そう! そうです! 勉強会みたいなもんです!

 一緒に楽しくGプラを作りましょう!」


 我が意を得たりとばかりに手を打つ彼女へ、大きくうなずいてみせた。


「ああ! それに、どうせ平日は部活も勉強もあるし、今度の土曜日には東影とうえい高校との練習試合があるしな。

 結局、来週の日曜くらいまで集中して組み上げる時間は作れそうにない」


「あ、だったら、また来週にここで作るということでどうでしょう?

 なんだったら、プラモも置きプラモしておいてもらって大丈夫ですよ?

 ちゃんとビニールとかで保護してあげないと、おうちへの移動中、振動とかでせっかくのチタニウムフィニッシュに傷がついてしまいますし」


「置きプラモっていうのは新しい言葉だな……。

 でも、確かにあのキラキラしたコーティングが剥がれたら、ちょっと悲しいか」


 言われて初めて、そのことへ気づく。

 指摘されなければ、何も考えず剥き出しのランナーと組み上げ中の機体をパッケージにしまい運んでいただろうが……。

 そのようなことをすれば、傷つく可能性が生じるのは道理であった。


「なるほど、言われなきゃ分からないことだらけだ。

 あのプラモをきちんと作るには、まだまだ教えてもらうことがありそうだな」


「ええ! 任せてください!

 キタコ、三十路みそじ目前男性の夢へ夜な夜な現れて安眠妨害する亡霊のように、モギ君を導いて差し上げます!」


「地獄かな? 寝かせてやれよ」


「よっぽどむかついたのか、原因となった生身の相手にバズーカ撃ったりしてましたね」


「そりゃ、腹も立てるだろうさ」


「まあ、あっちもあっちでグレネードとか多用してましたが……。

 ともかく、師匠……そう、師匠として!

 しっかりと教えてあげます!」


 両手でガッツポーズを作る彼女に、苦笑いしながら平伏してみせる。


「へへー……。

 よろしくお願いします。師匠!」


「任せてください!」


 ガノが力強く、薄い胸を張り……。

 こうして、またもや来週にここでGプラを作る約束がなされたのであった。

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