恐怖! リアルグレード

「RG……すなわちリアルグレードの歴史は、およそ十二年前にまでさかのぼります……」


 あまりのパーツ数と各部品の細かさにびびったモギをよそに、瞳を閉じたガノがおごそかに語り始める。


「Gプラ三十周年を記念して本シリーズの特徴は、名称通りのリアルさ!

 内部フレームの再現! 及びそれを活かした圧倒的な可動域! 素組みでも各部の濃淡まで表現された色分け! 徹底した合わせ目隠し! 何かと出張可能な充実したデカール類!

 ……Gプラの魅力全てをイッチョンチョンスケールに落とし込んだ、傑作シリーズと言えましょう!

 今となってはMG……マスターグレードシリーズに並ぶ、ハイエンドモデルの代表格です!」


「はあ……すごいんだなあ」


「すごいのはお値段もですよ?

 特に、それはチタニウムフィニッシュ仕様の限定品なので、六千円くらいはします」


「マジですごいな!?」


 ガノの言葉に驚き、あらためて箱を見やった。

 なるほど、ずいぶんと高級感を打ち出したパッケージだとは思ったが……。

 そう言われると、牛丼にしておよそ十五杯分ものスゴ味を感じざるを得ない。


「そして、モギ君……。

 これは覚えておいて欲しいのですが、Gプラの制作難度というものは、おおよそ値段に比例します。

 参考までに、通常仕様のこのX1ちゃんは定価二七〇〇円程度。

 そして、先日組んだEGは八〇〇円程です」


「つまり……EGの三倍以上は作るのが難しいということか?」


 おののきながらも、そう尋ねる。


「その通り!

 実際、今見た通り、パーツ数は三倍程度じゃ済みません!

 あえて言いましょう! RGに比べれば、EGなどカスであると!

 ……あ、制作する難易度の話ですよ? 出来ではなく」


「いや、それは言われずとも分かる。

 そうだよな……。

 あの時作ったEGって、ランナーっていうのはいくつあったっけ?」


「四つですね! 今度、アキバの回収ボックスに持って行きます!」


「よく空で覚えてたな?

 で、こっちは……」


 先ほど閉じた箱を、再び開く。

 そして、ビニールに包まれたランナーの数をおもむろに数えた。


「……合計で十個か。

 しかも、一つ一つがEGとは比べ物にならないくらい細かい」


「それらが組み合わさっての、精密なメカニカルアクションこそがRGの売りですから!

 ……まあ、ご覧の通り、パーツ一つ一つがとても細かいので、デリケートな組み立てが必要となるんですけど。

 忘れもしません……幼きキタコが、RGのMS06に挑戦した時……。

 組み立て手順を間違えてしまい、左足の太もも装甲が、動かす度にパカパカ開くようになってしまった時のことを……!」


「な!?

 君ですら、失敗した経験があるシリーズなのか……!?」


「恥ずかしながら、そうです」


 傍らに立つ彼女へ尋ねると、きりりとした顔でそう返される。


「正直な話をすると、スケールが大きい分、MGシリーズの方が取っつきやすいとすら考えています。

 もっと言うならば、HG――ハイグレードシリーズの方が、EGの延長的な感覚で取り組めますね。スケールも同じイッチョンチョンですし」


「おお……。

 知らなかったとはいえ、俺はかなり無謀な挑戦をしようとしていたんだな」


 箱に収まっているランナーを手に取りながら、そうこぼす。


「どうしよう、これ……?

 今回はやめておこうかな」


「――いえ、作るべきです!」


 再び箱を閉じようとするモギであったが、ガノはそれを制し力強くそう断じたのである。


「いいですか?

 確かにそのプラモ――X1を選んだのは、クソみたいな記憶違いが原因です」


「今、クソみたいっつった?」


「クソみたいと言ってなぜ悪いか!?」


 なぜか部屋の入口に向け上半身を逸らしながら、ガノがそう言い捨てた。

 気のせいでなければ、何か楽しそうである。


「そんな、二度も言わんでも……」


「それが甘ったれなんだ!

 クソみたいと言われもせずに一人前になった奴が、どこにいるものか!」


「わりかし沢山いると思うよ?」


 理由は不明だが男言葉を使うガノに、とりあえず抗議しておく。

 そんなモギに対し、ガノはまっすぐな眼差しを向けた。


「まあ、クソみたいはさておくとして……。

 ともかく、記憶違いが原因でそのキットを選んだわけですが、その時、ときめきのようなものは感じませんでしたか?

 パッケージに描かれた機体を見て、何も思いませんでしたか?」


「それは……」


 そう言われ、あらためてパッケージを見やる。

 そこには、精緻なコンピュータグラフィックスで堂々とたたずむ機体の全身像と、顔のアップが描かれており……。

 カッコイイ、意外の言葉が浮かび上がらなかった。


「……そうだな。

 無茶苦茶カッコイイと思ったよ。

 こないだのEGみたいに、自分の手でこれを組み立てて、形にできたなら……。

 この絵みたいに、ただ突っ立ってるだけでなく、色々なポーズを取らせられたなら……。

 そんな風に、思った」


「――それが大事なんです!」


 ガノはそう言いながら、びしりとモギの胸元を指差す。


「パッケージを見てカッコイイと思った。

 それを作り上げて、絵の中から目の前に飛び出させてやりたいと思った!

 ……Gプラを作る理由なんて、そんなものでいいんです。

 いえ、それ以上はいりません」


 彼女はそこまで言うと、今度は芝居がかっていない仕草で壁際のショーケースを見やった。

 その中でポーズを取っているのは、種々様々なGプラたち……。

 いずれも、彼女がパッケージを見て……あるいはアニメを見て、絵の中から飛び出させたいと思い、それを実行したプラモデルたちだ。


「逆に言うならば、その想いにだけは逆らうべきじゃありません。

 Gプラは常に、作りたいと思ったその時が作る時なんです。

 もちろん、中にはHGの試作3号機全部付きみたいな、初心者が決して手を出すべきではないラスボス中のラスボスも存在します。

 しかし、今回はそうではない!

 モギ君がその気になって、キタコが手伝って、丁寧に作れば……。

 決して! 作れないプラモじゃないんです!」


 両手をぐっと握り込み、こちらの顔を覗き込みながらそう主張される。

 間近で見るその瞳は、相変わらずキラキラとしていて……。

 自分の好きへ嘘をつかない人間にしか宿らない、きらめきを感じられた。


「……そうだな」


 目を逸らす形でRGの箱に目をやり、これを手で撫でる。


「……そもそも、ガノが選んでくれるっつったのを、自分で選ぶからと断ったんだしな。

 よし! 俺も男だ! こいつを組み立ててみせるぜ!」


「あ、そこは『悔しいけど、僕は男なんだな』でお願いします」


「……悔しいけど、僕は男なんだな。

 なあ、こないだもだけどなんでスマホ構えてるの?

 ひょっとして、録音してない?」


「いえいえ、お気になさらず……ムフフ」


 口元に手を当てながら、ガノが構えていたスマホをしまい……。

 ともかく、RGの制作がスタートしたのであった。

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