ガノ、演説ス

 さすがに食事の後片付けは手伝わせてもらい、そろそろ帰ろうかと玄関で靴を履いていた時……。


「ところで、モギ君。

 ……ひとつお願いがあるのですが」


「ん? どうした?」


 見送ろうとしていたガノに呼び止められ、ふと振り返った。


「その、今日うちに来たことなんですが……。

 そういうことは、内緒にして欲しいんです。

 さっき撮ってた自撮り写真とかも、SNSに上げたりするのは控えて欲しいといいますか……」


「ああ、そういうことか」


 指をつんつんとしながら切り出され、得心する。


「そういうことなら、安心してくれ。

 他言はしないし、さっきの写真も他人に見せたりはしないさ。

 ガノ、そういうの嫌なタイプだろ?

 俺は人の嫌がることはしない主義だ」


「そう言って頂けると、安心します~」


 心よりほっとした顔をする彼女を見て、一つ付け足しておくことにした。


「ただ……押し付けにならなければだけどさ」


「? はい、なんでしょう?」


「こないだ入れたチェインで、クラスのグループトークさ……。

 別に何かコメントしろとは言わないけど、一回だけ覗いてみるのもいいと思うぞ」


「へえあ!? キタコがですか!?」


 大げさに驚かれるが、そのリアクションは予想済みだ。


「無理にってわけじゃないんだ。

 ガノだけじゃなく、見てないコメントしないって奴も結構いるしな。

 ただ、ガノのは食わず嫌いというか、なんか偏見を抱いてるんじゃないかと思ってな……」


「偏見、ですか? 恋人を助けるために戦艦犠牲にする的な?」


「意味は分からないが、とにかく、今は真面目な話をしているんだ。

 グループトークにどういうイメージ抱いてるかは、なんとなく想像つくけどさ。

 実際は、本当にくだらなくて、他愛もない話しかしてないもんだ。

 俺がGプラ作るみたいに、新しい扉を開くつもりで覗くだけ覗くのも悪くないと思う」


 そこまで言って、にかりと笑ってみせる。


「もちろん、無理にってわけじゃないけどな」


「新しい扉を……ですか……」


 モギの言葉に、ガノは少しだけ考え込んでいるようであった。




--




 そのようなやり取りを経たから、というわけではないが……。

 帰りの電車に乗りながら、モギがスマホ片手に覗いていたのはクラスのグループトークであった。


 夕食時を越えたこの時間というのは、言ってしまえばゴールデンタイムと呼ぶべきもので、一日で最も盛んに会話が交わされる。

 と、言っても、その内容はガノに語った通り他愛ないものだ。


 今日は家族で焼肉に行ったと、写真付きで語っている者……。

 タイムが縮んだことを、嬉しそうに語る陸上部員……。

 釣り好きの宮田は、無言で本日釣り上げたカサゴの写真をアップしていた。


 ――みんな、休日をエンジョイしたんだな。


 そんなことを考えながらログを辿ると、ふと気になる書き込みを見つける。


『そういえば、モギっちは今日何してたのかな?

 こないだの昼休み、ガノちゃんと何か約束してたみたいだけど?』


 北灰社キタハイジャ流佐ルサの書き込みだ。


 ――あー、まあ、あの状況はクラスの誰もが見てたよな。


 そんなことを考えながら、自らも書き込む。


『ログ見たぞ。

 ガノには、こないだ親戚からもらったGプラをおすそ分けしてたんだ。

 喜んでもらえて、何よりだったな』


 このくらいならば、約束を反故ほごしたことにはなるまい。そもそも、タカギだって知ってることだし。


『お、モギっちおっつー!

 今日も一人で寂しいご飯してたかな?

 独り飯が嫌になったら、いつでも言ってね!

 アタシ、彼女になったげる準備は万全なんだから!』


 秒で書き込まれたキタハイジャの書き込みに、苦笑を浮かべる。


『はっはっは! 気持ちだけ受け取っておこう! キタハイジャにはもっといい相手が見つかるさ!』


『あらら、ルサってばまたフラれちゃってるしー』


『モギはいつもバッサリいくなあ』


 毎度お馴染みとなったやり取りが、グループトークに刻まれた。


『まあ、毎度恒例のやり取りだからな』


『そうそう! アタシにとっては、なんつーの? あいさつ代わりみたいなもんだし!

 小学生の時から、いっつもこれやってたもんねー!』


 そう言われれば、そうかもしれない。

 まあ、本人も言っている通り、これは他愛もない冗談だ。

 見た目は軽いギャルそのものといったキタハイジャだが、これでガードが固い少女であることを、長い付き合いのモギはよく知っていた。


『いやあ、このやり取りを見ると今週も終わったって感じするよ』


『ああ、明日はまた学校だなあ』


 モギとキタハイジャのやり取りを見て、タカギを始めとするクラスメイトたちが口々にそんなことを言い合う。

 いつの間にか、自分たちのやり取りは長寿アニメ番組のごとき扱いを受けていたらしい。


『ところで、さっきモギが言ってたGプラっつーの?

 最近、店で見かけなくなったよなー』


『ああ、あれな。

 俺もこないだ弟にせがまれて買いに行ったんだけど、何も売ってなくて泣かれちまったよ』


 その時、ふと気になるコメントが書き込まれた。


『何? Gプラってそんなことになってるの?

 だから、ガノはあんなに嬉しそうにしてたのか』


 自分も書き込んでみると、次々とGプラに関する現状がクラスメイトたちからもたらされる。


『二年くらい前からかな。

 お店からどんどん消えていったのって』


『あー、アタシもそれ知ってる!

 確か、フリマアプリとかで売ってる人が買い込んでるんだよね』


『あ、ウチもそれ聞いた!

 知り合いにも、お小遣い稼ぎでレアなの見つけたら確保してる子いるしー』


『いわゆる転売ヤーってやつだな。

 プレステの新しいやつが買えないのとおんなじ理由』


『転売だけじゃなく、パニック買いもあるんじゃね?

 元から買ってた人たちが、テンパって買いあさる的な?』


 ――そんなことになっているのか。


 姉の部屋に積み上げられた、大量のGプラ……。

 それを見ていた、ガノの顔を思い出す。

 人間というものは、心底から嬉しい時、その表情に輝きを宿すものだ。

 あの時の彼女は、まさにそういった状態だった。

 その背景には、どうやらこのような情勢があったようだ。


『でもさぁー、そういうのちょっと憧れるよな。

 なんつーの? 投資って言うんですかあ?』


『投資は言いすぎだろ。よくて財テクじゃね?』


 そのような書き込みがされたのは、そんな時のことであった。


『こう、安く物を買って高く売るっつーの?

 そういうのって、商売の基本じゃん?』


『まあなー。

 ニュースで見たけど、法律が変わって十八歳から投資ができるようになるって聞くし、そういうのに興味持つのはいいかもなー』


『だべ?

 こう、見かけた時に確保しといて、欲しがってる人に譲ってお礼として手間賃もらう的な。

 言うなれば善行じゃね?』


 ――いや、それは。


 何かがちがう。

 明らかに、ちがう。

 そう直感しつつも、スマホを持つ手が動かない。

 何をどう言ったものか……言語化するすべが、モギには存在しなかったからである。


『スタアアアアアアップ!』


 代わりに、それをしようとする者が現れた。

 一見して、何者かは分からない。

 何しろ、アイコンが存在しなかったからである。

 だが、表示されたこの名前は……。


『お、ガノちゃんじゃん? おっつー』


『お、ガノが書き込むのって初めてじゃね?』


『レアキャラ発見!』


 クラスメイトが次々と書き込みし、釣り好きの宮田は無言で調理中のカサゴを撮影しアップする。


『突然の書き込み、失礼します!

 まずは、キタコごときが神聖なクラスのグループトークに加わることをお許しください!』


『あはは、ごときって何?

 超ウケるー!』


『クラスのグループトークなんだし、気楽に書き込めばいいじゃん?』


『つかどした? スタップって?』


『はい!

 ……それは何を隠そう、先ほどまでお話されていた転売についてです!』


 ――ガノ。


 何を書き込んだものかいいか分からず、ただスマホの画面を見守った。

 果たして、彼女がどれほどの勇気を出してこの会話に加わる決意をしたかは分からない。

 だが、これから書き込まれるのが、ガノの……プラモを愛する者にとって魂の叫びであることは直感していた。


『まず! 先ほど転売を財テクだとか、商売だとか、善行とか言っていましたが……。

 その勘違いを、訂正させてください!』


『勘違いなのか?』


『でも、フリマアプリくらい今どき誰でも使ってね?』


『余っている物やいらない物を出品してお小遣いにするのは、いいことだとキタコも思ってます! むしろ環境に優しいです! どんどんやるべきです!

 ですが! 転売というものは、そういった通常の利用方法とは根本から異なります!

 言ってしまえば、せっかくつなげられた水道を断線させて、水を売りつけに行くような行為なのです!』


『それは……』


『なるほど……』


 こうなると、先ほどまで盛り上がっていた男子たちも納得せざるを得ず、モギもまた同様に感心する。

 先ほど感じ、しかし、言葉にはできなかった感覚……。

 それはつまり、こういうことだったのか。


『更に述べると! 転売だけではなく、行き過ぎた買い占めも同様に悪です!

 キタコたち自身が体験したところだと、東日本大震災の時!

 小売店から生活必需品や食料が消えて、親が困っていたのを覚えている方は多いはずです!』


 ようやく割って入れる話題となったので、素早く指を動かす。


『確かに、よく覚えてる。

 うちの親はコンビニ経営者……売る側だったけどさ、パニクって買い占めるお客さんと、欲しい物が無くてクレームつけるお客さんとで、散々な目にあったって言ってたよ』


『あった。あった』


『あ、それだとあれもそうじゃない?

 ほら、トイレットペーパーがなくなるとかデマが流れてた時!

 あの時、モギっちに分けてもらわなきゃ、アタシの家マジでやばかったわー』


『そういや、あの時もフリマアプリで転売してる奴見かけたよなー。

 すげえ腹立った』


『モノがプラモだと感覚ズレるけど、要するにそういうことなんだな』


『そうなのです!』


 皆の同意を得て、ガノがここぞとばかりに書き込む。


『それだけではありません!

 Gプラの将来を思うならば、通常の販路で商品が手に入る状態を維持するのがベスト!

 そうであるからこそ、ブランドが育つのです!』


『わかりみ深いー!

 ウチもお気にのプチコスがお店になかったら、マジでテンサゲするし!』


『てか、ガノちゃん超すごくない!?

 スッゲー色々考えてるじゃん!

 アタシ、カンドーしちゃった!』


『ああ、俺も見直したぜ!』


『さっきは、変なこと言って悪かったな。

 ガノが教えてくれなかったら、転売に手を出してたかもしれねえ』


『僕も、目から鱗が落ちる思いだったよ』


 キタハイジャが……タカギが……クラスメイトたちが……。

 口々に、ガノを賞賛する。


『い、いえ……その……。

 すいません……つい熱くなっちゃったというか……。

 キタコごときが何を偉そうにと言いますか、その……』


『何を言うんだ。

 ガノが教えてくれたから、俺たちは転売や買い占めの悪さをきちんと認識できたんだ。

 ありがとうな、ガノ』


 いつもの調子へ戻りそうになる彼女へ、そう語りかけた。

 それに続いて、クラスメイトたちもそうだそうだと同意の書き込みを連ねる。

 ガノはしきりに恐縮していたが……。

 クラスメイトが彼女に抱いていたイメージを変えたように、彼女もまた、仲間たちへのイメージを変えたにちがいない。


 ちなみに、釣り好きの宮田は唐揚げにしたカサゴの写真を無言でアップしていた。

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