ガノ'Sコレクション

 推測通り、エントランスにはコンシェルジュがおり、住民でもないのに丁寧な挨拶をされてしまった。

 こうなると、マンションというよりは知らないホテルへ足を踏み入れてしまったようで、ひどく緊張してしまう。


 唯一、安心できたのはエレベーターで彼女の押したボタンが三階だったことで、さすがに高階層の部屋は借りてないんだと思うことができた。

 いくつかの部屋を通り過ぎたところで、ガノが足を止める。


「ここです。

 その……驚かないでくださいね?」


 そう言われたので、ひょっとしたら回収日待ちの資源ごみでも玄関に置いてあるのかと思ったが、実際はちがった。

 玄関に足を踏み入れるなり、目にした光景……。

 部屋の主と、来客を出迎えてくれたモノ……。

 それは――十六機ばかりのGプラだったのである。


「すっげ……」


 元来、語彙ごいというものに乏しいモギであり、それしか言うことができない。

 玄関を入ってすぐの所には、ガラスケースが置かれており……。

 四段に区切られたその中では、一段ごとに四機のGプラが並べられ、こちらを見据えていたのだ。


 瞠目どうもくすべきは、それらが同種の機体であることだろう。

 共通しているのは、陸軍兵士のヘルメットめいた形状の頭部と一つ目、タコのような口部……。

 右肩には盾が取り付けられており、左肩はスパイク付きのアーマーとなっていた。


 しかし、それ以外の細部やカラーは異なる。

 機関銃を手にしている機体があれば、バズーカ砲を抱えている機体もおり……。

 中には、脚部へバーニアを増加している機体や、右肩にキャノン砲を背負っている機体も存在した。


「皆さん、今日もお出迎えありがとうございます……!」


 何やらガノがお辞儀し始めたので、自分もそれに釣られて頭を下げる。

 よもや、そんなはずもあるまいが……。

 合計十六もの一つ目でこちらを睨み据えられていると、人格のようなものが宿っているのではないかと思わされた。


「すごいな、これ。

 色とか細かいところがちょっとずつちがうけど、全部ガノが改造したのか?」


 Gプラ入りの紙袋や食料品の入ったビニール袋を置きながら、しげしげと一つ目たちを眺める。


「いえいえ、これは全部MGというシリーズで発売された、別々のキットですよ。

 モギ君の家で拝見させて頂いた中にも、同じ物がまぎれていました」


「はあ……確かに、似たような絵の箱が多いなとは思っていたんだ。

 しかし、なんだ……。武器とかパーツがちがうやつもいるけど、ただ色がちがうだけのやつもいるだろう?

 そういうのも、いちいち分けて発売してるものなのか?」


「そうなのです!」


 ――私こそB社の代表です。


 そう言いだしそうな胸の張り方で、ガノが答えた。


「ここに並べた機体……MS06の魅力は、なんといってもバリエーションの豊富さ!

 エース搭乗によるカラーリングのちがい……! 機雷散布や砲撃支援など、用途に応じた装備の多様さ……!

 それを再現し販売してくれるB社には、公国軍派として頭が上がりませんとも! はい!」


「機雷散布……?」


「ほら、ここ! バックパックがちがうんですよ!

 ここから宇宙用の機雷を散布して、連邦軍の艦艇沈めたんです!

 しかも! 増設したプロペラントタンクにより、こちらの通常機より大幅に活動時間が増してるんですよ!」


 わざわざケースから二機を取り出し、説明してくれる。


「ははあ、なるほど……。

 確かに、こうして後ろから見ると印象がずいぶんちがうな」


「分かってくれましたか!

 はああ……それにしても、作業用機ならではの鈍重で武骨なこのバックパック……!

 たまりません……! しゅき……!」


 手にしたGプラを見やりながら、うっとりとした目をするガノだ。

 このまま放っておくと何時間でもそうしていそうな雰囲気がしたので、ここは話を切り替えることにした。


「それはそうと、このプラモと食材を片付けちゃわないとな」


「はわっ! そうでした!

 キタコとしたことが、戦いの中で戦いを忘れてしまうとは……!」


「いつの間に戦ってたの?」


 つっこんでいる間に、ガノは手早くプラモをガラスケースへと仕舞い直す。


「ささ、どうぞ! どうぞ!

 すぐに調理へ取りかかりますので、期待して待っていてください!」


「おう! 楽しみにしているぜ!」


 ガノに導かれ、彼女の部屋へ足を踏み入れる。

 玄関先の廊下を抜けた後は、なんとも開放感のあるLDKであり……。

 そこにずらりと並べられているのも、Gプラ入りのガラスケースであった。


「はあ、すげえな。お店みたいだ」


 おそらく、ケースごとになんらかのテーマを決めて陳列しているのだろうが……。

 それを判断するすべがない身としては、ただただ感嘆の溜め息を漏らすしかない。


 ただ一つ確かなのは、Gプラが圧倒的な商品ラインナップを誇っており、それを受け止めるだけの膨大なユーザーが存在するということだろう。


「あ、プラモの方、預からせて頂きますね!

 食材は、そちらのキッチンに置いて頂ければ!」


「おう」


 Gプラ入りの紙袋を受け取った彼女が、いそいそと別室へそれを運び込む間に、食材をカウンターへ置いておく。

 ちょっと荷物を置くだけの用事だったので、ガノはすぐさまこちらへ戻ってきた。


「それでは! 早速、調理の方を開始させて頂きます!」


 言いながら彼女が装着したエプロンは、なんだか男物っぽいというか……黒い記事に何やら黄色で紋章のようなものが描かれている。

 上にジークなんちゃらと書いてあるが、これはドイツ語か何かだろうか……?

 ひょっとしたら、このエプロンも何かしらのキャラグッズなのかもしれない。


「俺も何か手伝おうか?」


「いえいえ! モギ君はお客様ですから!

 ここはキタコに任せて、ゆっくりしていて下さい!

 あ、そうだ! テレビでさっき組み上げたプラモのアニメでも見ますか? 配信で見放題なんです!」


「いや、それは遠慮しとこう」


「そうですか……」


 途端にしょげた顔をするガノに、笑顔でこう告げる。


「その代わりに、飾ってあるプラモを見させてもらってもいいか?

 あれ、全部ガノが作ったんだろう?

 鑑賞していれば、料理が出来上がるまでの間なんてきっとあっという間さ」


 その言葉で、ガノの顔がパーッと明るくなった。


「それはもう! どんどん見ちゃってください!

 あ! なんなら取り出して遊んだりしても大丈夫ですよ!」


「あ、はは。

 まあ、とりあえずじっくり楽しませてもらうさ」


 このようなわけで……。

 彼女が手料理を用意してくれる間、今度はこちらがそのコレクションを楽しませてもらうことになったのである。




--




「フンフフフーン!

 フフフフーフーフーン! フフフフーフーフーン! フーフーフーフー!」


「それ、あの着ぐるみ被ってる人たちの歌だろう?

 意外だな。君ってそういう系の曲を聴くんだ?」


「いやあ、実はこれ、五年くらい前まで放送していたシリーズの主題歌なんですよね」


「へえ!

 まあ、アニメの曲って結構そういうの多いよな」


「そうなんですよ!

 中には、紅白で歌われた曲もあるくらいでして!」


 キッチンで調理する彼女とそんな会話をしながら、陳列されたGプラを眺めた。

 とりわけ目を引くのは、いかにも主役然とした機体が陳列されたケースである。

 中央部には、先ほど自分が組み上げた機体のプラモも存在するが、大きさといい各部のディティールといい、より高価なモデルであるとうかがえた。


「まあ、主役機だけでもこれだけの数が存在するシリーズだもんな。

 そりゃ、中には紅白で歌われる曲を使ってる作品もあるか」


「ふっふっふ……!

 実は、そのケースに並んでいるのは全ての主役機じゃないんです!」


「え? そうなの?」


 その言葉を聞いて、驚く。

 大型のケースに並べられている機体の数は、一目で数えることが困難なほどである。


「そこに並んでいるのは、UCというシリーズ群の主役機でして。

 他に、世界観を別にする様々な作品が存在するのも、この作品の魅力なんです!」


「ゲームのナンバリングタイトルと派生作品みたいなもんか?」


「そう捉えてもらえば、おおむね間違いじゃないですよ!」


 会話している間にも、彼女は手際よく調理を続けているようで……。

 包丁がまな板を叩く小気味よい音が響き渡る。


「こっちのは、さっき俺が作ったのと同じスケールが並んでるのか。

 同じ機体……同じ機体だよな?

 それが、こんな風にズラッと並んで武器を構えたりポーズ取ったりしてるのは、圧巻だな」


「個人的には、それこそがGプラ最大の魅力だと思ってます!

 確かに! 主役機はカッコイイ! しゅき!

 ですが、時に強敵として! 時にやられ役として!

 様々に作品を盛り上げてくれる量産機こそ、Gプラの華ですよ!」


「でも、同じような中でもやたらカッコイイというか、派手な武装とか持ってるやつもいるな」


「おお! お目が高い!

 それはスナイパーのⅡでして!

 スナイパーと言いつつも白兵戦までこなせる万能機種で、なんと! 基本性能ではさきほどモギ君が組み上げた元祖主人公機すら凌駕りょうがするほどなんですよ!」


「ほおお、主人公の機体よりも強い量産機なんてのがいるのか」


 そのような会話を交わしながら、料理が出来上がるのを待つ。

 模型をじっくり眺めるというのは初めての体験であったが、キッチン越しにガノが解説してくれたこともあり、とても楽しく過ごすことができたのであった。

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