初めてのGプラ

「最後に……下半身と上半身を合体させるのか」


「いくらなんでも、この値段でコア・ブロック・システムは再現できないとはいえ、組み立て工程の最後をこの形にしたのは粋なはからいですねえ。

 いえ、実はこの機体、上半身、お腹、下半身で合体する設定なんですよ。お腹が戦闘機になるんです」


「へえ? ずいぶん小っちゃい戦闘機なんだな。

 お台場に行った時、等身大のを見たことあるけど、あれでちょうどトム・クルーズが乗ってた戦闘機と同じくらいだろ?

 その三分の一あるかないかってことになる」


「そこはまあ、創作物における戦闘機の大きさ過小評価傾向と言いますか、なんというか、あはは……。

 まあ、未来の話ですし!」


「そうだな! よし! 完成だ!」


 そのような会話を交わしながら、最後の工程を終える。

 厳密には、まだ武器のパーツが残っていたが……ともかく、本体はこれで完成だった。


「おお……こいつは……!」


「くぅー! いつ見ても格好いいですねえ!」


 組み上がったそれを、手に取ってためつすがめつする。

 手の中で感じるのは、圧倒的な部品同士の一体感……。

 一つ一つをランナーから切り離した時は、なんとも小さく、頼りなかったというのに……。

 全てが一体となった今は、手のひら大のサイズであるというのに、恐ろしく力強い……!


「おお……ピタッと立つんだな!」


「そりゃあもう、大地に立ってナンボの機体ですから!」


 直立不動の姿勢で、テーブルに置く。


「いや、そんな簡単なことじゃないぞ……」


 その状態で眺めながら、感嘆の吐息を漏らした。


「俺も柔道家のはしくれだからな。

 二本足で直立歩行する姿勢っていうのが、どれだけ不安定なものかはよく知っているつもりだ。

 まして、こいつは自分の意思で動いたりはできないだろう?

 それがこう、ピタッと着地したってことは、それだけ重心の位置がしっかりしているってことだ」


「ふおおっ! 専門家ならではの知見!

 キタコ、その発想はありませんでした!

 いやあ、そう言われると、Gプラっていうのはそこまで考え抜いた上で設計されているんですねえ。

 中でもこのEGは、抜きん出ていますが!」


 何やら感心されながら、テーブル上の機体を観察する。

 印象的な、白い手足……。

 視線を吸い寄せられる上半身の青さに、各部を彩る赤と黄……。

 かつてお台場で見た――今は別の機体に交代したその姿が、自宅の居間に再臨していた。


「どれ……」


 再び手に取り、各部の関節を動かす。

 壊さないよう、恐る恐るのことであったが……。

 各関節は一寸の隙間もゆるみもなく完全な連結を見せており、モギの意図するまま……様々な方向へ手足や腹を動かしてくれる。


「こいつ……動くぞ」


「すごい……五倍以上のエネルギーゲインがある」


「た、立ち上がって……正面だっ!?」


「ぶ、武器は……あああああっー!?

 ドギューン! ド、ドドドド……!」


 ……その間、ガノは何やら声を作りながら謎のセリフを暗唱し、しまいにはボイスパーカッションを披露してくれた。


「…………………………」


「ああ、すいません! すいません!

 やかましかったですよね!? 神聖なる、初めて作ったGプラと対話する時間だというのに!」


「いや、そんなことはないぞ。

 作ってる時も、色々とアドバイスしてもらったし。

 ただ、あの探偵アニメに出てくる私立探偵のキャラをマネすんの上手いなっと思って」


「え? それはちょっと返しに困ります」


 そのような会話を交わしながらも、ポージングをいじる手は止めない。

 動く……本当に、よく動く。

 自分で組み立てておきながら、ここまで様々なポーズを決められるとは思っていなかった。

 しかも、先に語り合った通り重心のバランスが絶妙であり、両の足が設置してさえいれば、多少無理なのけぞり方をさせても立ってみせるのである。


「モギ君! ライフルとシールドも組み立てて持たせましょう!」


「おお! すっかり忘れていたぞ!」


 ガノにうながされ、残されたライフルとシールドも組み立て装備させた。

 徒手空拳の状態でも、十分すぎるくらいに格好良かったが……。

 武器を持たせると、また印象が変わる。


 半身を覆える大きさのシールドは、構え方一つ、角度一つで様々なドラマ性を付与することが可能であり……。

 これにライフルが加わると、今は攻めてる場面なのか、守っている場面なのか、攻めているなら守りに、守っているなら攻めに、どれだけ意識を割いているのか……。

 まるで、自分がパイロットとなって動かしているような……錯覚すら感じてしまうのだ。


「すごいな、これ……!

 たのしいな、これ……!」


「ふふふ、お気づきになられたようですね……!

 ブンドドの、楽しみに……!」


 ブンドドというのが、何かは分からないが……いや、こうしてグリグリと遊び回すことを意味する用語だろう。

 そうだ、ブンドドは楽しい……!

 自分が作ったGプラを動かしまくるのは、すごく楽しい……!


 しばし、夢中になってブンドドを楽しむ。

 そんなモギの姿を、ガノは優しい……そして満足気な眼差しで見つめいた。




--




「すまないな。

 後半は君というか、俺の用事へ付き合わせる形になっちまった」


「いえいえいえ!

 これでGプラの楽しさを理解してもらえたなら、キタコはそれだけでもう……!」


 いつの間にか夕方近くなったことへ気づき、プラモを箱へしまう。


「あ、用済みのランナーはよければキタコがお預かりしますよ」


「いいのか?

 ゴミが減って助かるけど、こんなの使い道ないだろう?」


「いえいえ、実はB社が全国に設置したボックスでこれを回収し、再利用しているんですよ。

 Gプラは、環境問題にも配慮しているんです!

 キタコがよく行くアキバにも設置されてるので、今度ついでに入れておきますとも!」


「おお、そいつはいいな。

 最近はプラスチックが高くて、百円ショップも百円じゃない商品増やしてるって言うし」


 そんな言葉を交わしていると、ガノがバッグから紙袋を一枚取り出す。

 綺麗に折り畳まれていたそれは、かなりの大きさがあったが……。


「……あはは、ちょっと入りきらないですね。

 まさか、こんな大物を三つも頂けるとは思わなかったもので」


 今回、ガノに譲渡したプラモはいずれも大箱であり……。

 どうがんばっても、二つを入れるのが精一杯であった。


「まあ、無茶苦茶かさばるもんな。これ。

 だが、安心しろ。母がこういう時に備え、紙袋を日頃から蓄えてるんだ」


「い、いえいえ! これ以上、何かを頂くわけには!

 キタコ! Gプラへの愛がありますから! 裸でも全然持ってけます! ええ!」


「何、言ってるんだ」


 グッとガッツポーズを作ってみせる彼女にそう言いつつ、戸棚からその内一枚を取り出す。

 百貨店で買い物した時に付いてきたそれならば、残る一つを入れるのには十分だろう。


「よし」


 最後の一箱と、先ほどのプラモ制作で生まれた用済みのランナーを突っ込む。

 そして、ガノがすでにプラモを入れ終えていた紙袋と共に、これを持ち上げた。


「それじゃあ、行くか。

 道案内は頼むぞ」


「え、ええええええっ!?」


「どうした?」


 大げさに驚く彼女へ、そう尋ねる。


「い、いやいやいや!

 どうしたも、こうしたも……!

 もしかして、一緒に家まで来るつもりですか!?」


「? 当然だろう?」


 ブンブンと手を振るガノを見て、首をかしげてしまう。


「こんな重くてかさばる物、女の子一人に持って帰らせるわけないだろう?

 まさか、宅配を使うわけにもいかないし、そもそも、もう夕方だ。

 君共々、送り届けるよ」


「ひょえええええっ!?」


 またも大げさな声を上げるガノだ。

 あんまり大声ばかり上げられると、近所の人に誤解されかねないので勘弁して頂きたい。


「い、いえいえ! 本当! 大丈夫ですから!

 そもそも、電車使わないと帰れませんし! 交通費まで使わせて、荷物持ちなんてしてもらうわけには!」


「ふむ……。

 ちなみに、家までの最寄り駅はどこだ?」


「えっと、新橋ですけど」


「なんだ、定期で行けるじゃないか。

 というか、君の家学校から近いんだな」


 どうやら、交通費の問題も解決したので玄関に足を向ける。


「行くのに金がかかるわけでもないし、そう気にするな。

 せっかくだから、君を送り届けたついでに飯屋でも開拓するさ。

 ちょうど、今日は外食なり宅配なりで済ませるよう言われてたんだ」


「う、うう……。

 グイグイきつつも、それを押し付けにしないよう細やかな気配りまで……!

 つ、強い……! これがリア充の放つプレッシャー……!」


 なおも、ぶつぶつとつぶやき続けるガノであったが、数秒そうした後、意を決して顔を上げた。


「分かりました!

 そこまで言われて、拒んでしまってはかえって失礼というもの……。

 お礼といってはなんですが、今日の夕飯はキタコの家で食べて行ってください!」


「え? いいの? 知らんかもしれないけど、俺、めっちゃ食うよ?」


 夕飯を食べさせてもらえると聞いて、文字通り食い気味にそう尋ねる。

 実を言うと、今こうしているこの瞬間にも空腹を覚えていた。

 Gプラ作りというのは、集中力が必要だからなのか、思いのほかに腹が減るらしい。


「いや、クラスの人間でモギ君の大食いを知らない人はいないと思いますが……。

 任せてください! 腕によりをかけて作りますとも!」


「おっしゃ! 超嬉しいぜ!

 そういうことなら、早速向かおう!」


 そのようなわけで……。

 彼女を送り届けるついでに、夕飯へありつける運びとなったのである。

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