ビデオレター

 ――こんなに素晴らしいものを頂いた上で、お願いするのは恐縮なのですが!


 ――ぜひ! ぜひ! この素晴らしいコレクションをもう少しだけ堪能させてください!


 そう頼まれたので、そのくらいならお安い御用と許可を出して、軽く一時間……。


「む、むほほ……UCを中心とした品揃え、分かる……! 分かります……!

 一年の戦争について語り出したら、それこそ一年間でもしゃべり通しになれるタイプであると……!」


「はうあっ!?

 こ、これは……キタコのパパが初めて組み上げたGプラだというVのイージ……! そのイッチョンチョン……!

 三七〇円でサーベルとシールドのクリアパーツのみならず、スタンドと撮影用の背景写真まで付いてくるのだから、バブルが弾けてもまだまだ景気の良い時代だったのだと感じさせられますねえ……!

 まあ、この独特のフレーム構造のせいで、ブンドドしてるとすぐに肩が駄目になってくっつかなくなったと嘆いてましたが……」


「しかし、量産機を中心に、しかも機種ごとに複数用意したコレクションぶり……!

 主役機は尊い……! それは揺るがない……!

 だが……! Gプラは……! 量産機こそ華なんだという魂の叫びを感じます……!」


 まー、止まる様子がない。

 ひょっとして、これは自分に向けて話しかけているのだろうか……?

 ぶつぶつと独り言をつぶやいては、笑みを浮かべているのだ。


 その笑みもまた、通常のそれとは異なる雰囲気があり、人間の表情にこんな表現はどうかと思うが、粘性のようなものを感じてしまう。


 ――まあ、幸せそうだからいいか。


 ――そういえば、おじさんもたまにグフグフとあんな笑い方することあったし。


 そんなことを考えつつ、あえて口は挟まずに見守ってやる。


「どれ、そのままじゃ奥に積んであるプラモが見れないからな。

 ここはひとつ、運び出してやろう」


「ああ、すいません! すいません!

 ですが、そこまで気を使って頂かなくとも! はい!」


「柔道部舐めんな。このくらい、大したことじゃねえさ。

 それに、せっかくだから存分に堪能していけ」


 たまに、奥のGプラを見るために手前のそれを廊下に運び出したりしてやった。


「それにしても……」


「ん?」


 ガノが明確に話しかけてきたのは、そんな風に、にわかな荷積み作業へ従事していた時のことである。


「くどいと承知の上で聞きますが、本当に良かったんですか?

 モノがおもちゃとはいえ、おじさんの遺品なわけですし……。

 その、キタコに譲ったりなんかしちゃって……」


「これだけある内の三つだけだし、ぶっちゃけ多過ぎるから少し数を減らしたい気持ちはある。

 それに、さ……。

 いや……」


 そこまで言いうと、自分にしては珍しく口ごもってしまう。

 果たして、これは話してしまっていいものなのか、どうか……。

 その判断に迷ったからである。


 だが、それは即座に振り切った。

 残された品の一部を受け取ってもらった彼女には、話すべき……いや、見てもらうべきだと思ったのだ。


「どうしましたか?」


 不思議そうに首をかしげるガノへ、意を決し話しかける。


「実は、おじさんが動画を残しててさ。

 君に形見分けするのも、それに従ってのことなんだよ。

 それで、死んじまった人の残した動画だし、もし不快じゃなければなんだけど……。

 君にも、その動画を見てもらえないかと思ったんだ」


「…………………………」


 その言葉に、ガノはすっかり緩みまくっていた顔を引き締めた。

 そして、しばらく考えた後、こくりとうなずいたのである。


「……分かりました。

 その動画、キタコにも見せてください」




--




 周囲をGプラに囲まれ、狭苦しいことこの上ない室内で肩を寄せ合いながら、スマホを掲げた。

 何やら自撮りでもするかのような格好になってしまったが、こうしないと見れないのだから仕方がない。


「じゃあ、再生するぜ」


「はい」


 了解を取り、動画の再生を開始する。

 するとスマホの画面に映されたのは、どこかの森……そして、その中で横たわる機械巨人の腕部であった。

 当然ながら、実際の光景ではない。

 以前、おじさんが製作したというジオラマを撮影し、バーチャル背景として合成しているのだ。


 そして、中央にいるのはおじさん……。

 病気を抑えるために使った薬の副作用で、もうだいぶ脱毛が進行した状態だった。

 入院着の上から少々派手な赤茶色のジャケットを羽織っているのは、少しでも雰囲気を明るくしようという配慮にちがいない。

 スマホの中で、今は亡きおじさんが口を開く。


『ケイスケ、いいかい、よく聞いてくれ。

 他の品とは別にした包みの中には、俺の使っていた工具の一部と初心者にオススメのGプラが入ってる。

 父さん……お前のお爺ちゃんには、俺の集められる限り集めたGプラを預かってもらった。

 もし、俺が死んだらそれを受け取ってほしい。

 持て余すようなら、友人に分けてくれてもいい。それで俺は救われると思う。

 俺が直接お前に言おうとも思ったんだが、なんというか……そうするのが、病気から逃げるみたいに思えて。

 病気と戦うのをやめると、自分が自分でなくなるような……。

 運命が憎いとか、そういうんじゃないんだ。

 上手く言えないけど、この病気と戦ってみたくなったんだ。

 積みプラに未練があるからなのか、理由は自分でもよくわからない。

 ケイスケ、俺は多分死ぬだろうが、そのことで運命を恨んだりしないでくれ。

 誰にだって、来るべきものは来るものなんだ。

 無理かもしれないけど、過去にさかのぼり、俺にもっとこうしてやっていればと自分を責めたりしないでくれ。

 これは俺の最後の頼みだ。

 もし、運よく生き延びて退院できたらさ、必ずそっちに遊びに行くよ。

 会いに行く。約束だ。

 これでお別れだ。じゃあな、ケイスケ。

 元気で暮らせよ! 両親によろしくな』


 それだけ告げると、笑みを浮かべたおじさんが軍人のように敬礼してみせる。

 それで、動画は終わった。


「これで、おじさんが残した動画は終わりだ」


 そんなはずはなかったのに……。

 気がつくと、頬を熱いものが滴っていた。

 葬儀の時に、泣き尽くしたと思ったのに……。

 思えば、おじさんは……彼は、自分の趣味についてもっと興味を持ってほしかったのだと思う。

 子供のいないあの人にとって、自分はそれも同然の存在だったから……。


 ただ、柔道と勉強が楽しかった過去の自分は、軽く受け流すだけでまるで興味を示さなかった。

 そのくせ、お年玉だけはニコニコして受け取ったりしていたのだ。

 なんて、冷たい子供なのだろう……。


 彼はそんな過去の行いについて、責めるなと言ってくれた。

 ただ、趣味に打ち込んでるだけのオタクではない……。

 その内には、人を思いやる思慮深さと甥っ子に対する確かな愛情があったのだ。


「ごめんな……情けないところ見せて。

 少ししたら、涙も止まるから……」


「す……」


 そんなモギの言葉を、聞いているのかいないのか……。

 ガノがわなわなと肩を震わせる。

 そして、こう叫んだのだ。


「――素晴らしい!

 これこそは、ポケットの名シーン完全再現!」


「え、なんて?」


 涙が一瞬で引いた。

 そんなモギに構わず、ガノは興奮状態で次々とまくしたてる。


「バーチャル背景の出来は素晴らしいですね!

 これはおじさんの製作したジオラマでしょうか!? ああ! 実物が見てみたい!

 ジャケットも、劇中で伍長が着ていたものと瓜二つ! どこで買ったんでしょうこれ!?

 そして、セリフ!

 ところどころ無理のある箇所も見受けられますが、おおよそ元ネタのそれを踏襲とうしゅうしてます!」


「え、その……いや、え?

 何? これって、もしかしてアニメのマネをして撮影したってこと?

 残る生命力の全てを燃やして、わざわざ甥っ子にそんなもん残したの? あの人。

 これ、多分撮影したのはお爺ちゃんかお婆ちゃんだと思うんだけど、どんな感情でこれやってたの?」


 ……人を思いやる思慮深さと甥っ子に対する確かな愛情は疑わないが、やっぱ基本はどこまでもオタクである。

 冷静に考えると、遺言ゆいごんにかこつけて自分のコレクションをここぞとばかりに押し付けてきてるし。

 これはあれか? 命を使った趣味の布教なのではないだろうか?


「最高です! 最っ高のおじさんです!

 キタコはここに誓います! 受け取ったGプラは必ず完璧に……とは言いませんが、今の自分にできる最高の仕上がりにしてみせると!」


「あ、うん。ソウダネ。ソウシテアゲテ」


 まあ、本人もそれで救われるとおっしゃっていることだし……。

 なんとも残念な気分となり、枯れ果てた涙をぬぐうのだった。

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