第6話 新たな同居人

 翌朝、僕は上の階から聞こえた大きな物音で目を覚ました。突然の自分以外の存在に身構えるが、すぐにケインを昨日泊めたことを思い出す。

 窓の方に目を向けるが、外はまだ薄暗くて、朝を告げる小鳥もまだ飛んではいなかった。


「こんな早朝からなにしてんだろ」


 寝起きでカチコチの肩をほぐしながら、僕はケインに声を掛けるため、部屋から出て階段を登った。


「ケイン起きてる?」


 ドアをノックし、部屋の主に声を掛ける。

すると中から「ちょっと待てろ」と声が聞こえ、すぐにドアが開かれた。


「スフェンおはよう。こんな朝からどうかしたか?」


 そこには、寝癖で髪が跳ねたケインが眠そうに立っていた。


「どうかしたかはこっちのセリフだよ。凄い物音がしたけど何かあった?」


 僕がそう尋ねると、ケインは気まずそうに頭をかきながらボソッと話す。


「ベッドから落ちた」


 それを聞いて僕は首を傾げる。確かに、ケインに貸しているベッドは僕が使っているものに比べて小さいが、それでも大人一人が十分に寝られる大きさのものだ。

 どういうことだ?と少し考えて、僕はある答えに行き着く。


「ケイン、もしかしてすごく寝相が悪い?」


 まさかと思い聞いてみると、ケインは気まずそうに頷いた。僕はそれを見て、しっかりしてそうなケインの意外な一面に、思わず吹き出してしまった。


「おい!笑うんじゃない!俺だって気にしてるんだぞ!」


「ごめんごめん、余りにも意外だったから!それにしてもベッドから落ちるなんて……

ふふっ……あははっ!」


「そんなにか?!」


 だって、昨日は落ち込む僕を励ましたりして頼れるお兄さんしてたケインに、こんな子供っぽいところがあるなんて面白すぎる。


「はぁはぁ……、笑い疲れたらお腹すいてきちゃった。朝ご飯準備するから後で降りてきて」


 項垂れてるケインに手を振り、階段を降りて自室に戻る。それから手短に仕事着に着替えると、僕は朝食を作りに一階に降りた。


「朝は薄めたシードルにパンとチーズでいいかな、パンはちょっと傷んできてるし早く食べないと」


 シードルは、森に生えていたリンゴに似た果実で僕が作った発泡酒で、大量に保存している。パンとチーズは賊に襲われてからは、村に通りかかるキャラバンから買っていた。


「さてと、ケインはいつ降りてくるかな」


 テーブルに二人分の朝食を乗せ、ケインが降りてくるのを待つ。

 しばらくして、眠そうにあくびをしながら

ケインが降りてきた。


「おっ、酒がある」


「ケインおはよう。これは酒もどきだよ。

飲んでも酔わないエールみたいなもの」


「へぇ、初めて聞いた。スフェンが作ったのか?」


「そうだよ、この時期の麦は貴重だからね。その代わりに森の果実で作ってみたんだけど、味は保証するよ」


 椅子に座って、コップに注いだシードルを見つめているケインに僕はそう返し、自分の分を一口飲んでみる。うん、いつもの味だ。


「酸味があって甘くて飲みやすいな。結構好きな味だ」


「ほんと!よかった」


 しばらく、一人で食事をしていたから忘れていたけど、誰かと食卓を囲むのは楽しくて温かい気持ちになる。

 僕はあの時、ケインを家に誘って良かったと強く思った。


「パンは、明日村に来るキャラバンから新しく買おうと思っているから、遠慮なくどんどん食べて」


「ああ、ありがとな!」


 全部自分で作ったわけじゃないけど、美味しそうに食べて貰えると嬉しさで胸がいっぱいになる。

 それに、ケインはいっぱい食べるから見てて楽しかった。でも、それと同じくらいケインの笑顔が見れなくなるのも少し寂しかった。


 使った食器を片付けていると、外がだんだん明るくなっていくのが見えた。そろそろ仕事に行く時間だ。


「僕もうすぐ仕事に行くけど、ケインはどうする?」


 僕は外套を羽織いながら、シードルをちびちびと飲んでいるケインに声を掛ける。


「それなんだけど、ちょっといいか」


「ん?どうしたの?」


 やっぱり、すぐにここを出て行ってしまうのだろうか?僕は胸騒ぎを感じながら、ケインの方に向き直って続きの言葉をまった。


「昨日の夜、これからどうしようかと考えたんだが。他に行くところもないし、王都で仕事を探そうにも路銀が足りなかった。

だから、スフェンが良ければだけどこの村で農民として暮らしていこうかと思うんだ。

……だめか?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった僕は、ケインの顔を凝視してしまう。


「それってつまり、ずっとこの村で暮らしていきたいってこと?明日もケインここにいるってこと?」


「ああ、いやか?こんなむさ苦しい男と二人で暮らすのは」


 全然嫌じゃない。めちゃくちゃ嬉しい。


 でも、そんなこと言ったらケインは調子に乗りそうなので素気なく返事をする。


「僕はいいよ、別に。もうすぐ騎士様の視察の日がくるからその時にまた相談すればいいよ。」


「スフェンありがとな」


「うん」


 ケインはニコニコしながらそう言うと、近くに寄ってきて、僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「ちょっと!なにするんだよ!」


「いやな、俺に弟がいたらこんな感じなのかと思うとついな」


「なんだよそれ!」


 その後、ぐしゃぐしゃに撫でてくるケインと揉みくちゃの喧嘩になったけど、僕は結構この戯れあいが好きだった。

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