少年の墓掃除

谷風 雛香

第1話 衝撃的な目覚め

 よく晴れた日のある朝、春の訪れを感じさせる花の匂いに微睡みながら目を覚ました。


「……いま何時だろ」


 肩に痛みを感じつつ、布団の中からもぞもぞと這い出て陽の高さを見るために窓辺に近寄る。まだ太陽は、山陰に隠れたままだったので寝坊をしたという心配がなくなりほっとする。


「時計がないって不便だなぁ」


 窓辺の花瓶に挿した、水仙によく似た花を指先でいじりながらため息を吐く。

 この世界の時計はとても値段が高く、平民が持てるものではない。そのため、普通は日時計や太陽の位置を見て時計の代わりとするのだ。


「はぁ……、仕事の準備するかぁ」


 よしっと、気合を入れるつもりで両手で顔を叩き朝の支度を始める。

 寝台を整え、着替えと朝食を済まる。ひとり暮らしが長いため、黙々と生活をするのが癖になっていた。


 仕事場に行くため扉を開けて外にでる。朝の冷えた空気はとても美味しかったが、人の気配が一つもないことに少し胸が痛む。


 家から少し歩くと川が見えてきた。この川は、水質が綺麗なので普段の飲み水に利用することもたまにある。実際に水はとても澄んでいて、朝日に照らされて、揺らいだ景色を水面に映していた。


「僕の顔も映るかな」


 気まぐれに、少し屈んで水面に顔を覗かせてみる。そこには、おそらく自分の顔であるものが映っていた。栗色の髪に、緑の大きな目、小さな鼻。少年らしい、この世界にはありふれた色合いの見た目である。

 しかし、眉間には皺が寄っておりとても不機嫌そうには見えたが。


「向こうの世界の記憶を思い出してからは違和感が凄かったけど、これはこれでいいな。眉間の皺が凄いけど。」


 指で眉間の皺をほぐしながら、よっこいせと立ち上がる。ついでに肩も回しておく。あまり効果はないが、ようは気の持ちようである。


 そして、またトボトボと仕事道具を持って歩き始める。仕事場に着くにはまだ時間がかかる。


 前世の過去を思い出したのは、ほんの1ヶ月前ほどだった。その日は、雪が酷く降った次の日で、納屋の雪下ろしのために梯子をかけ屋根に登っていると、足を滑らせて地面に落ちてしまったのだ。

 そして、その時の怪我で数日寝込んだ結果、徐々に前世の記憶を思い出していった。


 思い出せた記憶は朧げで、自分について分かることは、前世は男だったこと、歳若くして亡くなったことだけである。あとは、たまに前の世界ではこうだったなぁとふと思い出すだけだ。


 運の良いことに、前世の自分に体を乗っ取られることもなく今世の記憶もしっかり残っていたので人並みの生活はおくれている。


 だが、良いことがあれば悪いこともあり、

以前は健康的な体だったのに異常に肩こりが酷くなり、最初は慣れない痛みで動くことができなかった。幸い、いまは痛みに慣れ眉間に皺が寄るというだけで普通に生活ができている。


 しかし、問題はここからなのだ。

 梯子から落ちたあと、意識を失った僕は地面に死んだように転がっていたらしい。


 あくまで憶測なのは、僕が地面に伸びている間に村は賊に襲われ、ほっといても死ぬと思われた僕以外を除いた村のみんなが皆殺しにされたからだ。


 目を覚ますと、目の前に広がる一面の血の海と死体に呆然となる僕には、その時その場に立ち尽くすことしか出来なかった。





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