第6話 栄枯盛衰 まんだらけと駿河屋・後編

 まんだらけグランドカオスを出て、日本橋筋をさらに北上する。この日本橋筋はでんでんタウンとも呼ばれ、昔は上新電機やニノミヤ無線、ソフマップなどが複数の店舗を構えていた。しかし、それも今は昔。現在は上新電機が数店とPC・スマホを扱う小さな店、オタク系ショップに飲食店など、様々な店がひしめきあっている。最近の印象としてはインバウンドを狙ってかホテルが増えたようだ。ただ、このコロナ禍で宿泊客が来ているのかは不明だが。


 さて、本日の本命、目的のお店は東横インの横にある、駿河屋大阪日本橋本館。最近、オタク系の中古販売店として勢いを増しているのが、駿河屋だ。まんだらけはどちらかというとお宝系というか、古くてプレミアの付くものが多いが、こちらはオタク系中古商品何でも来いといった感じ。ブックオフやハードオフの印象に近いのかも。ゲーム関係は当然として、最近ではガンプラなんかも転売やなんやらで話題になっているようだ。


 実はここのライトノベル売り場がすごいと聞いたのは、以前訪れた大阪阿倍野の大吉堂の店主からである。それで実際訪れて見て驚いた。まんだらけグランドカオスの比ではない。それ以来、まんだらけグランドカオスとセットでここを訪れるようになったのだ。


 ライトノベルコーナーは3階にある。エスカレーターを降りて、左に回るとライトノベルを並べた棚がこれでもかと並んでいる。これだけのライトノベルの中古本が並んでいるのは、なかなか壮観である。一番手前には、最近入荷したもの。文庫判だけでなく、四六判のものもある。ヒット作だけでなく、読んだらすぐ売る派の人も多いのか、わりと新しめのものが多い。


 その横にはまず四六判のコーナーだ。新入荷本横という一等地にこのコーナーがあるということは、これからのライトベルの主流は四六判になっていくのだろう。出版社側の利益的な問題もあるのかもしれないが、文庫判での収集にこだわる私には、ちょっと悲しい傾向である。まだ文庫サイズに比べると量は少ないが、本自体にボリュームがあるのでそのうち棚の比率なんかも変わっていくだろう。それにしても最近のものはよくわからない。とにかく新しく出る量は多いし、タイトルは長くて似たようなものが多いし、タイトルを見るだけで目がチカチカしてしまう。そもそも異世界ものというか、ファンタジー系は苦手なのだ。探せば面白いものももちろんあるのだろうが、このあたりは若い人たちに任せておこう。わたしは古いものが失くならないうちに、せっせと集めるのみだ。


 次に並ぶのが文庫サイズのもの。まずは富士見ファンタジア文庫が並んでいる。ファンタジア文庫は背表紙で新しいものと古いものがわかる。見分けるポイントはFマークの位置だ。90年代始めに出版されたものは、背表紙の一番上に楕円にFの文字が入ったマークがある。90年代後半からは、Fマークの上に二次元バーコード、分類番号、値段がある。2008年からは背表紙のデザインが大幅に変わり、Fマークは楕円から円になり、作品名の下に配置されるようになる。これを把握するだけで、古いファンタジア文庫を見つけるのはグッと楽になる。最近は初期のものは少なく、二次元バーコード付きを時々見るくらい。


 ざっと見たところ、初期背表紙のものがあった。新城十馬(現・新城カズマ)『蓬莱学園の犯罪!』上下巻が。90年代のライトノベルをあまり知らない私が、ラノベコレクションの指針にしている本、大森望・三村美依の『ライトノベル★めった斬り』でも取り上げられている「蓬莱学園」シリーズ。もともとは『ネットゲーム90 蓬莱学園の冒険!』というPBM(プレイバイメール)、郵便を利用したゲームであったそうな(詳細はわからない)。そこに登場する蓬莱学園を舞台として、複数の著者による作品が作られた、シェアード・ワールド作品とのことだ。91年から97年まで、新城十馬や賀東招二、雑破業らによって書かれている。


 それらシリーズ中でもこの『蓬莱学園の犯罪!』は、大森望に「暴走するパワーとノリのよさではシリーズ中、随一の出来」と評される作品だ。読んでみたい。さて、いくらだろうか。両方とも800円の値段が付いている、上下巻あわせて1,600円か。ちょっと高い。さすがにこの値段では手が出ない。このあたりはしっかりとした値付けだ。


 昔ながらの古書店でも、自店の得意分野ではしっかりとした値付けがおこなわれ、興味のない分野では処分本になることが多い。古いライトノベルなんかは、昔ながらの古書店では処分本で、まんだらけや駿河屋ではお宝扱いとなる。そういう意味では昔ながらの古書店と、まんだらけも駿河屋も同じともいえる。


『蓬莱学園の犯罪!』は諦め、次に行く。今度は電撃文庫だ。電撃文庫は昔から背表紙は変わらない。二次元バーコードのあるなしとか、電撃ゲーム文庫などのサブレーベルくらいか。ざっと見てみるが、それほど古いものはなさそう。頭の中に入っているチェックするべき著者、作品名を探すが見つけることは出来ず。


 次はスニーカー文庫。スニーカー文庫も時代によって背表紙が変わっているので、古い作品を見つけやすい。長谷敏司『戦略拠点32098 楽園』があるじゃないか。2001年の第6回スニーカー大賞金賞を受賞作だ。長谷敏司はライトノベルでは『円環少女』が有名だが、現在ではSF作家のイメージが強いかもしれない。そのデビュー作『戦略拠点32098 楽園』は、名作単巻ラノベとしても評価は高いのである。amazonなどでは時々すごい値段がつくことがある。はたしてここでは、いくらだろう。500円。良い値付けだ。これは持っているので購入はしないが、こういう名作が並んでいるのはうれしい限りだ。


 さらに見ていると、北沢蒼『メタルマックス〈1〉火炎水晶』がある。「メタルマックス」はもともとファミコンRPGで、今もハードを変えて続編が発売される人気タイトル。当時流行りのドラクエやFFのようなファンタジー的な世界と違い、荒廃した近未来という世界で、戦車をカスタムしつつ賞金首を倒すことを目的としたRPGだった。小説があったなんて知らなかったな。よく見ると本の上には青帯があるスニーカー文庫。調べてみると出版されたのは93年で、タイトルに〈1〉がついているが、続きは出なかったようだ。読んでみたい。値段はいくらだろう。1,320円。ちょっとこれも無理だ。希少性はわかるがさすがに高すぎる。


 3大ラノベレーベル以外では、ガガガ文庫と一迅社文庫をしっかりとチェックする。どちらのレーベルも単巻モノに面白そうな作品が多い印象で、しっかりとチェックするようにしている。しかし、本日は特に面白そうなものは見つけられず。


 ラノベ以外にもハヤカワ文庫や創元SF文庫が並んでいたり、セットものが安くなっていたりと本当にタイトルを見ているだけでも飽きない。セットものコーナーに、大澤めぐみの『おにぎりスタッバー 』と『ひとくいマンイーター』というのがあった。セットで300円。この作者についてはよく知らないが、タイトルに興味が惹かれる作品。ちょっと検索したら恋愛小説なんてかいてあるので購入するのをやめたが、なんとなくタイトルが頭に引っかかって忘れられない作品。こういう初めてタイトルを見たときの直感は重要で、いずれ買うことになるかもしれない。


 さて、ひととおりラノベコーナーを見終わったが、実はここまでが前座である。こちらの駿河屋、このフロアの奥の方、下りエスカレーターに近いところに特価ラノベコーナーがあるのだ。普通、特価品はフロアに入ってすぐ辺りにありそうなものだが、本当に欲しい物があるなら奥まで探せと挑発しているのか。単純に下りエスカレーターから目に入るようになっているだけなのか。


 ここの特価品コーナーはなかなか強烈。ワゴンが1台と90cmくらいの幅の棚が5本分。50円コーナーと100円コーナーで別れている。税込みなのでそれだけでも充分安いが、セットものだともっと安くなっているものもある。ここには往年のヒット作だけでなく、あまり聞いたことがないようなタイトルも並んでいたりする。


 まずは50円コーナーからチェックする。特価品コーナーはレーベルごとにまとまっているわけでなく、ごちゃごちゃに並んでいる。お宝発掘感があって、なんとも楽しい棚だ。シリーズ物はなんとかまとまってはいるが、1冊だけ別のところにあったりすることもあるので、要注意だ。


 富士見ファンタジア文庫の雑賀礼史『召喚教師リアルバウトハイスクール』シリーズがある。今はもう話題に上がることは少ないが、97年から2010年まで続いた大ヒット作。読んでいないので実際は知らないが学園バトルもので、イラストからは90年代はじめの「ストリートファイター2」や「バーチャファイター」など、対戦型格闘ゲームの雰囲気を感じさせる。格闘ゲームのヒットからは時代が少しずれているのかもしれないが、ライトノベルはマンガ・アニメ・ゲームなどから影響を受けやすいので、これも時代の空気を反映していたのかもしれない。さすがに長いシリーズなので買うことはないのだが、こういう時代を象徴するタイトルがどんどんと忘れ去られていくことを思うとライトノベルって悲しい。


 古い作品に混じって、こまつれい『101メートル離れた恋』という、講談社ラノベ文庫の作品があった。帯もついていて、百合xSFとでっかく描いてある。第8回講談社ラノベ文庫新人賞大賞受賞作とのことだ。奥付を見ると2019年11月の初版とあり、わりと最近の作品。最近の作品はネット発の異世界モノが多くてなかなか手が出ないが、タイトルも短くわかりやすいし、SFなら面白いかもしれないと思う。また百合ものどうこうは特に意識しない。


 あらすじを読むと、男子高校生の意識を持ったまま女性型人形オートマタになっていたという話で、ジェンダー問題なんかにも踏み込んでいるのかもしれない。恋愛要素が強いと苦手なのだが、ちょっと面白そうである。値段を見ると50円。ほんの2・3年前の作品なのに、こんな値段でいいのかと思う。ただ、よく見ると本の小口にちょっとした汚れがある、なのでこの値段なのかもしれない。こんなちょっとした汚れでこの値段なら、内容も面白そうだし買うことにする。


 見ているとあれもこれも欲しくなってくるのだが、とどめを刺すタイトルを見つけた。50円コーナー、最下段に並ぶセットもの。MF文庫Jから出版された、比嘉智康『神明解ろーどぐらす』全5巻セットである。2010年から11年に書かれたこのシリーズ、ちょっと話題になっていたので、当時、私も読んだ。はじまりは変な部活のハーレムものというありがちな作品なのだが、第4巻からはサスペンスフルな急展開で、最後はしっかりと決着をつけている。ライトノベルは結末がうやむやになるものが多いが、この作品は5巻できっちりとまとめた秀作。当時、評価も高かったのだが、今となっては知る人ぞ知る作品かもしれない。


 私も以前持っていたが手放してしまっていて、もう一度読みたいと思っていた作品。しかし、これがあまり見かけない。ほんの10年前の作品なのに、なかなか手に入らないのである。もちろん、ネットを使えば簡単に手に入るのだが、それは欲している人に届くということだけである。こういう秀作は、できるだけ版を重ねて欲しいし、いつでも手に入る状況であって欲しいのだが、常にその時代にあった新しいものを提供し続けなければならない、ライトノベルとしては難しいことなのかもしれない。以前から欲しいと思っていたので、見つけた時点で買うことを決めていたのだが、値段を見てびっくり、100円。5巻セットで、しかも税込みでだ。安く手に入るのはうれしい反面、こんな投げ売りのような値段がついているのは悲しい。


『神明解ろーどぐらす』全5巻セットを見つけた時点で、満足してしまったが、とりあえず100円コーナーもざっと眺める。昨年アニメ化されて人気の宮澤伊織『裏世界ピクニック』第1巻なんかがある。100円でなくても売れそうなのに。


 電撃文庫の峰守ひろかず『こぐちさんと僕のビブリアファイト部活動日誌』もあった。あの大ヒット作『ビブリア古書堂の事件手帖 』の公式スピンオフである。栞子さんもちょっと登場するが、内容は全くの別物。ビブリオバトルならぬビブリアファイトで、古い名作児童文学などをライトノベルの文脈で読み解く内容は、意外といっては失礼だが面白い。ビブリア古書堂的なものを期待した人には不評のようだが、本家とはまた違った面白さだ。先日といっても少し前だが、第1巻を読んだところ予想以上だったので、これの第2巻があればと思っていたところ。残念ながら第2巻はなかった。


 じっくりと探せばもっと面白そうなものがあるのかもしれないが、本日はこれまでにする。今回は、こまつれい『101メートル離れた恋』と比嘉智康『神明解ろーどぐらす』全5巻セットを購入。まんだらけグランドカオスは滞在時間短めが、駿河屋の棚は楽しすぎで充分に堪能した。


 まんだらけグランドカオスが移転・縮小するなかで、駿河屋のような新興勢力があらわれる。古書店も栄枯盛衰だなと感じるのであった。


 DATA

 駿河屋 大阪日本橋本館

 大阪市浪速区日本橋4丁目11-3

 営業時間:10:00 〜 20:00、年中無休

 南海電鉄 なんば駅より徒歩7分

 地下鉄 日本橋駅より徒歩10分


※登場する書籍や値段は、私が訪れた時の記憶に基づいています。在庫や値段は古書店なので変化している場合がありますので、ご注意ください。

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