第二十四話 銀髪の男

混乱が治まり、日常を取り戻そうとする中、後宮内で麗影様と思われる遺体が発見された。


 麗影様と思われると表現したのは、顔の上半分がなかったからだ。頭のないその遺体は、手足は棒きれのように細く、木乃伊(みいら)のように浅黒かった。


 見つかった場所は、後宮の奥地にある月麗宮。


麗影様の寝所に横たわっていた。麗影様の姿はなく、代わりに頭のない死体は、麗影様のお召し物を着ていて、麗影様が大切にしていた首飾りがかけられていた。


 このことから、遺体は麗影様のものであると判断された。元から妖女のように歳を取らない不気味な存在ではあった。


 衛兵たちが口にした赤い実も、麗影様が直々に持ってきたものだった。やんごとなき身分の麗影様から勧められ、断ることなどできようはずがない。


 こうして、十四年前から始まる忌まわしい出来事に終止符が打たれた。黒幕の死という形を持って。

 


 三日三晩、劉赫は目覚めなかった。その間劉赫は夢を見ていた。


とても不思議で、悲しい夢だった。


 満開の白梅が咲き誇る木々の下で、仲睦まじく寄り添う若い男女がいた。


 可憐な白梅に見劣りしないほど、二人は美しく、そして幸せそうな笑顔を浮かべていた。


『煉鵬様』


 少女は潤んだ瞳で男の名を口にした。


(……煉鵬。ということは、この青年は俺の父上?)


 歳頃は十八くらいだろうか。劉赫は先帝が五十歳の時に生まれたので、若い男が自分の父であることに気がつかなかった。


しかしよく見ると亡くなった兄たちや自分にどことなく似ていた。


 隣にいる少女は誰だろう。母上ではない。母上はこんな猫のような丸く大きな瞳ではないし、髪色も柔らかな茶色ではない。


 では、この少女は……。父上と仲睦まじく、恋人のように寄り添っているこの少女は……。


『煉鵬様のお嫁さんになるのがずっと夢だったの。叶えてくれてありがとう』


『うむ、ずっと一緒にいよう』


『たくさん子を産むわ。男の子。煉鵬様に似た、美しく利発な男の子を』


『気が早いな』


『うふふ。だって楽しみなんだもの。私、いい母親になるわ』


『期待しているぞ……麗影』


 ああ、そうか。この可愛らしい少女は麗影様だったのか。


二人は、愛し合っていたのか。複雑な気持ちになりながらも、幸せで溢れる二人の姿をそっと見守っていた。



 場面は変わり、暗闇の中ですすり泣く女の声がする。


 ここはどこだ。目が暗闇に慣れると、部屋がぼんやりと見えてきた。ベッドに上半身を預けながら、布団に顔を押し付け泣いている女性がいる。


 柔らかな茶色の髪色。この女性は麗影様だと気付く。


『どうしてなの? どうして子供ができないの? 愛し合っているのに。私たちは心から愛し合っているのに……』


 悲痛な泣き声は、夜の闇に混ざり合い、劉赫の胸にずしんと重くのしかかる。


 彼女の悲しみが、絶望が、ひしひしと伝わってくる。


煉鵬を愛するがあまり、子ができない悲しみは一層強く、彼女を苦しめる。



 また場面が変わった。今度は皇帝の寝室で、椅子に座りながら項垂れている煉鵬と、その姿を見下ろすように見つめている麗影。


『正気か、麗影』


『もちろんですわ。煉鵬様は、私の夫である前に皇帝。子を作る責務があります。どうか新しい妃をお召しになって』


『麗影は、それでいいのか?』


 煉鵬は、項垂れていた顔を上げ、麗影の顔を見た。麗影は、うっと言葉に詰まりながらも、必死で口角を上げた。


『私は妻である前に、皇妃ですから』


 次の瞬間、劉赫の耳に断末魔のような女の悲鳴が聞こえた。


『嫌よ! 絶対嫌! 子供なんかいらないと言って。麗影がいればそれでいいと言ってよ!』


 劉赫の耳に響いてくるその声は、煉鵬には聴こえていないようだった。


 煉鵬は、大きくため息を吐いたあと、覚悟を決めたように言った。


『……分かった』


 煉鵬の返答のすぐあとに、ドンっという大きな地鳴りと共に、劉赫は穴に吸い込まれるように落ちていった。


 落ちた穴の先で見たものは、変わり果てた麗影の姿だった。


 小動物ように可愛らしく愛らしい少女は、真っ赤な紅をひき、濃いアイシャドウで瞳を覆っていた。


美しいが、恐ろしい。嫉妬と憎しみで顔を歪めていた。


『あー、憎い。おー、憎い。私が手に入れるはずだった幸せを、あの女はいとも簡単にやすやすと奪っていった。


私の元に生まれるはずだった美しく利発な子を四人も産んで、のうのうと生きておるわ。


あー、憎い。おー、憎い。身も心も捧げた煉鵬まで憎い。


死ねばいい。親子共々、頭を踏みつぶして殺してやりたい』


 麗影は自身の親指を噛むと、赤い血が垂れてきた。


 部屋を埋め尽くす憎悪の感情に飲み込まれ、劉赫は吐きそうになった。


 すると、部屋の隅の影がゆらゆらを動きだし、影は次第に大きくなり、人の形となっていった。


『何者じゃ!』


 麗影が叫ぶ。人の形となった影は、黒づくめの男になっていた。腰まで届く絹糸のように美しい銀髪が、暗闇の中に怪しげに光る。


『お前の憎悪に惹かれてやってきた。そんなに憎いならお前の望み、叶えてやっても良いぞ』


『誰だ、貴様は……。私が誰か分かって侵入してきたのか?』


『俺は、仙を統べる者。お前を仙にしてやろう』


 そう言って銀髪の男は、麗影の頭を片手で掴んだ。


『何をす……』


 麗影が叫んで逃げようとした瞬間、男の手に力が入り、麗影の頭はぐしゃりと潰れた。


 血しぶきと肉片が飛び散る。銀髪の男は満足そうに笑った。




劉赫が目覚めた時、雪蓉が側にいた。


皇帝の臥室で寝泊まりをするという破格の待遇を許可されたのには、今回の事態収束の立役者という功を労うとの意味もあるし、なにより雪蓉自身が劉赫の側にいることを望んだからである。


「おはよう。といっても、もう夕刻だけどね。あなたまた、三日三晩寝込んでいたのよ」


 劉赫の額に乗せていた布を取り、再び水に濡らして冷たくなったところで、額に乗せる。


 三日三晩、高熱で寝込んでいた劉赫の側で、雪蓉はこうして献身的に介抱していたのだ。


「生き……てる?」


 劉赫は信じられないといった顔で、辺りを見回した。


死んでもおかしくないほどの大怪我だったにも関わらず、体は意外にもすっきりしていた。


「侍医はとても驚いていたわよ。足も手も、本来ならもう動けなくなるほど深い傷だったのに、みるみるうちに治っていくって」


「そうか……」


 劉赫は自分のことなのに、他人事のような気がして、そっけなく返事をした。


 まだ、頭が回らない。自分はなぜ三日三晩も寝ていたのだろう。


それに、ずっと夢を見ていた気がする。


どんな夢だったかは忘れてしまったけれど。

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