33:意外な再会

 屋敷を出る前に、リゼのわたしはハンナに捉まってしまった。


 わたしが生まれる前からこの屋敷でメイド長をしているハンナは、わたしに対しても厳しい態度を取る厳格な人だったけど、リゼに対する態度は全然、そんなものの比ではなかった。


 まず、かなり遠くからわたしを呼び止めると、服やヘッドドレスの乱れを指摘してきた。

 わたしは当然、部屋を出る前に鏡の前で身だしなみを整えてきたので、一体どこが乱れているのかも分からない。

 言い掛かりに等しい指摘に思わず文句を言うと、彼女の前で何度もリボンの結び直しをやらされた。

 ようやく(偶然にも)彼女が満足する仕上がりでリボンを結べたと思ったら、次は当たり前のように井戸からの水汲みを言い付けられた(まあ、これはメイドなんだから当たり前なんだけど)。

 普段から厳しい厳しいと思っていたハンナだったけど、あれでも一応は手加減をされていたのだなと、わたしは重いつるべを何度も引っ張り上げながら、思い知ることになった。


 その後もいくつかの用事(主に力仕事)をハンナに見守られながらこなしたわたしは、隙を見て屋敷の裏口から逃げるように外に出た。


 これでやっとハンナから解放されたわと、ホッと溜息をつくと、そこに間髪入れず木陰の方から小さな声がして呼び止められた。


「おい……。おい、お前。そこの女」


 生まれてこのかた、そんな失礼な呼び止められ方をしたことのなかったわたしは、凄く新鮮な気持ちで振り返る。


 街路樹の木漏れ日に照らされて現れたのは、あのノイン君だった。

 あの夜、今とほとんど同じ場所で、肩をつかんで呼び止められたときのことを思い出す。

 こっちに、という身振りに誘われて、わたしは彼と同じ木陰に身を寄せた。

 王宮でもこうやって人目を忍ぶようにして語らい合う男女の姿を見掛けたことがある。

 もしもここに通り掛かる人がいたら、これも逢引きのように見られないかしらと少し心配になる。


「お前、アシュリー様の侍女だろ? あの夜、ヒーストン伯に俺たちを引き合わせてくれた」

「メイドのリゼでございます」


 せめて名前で呼んであげてよね、という思いを込めながら頭を下げる。


「ミハイル様を探してるんだ。もしかして、この屋敷の中にいたりしないか? 人目を忍んでアシュリー様と逢瀬おうせを重ねている、とかさ……」

「えっ……、ぇえ⁉」


 突拍子もなく、かつ的外れな質問に思わず脱力する。


「おりません。この屋敷には先ほど他の騎士団のかたもお見えでしたよ? お探しになる場所をお間違えでは?」

「いや、俺たちに内緒でかくまってるとか……、いや……ないよなあ」


 自分でもおかしなことだと気付いたのか、ノイン君はあからさまに消沈して肩を落とした。

 そんなこと、もし、仮にそうだとしても、屋敷のメイドが簡単に口を割るわけがない。


「一体どうしてそんなお考えを?」

「いや、あの夜の団長の様子が明らかにおかしかったからだよ。姿を消す前の団長が、一番らしくない行動をしてたのがこの屋敷の前だ。きっと何かあると思って……」


 確かに何かはあった。

 その件はもう解決したのだけれど、ノイン君たち騎士団の人に、おかしな行動と思われることをしでかしていたのは、ミハイル様ではなくわたしだ。

 わたしのせいで、ミハイル様の捜索に支障を来たしていると考えると申し訳ない気持ちになる。


「わたしも……、この家の者たちもミハイル様の身を案じております。実は今も、アシュリー様から少しでも手掛かりとなる情報をつかめないかと、言い付けを受けて出て参ったのです」

「何か当てはあるのか?」


 いえ、ないわ。

 わたしだってノイン君の当てずっぽうの行動を笑えないわねと自嘲する。

 騎士団の人たちですら、こんな有り様なら、わたしが当てもなく探したところで首尾よく事が運ぶとは思えなかった。


 あ……、そうだ。

 何か自分の体裁を取り繕える言い訳はないかと考えて、自分で書いたメモ書きを懐に忍ばせてあることを思い出した。


「これを……」


 わたしが差し出した紙片に目を落としジッと考え込むノイン君。

 その真剣な表情を見て、わたしは早まったことをしてしまったのではと若干後悔し始める。


「あ、これは御内密に。アシュリー様の単なる思い付きなのでございます。これらの情報から、何かミハイル様の方で思い当たることがあったようにお見受けされたので……」


 ノイン君はなおも真剣な表情を崩さず、紙片を見つめながら考えにふけっていた。


「……いや、これは貴重な情報だ。少なくとも行ってみる価値はある」

「行ってみる? ……一体どこへでございますか?」

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