20:やった! ルギスの書斎に潜入成功よ!

 さて、勢い込んで部屋を飛び出したものの、行き先を探しあぐねて王宮の中を彷徨さまよっていたヴィタリスわたし

 そのわたしを遠くから呼び止める者がいた。


「ヴィタリス様。ご夕食のご用意ができております」


 どうやらメフィメレス家のお付きの小間使いらしい。

 運が巡ってきたわねと調子付き、わたしはその女性に案内をさせて、ルギスの元へと足を運んだ。

 訊けばメフィメレス家はこの王宮の一棟を借りてそこで暮らしているらしい。

 この王国での領地や屋敷を持たないのだから当然といえば当然か。


「喜べヴィタリス。婚約発表の日取りが決まったぞ」


 自室に入ってきた娘に対し、ルギスは開口一番でそう言った。

 わたしの主観でしかないのだけど、なんて小狡こずるい悪党じみた笑みなのかと思う。


「……お父様。わたくし、やはりお相手はミハイル様の方がいいわ」


 ヴィタリスになりきったわたしは、いかにもヴィタリスが言いそうな駄々をこねてみる。

 機転を利かせたその鎌掛けは、なかなか的を射ていたようだ。


「またその話か。物には順序というものがあるのだ。最終的にはお前の好きな男を与えてやるから、今は我慢して王子を篭絡ろうらくしろ。肩書きだけでなく、しっかりお前に溺れさせておくんだ。夜伽よとぎはまだか?」

「よとっ⁉」


 思わず頓狂とんきょうな声が出てしまいそうになる口を慌ててふさぐ。

 大変だわ。早くなんとかしないと。


「どうした?」

「い、いえ。お夜伽をするには、これが……」


 そう言って服をめくり、腹にある赤いかぶれの痕を見せる。


「ん? お前、随分薄くなっているじゃないか。毒草を塗り込むのはまだ止めずに続けておけと言ってあっただろうが」

「だ、だって……、痒いのですもの」


 わたしは、まだこんな醜い痕があっては肌をお見せすることなどできません、と訴えたつもりだったのに、ルギスはむしろ、もっとかぶれさせろと言う。

 娘の身をいたわろうなどという優しさは微塵も感じられない。

 娘も娘なら、親も親ね。

 ルギスは棚の引き出しから小箱を取り出し、わたしに手渡した。


「いいか? 使っているところは誰にも見られるなよ? この草はこの国の者たちには馴染みのないものだからな。薄くなっているところを見られてもいかん。王子に身体を見せるのは腫れがしっかり戻ってからにするんだ」


 小箱を開けて中を繁々見つめる娘に対し、ルギスは一方的にそう言い付けて部屋を出ていった。

 腹が減った、早く飯にしよう、などと上機嫌にのたまいながら。


 一人残ったわたしは渡された小箱の中から、まだ青臭い匂いを残した草の葉を一枚つまんで取り上げてみる。


 確かに見たことのない形の葉だわ。

 これは証拠になるかしら?


 ヴィタリスが焼き鏝を押し付けられたと主張して皆の前で見せた火傷の痕。

 それはまったく出鱈目でたらめな嘘の証言だった。

 王の前での偽証は普通であれば十分な罪になるだろうけど、王自身がメフィメレス家に肩入れしているなら、糾弾する材料としてはまだ弱いかもしれない。

 そこまで考えてわたしは顔を上げ、一人残された部屋の周囲を見回した。


 なんということだろう。

 首尾よく潜り込んだルギスの書斎は、彼の悪だくみの証拠の山に違いない。

 わたしは机の上に放り出された文書から引き出しの中まで、手あたり次第に漁って、ミハイル様にお渡しするための証拠資料を探し始めた。

 王家に嫁ぐ準備として、学を修めてきた努力が役に立った。

 読める読める。

 アダナスの言葉で書かれた文書の数々。


 でも、さすがにそうか……。

 わたしを罠にはめる計画のことを丁寧に説明した文書などあるわけがないか。

 仮にそんなメモを書いたとしても、そんなもの残しておく理由がない。

 分かり易く目に付くのは、ルギスがアダナスの地に置いてきた土地や家財の権利を主張したり、その係争に関わる文書ばかりだった。

 ミハイル様はルギスがアダナスのスパイなのではないかと疑っていたけれど、彼らがあの国を追われて逃げてきたのは間違いなさそう。


 でも、彼らがタッサ王に小狡く取り入っているのも確かなのよ。

 王子との結婚の見返りとして提供するっていう魔法の秘術が嘘だっていう証拠とかないかしら。

 いくつかの文書を読み下した後、とある引き出しの奥の方、意味ありげな封筒に入っていた文書が目に留まる。


 薬……、研究……?

 あ、これちょっと怪しいかも。


 斜め読みだけど、絶対秘密とか、失敗とか、アダナスとの密議だとか、怪しそうな文字が沢山出てくるわ。

 何が書かれたものなのか、詳しく読もうと目を走らせているところへ突然女の声で呼びかけられた。


「お嬢様。ルギス様がお呼びでございます。ご夕食が冷めてしまうと……」


 わたしは手にしていた封書をとっさに隠して声がした方に向き直る。

 ドアの隙間からは、頭だけをそっと出した女がこちらを覗いていた。


「今、今行きます」


 だから下がりなさいという意味で言ったつもりだったのに……、その女性はそうやって首を出したまま動こうとしない。

 もしや、わたしを食卓まで連れていかなければ、この子が罰を受けてしまうのだろうか。

 ……仕方がない。


 わたしは後ろ髪を引かれる思いで、手早く引き出しを片付け、自分が触った形跡をできるだけ隠してからルギスの書斎を後にした。

 わたしが手にした小箱の中には、ルギスから受け取った謎の草の束と、とっさに隠した封書が仕舞われていた。

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