05:ヴィタリスの誘惑

 考え事をしている間に、わたしは王から引き離されて部屋の外に連れて出されていた。

 わたしは、なおも揉みしだくように押し付けてくるヴィタリスの大きなお胸を睨みつける。


 なによ、自慢してるの?

 大きければいいってもんじゃないでしょうに。


 リカルド様わたしに向かってフフフ、と余裕しゃくしゃくで笑いかけるヴィタリス。


 違う違う。

 勘違いしないでよ?

 今のは見とれてたわけじゃないからね?

 リカルド様はそんな下品な誘惑に動じたりしないわ。


「あら……?」


 わたしは強引にヴィタリスの腕を振り払い身体を離す。


「アシュリーは、貴女からあの寺院のことを聞いて出掛けて行ったはずです。何でそのことを黙ってるの? ……だ、黙っているのだ⁉」


 きっと痛いところを突かれたはずなのに、それでも彼女の余裕の笑みは崩れなかった。


「アシュリー様が話してしまわれたのですか? もうっ、内緒ですよと念を押したのに困ったかたね」


 そうだ。内緒にしておかないと御利益がないからと言われて……。

 大昔、この地にあった別の国で、命がけで秘密の祈りを捧げた王子の婚約者の話。そういう伝承だからと。

 それで誰にも本当の行先を告げずに屋敷を出たのよ。

 愚かだった。

 それがあんな嫌疑を生むだなんて。


「わたくしはただ、古い寺院にまつわる言い伝えを教えて差し上げただけですよ。まさか、あんな話を本気になさるだなんて……。ああ、そうですわね。お祈りにかこつけて、敵国の人間と密通をなさっていたのですわよね?」

「そんなわけないでしょ!」


 びっくり顔のヴィタリス。

 しまった。ちょっと声が大き過ぎた?


「どうされましたの? 本当に。事実がどうであろうと関係がないと、ご納得されたと伺っておりましたが?」


 丁度そこへ、先ほどの客間からルギスが顔を出し自分の娘を呼びつけた。

 思わず激昂げきこうしてしまったことを気まずく思っていたわたしは、それでヴィタリスとの会話が途切れたことに少しホッとした。


 あまりにもリカルド様らしくない振る舞いを続けていたら、中身が入れ替わっているのではないか、という疑いを持たれてしまうかもしれない。

 リカルド様のお姿である今のわたしが、本当はアシュリーだということが、もしもバレてしまったらどうなってしまうのだろうと考える。

 考える……。

 えー、分かんない。

 一体どうなるの?

 王子の姿をかたっている時点でよくないことなのは分かるけど、考えるべきことが多すぎて考えがまとまらない。

 不敬罪で捕まる?

 いえ、そもそもこんな不思議なこと、誰も信じるはずがないわ。

 くちづけをしたせいで身体が入れ替わってしまうだなんて。

 って、そもそもわたしはいつまでこの身体でいるの?

 もしかして、一生このまま……、なんてこと──。


「リカルド様」

「は、はいっ!」


 考え中に話しかけないで欲しい。

 それも、当たり前のようにリカルド様の手を握って、こんな近くに顔を近づけて声をかけるなんて。


「アシュリー様のもとへ参りましょう?」

「えっ?」


「お目覚めになられたらしいわ」

「え、嘘?」


 アシュリーが目覚めた?

 わたしは、ここにいるのに……。

 わたしがアシュリーなのに?

 じゃあ、の身体にいるのは誰なの?

 一体誰が目覚めたっていうの……?


 何が起きているのか気になって仕方のないわたしは、どうして彼女が王子をアシュリーのもとに連れて行こうとするのかも……、ずっと客間にいたはずのルギスが、どうやってアシュリーが目覚めたことを知り得たのかということも……、まったく疑問に思わずに、先ほど自分が寝ていた部屋へと急いで引き返したのだった。

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