第2話 オトマール技師

 「国内で二番目に降雪量の多い街と聞いていたがこれほどまでとは……」


 一月に入ってエルンハルトは、秘匿呼称StahlBirdmanのテストパイロットとして帝国の南方ライエルン州のアウスブルクという街で勤務をすることとなった。

 この街は、湿潤な海洋洋気候と乾燥した大陸性気候の変わり目付近にあたるレヒフェルトの小さな谷に位置していることや南にそびえるアルプス、さらにはドナウ川という大河の影響もあって天候や気候の変わりやすい土地なのだ。

 しかし、西部戦線や東部戦線のように敵国と隣接する地域ではないため、ここには帝国の主力潜水艦であるUボートのエンジン生産を行うマン社やStahlBirdmanの開発を行っているメッサーシュミット社の工場があるのだ。


 「待ち合わせ場所は、この辺りか」


 エルンハルトは、StahlBirdmanの開発チームの責任者と待ち合わせ場所へと到着した。

 場所は、市庁舎前のアウグストゥスの泉といわれるところでで街の創始者であるアウグストゥスの像がたてられている。


 「あなたがエルンハルト大尉でしょうか?」


 声のした方向を見ると黒いコートを羽織った痩身の眼鏡の男が立っていた。

 いかにも、研究のことしか眼中にないといった感じの体つきで手を見れば深いしわが刻まれており、それが風体だけのものでないことを示していた。


 「えぇ」

 「そうですか、人間違いでなくてよかった」


 くしゃくしゃとした笑い顔を見せるとその男は、頬をポリポリとかいた。

 

 「こんなところでは、なんですからどこか店にでも入りましょう」

 

 男は、そう言いながら空に向かって指を指した。

 エルンハルトが空を見上げると、ここに着いた時には晴れわたっていた空が、すっかり雲に覆われていた。

 

 「これは、ドカ雪が降りますね。大尉は傘をお持ちで?」

 

 エルンハルトの手には、大きい鞄しかなかった。

 アウスブルクに来るというのに、傘を忘れてしまっていたらしい。


 「良かったらこれを、使ってください」


 男は、俺に二本の傘のうちの一本を差し向けた。


 「ありがとうございます」


 研究のことにしか頭にないように見えて、思いのほか気遣いができるらしかった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「ライエルンの料理は、食べたことがお有りで?」


 店に入ると、コートを脱ぎながら男はそう言った。

 エルンハルトの出身は北の方なのでライエルン州に来たことも無ければライエルン料理を食べたこともなかった。

 ここは、西部戦線とも東部戦線とも関係ないというのが一番の理由だ。


 「初めてです。ここに来るのもライエルン料理を食べるのも」

 「そうですか、なら私が適当に注文をしておきましょう」


 男は、ウェイトレスを呼びあれこれと注文をする。


 「ライエルン料理といっても、肉がメインですから他の州とそこまで大差はないかもしれませんね」


 メニューの文字を追っていくと確かに、他の地方でも食べれそうなものがちらほらあった。


 「でもここ、私のお気に入りの店なんですよ。といっても基本、研究所からは出ないのでほんとに偶にしか来ないんですけどね」


 しばらく雑談していると料理が運ばれてきた。

 見慣れない形のパンと多彩な肉料理。


 「パンが気になるので?」

 

 男は、籠の中にあるパンを自分のもとに運びながらそう言った。

 

 「このパン、自分のいたところじゃ見かけない物なので」

 「このパンは、プレッツェルっていうパンですね。おいしいですよ」


 エルンハルトが試しに一口食べてみると柔らかくて食べやすかったのか、次々に口に運んだ。

 

 「いつも食べてた、硬いパンとは違っていいでしょう?」


 帝国国民の大半は週の初めに一週間分のパンを焼くので、硬いパンを食べることが多いのだ。

 好きでそうしているわけではなく作業効率を考えてのことだ。


 「柔らかいっていいですね」

 

 男は、ニコッと笑ってテーブルの上に並んだ肉料理も説明してくれた。

 ライエルンを代表するのは豚肉をローストした料理で、シュヴァイネハクセという骨付きのままの豚スネ肉を表面はカリッと、中はジューシーに焼き上げた料理に味の方向性の異なるシュヴァイネブラーテンという豚肉のブロックを皮付きのままじっくりローストしダークビールを使用したソースをつけて食べるあっさりした肉料理。

 さらには、付け合わせの赤キャベツのサラダやフランケン産の葡萄を使用した赤ワイン。

 それに、マッチするつまみのヴァイスヴルストという白いソーセージにネギとスパイスを混ぜたカマンベールチーズのオーパーツタ。


 「お仕事の話は、しないのですね?」


 エルンハルトは、この食事の間に仕事の話が出なかったことが気になったので尋ねた。

 すると男は、その質問をスルーして


 「デザートは要りますか?」


 と訊いてきた。

 さすがに、ここまでの量を食べたのだからエルンハルトの胃袋は既に満足していた。


 「これ以上は、入りそうにありません」


 そう返すと、男は残念そうに「そうですか」といってウェイトレスを呼び、自分の分のデザートを注文して食べていた。 

 その痩身のどこにそんなに入るのだろうと思うほどの食べっぷりだった。

 やがて、男は食べ終わると顔を上げ


 「あなたの歓迎会みたいなものですよ。私しかいませんが……。そこに仕事の話は無粋ぶすいでしょう。それに、私の持論ですがおいしい料理はその後の人間関係も仕事も円滑にしてくれます。ライエルンの料理は、どうでしたか?」


 なるほど、仕事の話を出さないのはそういう意図だったかとエルンハルトは思った。

 そういう意味でも


 「素晴らしかったです」


 と言うと


 「なら、よかったです」


 と男はクシャクシャの笑顔を浮かべた。

 

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