サラリーニャン にゃん太郎の試練

さくらみお

第1話


 三毛猫の猫山にゃん太郎は、今日も満員電車に揺られて出勤をする。


 にゃん太郎が勤める、佐久猫食品はニャー央線のにゃん田橋にある。

 今日も朝の電車の中は、猫でぎっしり。


 みんな猫のため、車内でもにゃーにゃーにゃーにゃーと五月蠅い。

 しかしこれは自然に出る音のため、敢えて気にしていない様子。



 とあるターミナル駅で電車は止まる。


 たくさんの猫が下りて、たくさんの猫が乗って来た。

 すると、一緒に一匹の蠅も入って来た。


 そうなると、大変だ。

 全員が目を光らせて、その車内は大乱闘となる。


 その日も幸か不幸か。にゃん太郎の居る車内に蠅が入って来た。


「ふぎゃー!」

「にゃぎゃぎゃー!!」


 若い学生がメインとなり、飛び回る蠅を追いかけて走り回っている……。


 ……しかしそんな混乱した車内でにゃん太郎は一匹、つり革に掴まって「はにゃあ……」と大きな溜め息を吐いていた。


 にゃん太郎は悩んでいた。


 にゃん太郎は八歳になる中年猫。

 パート勤めの妻一匹に、子供が二十四匹。

 子だくさん家族だ。

 奥さんは三度の出産で八匹ずつ生んだのだ。


 おかげ様で、家計は万年火の車。

 今は最初の子ども達は自立、次の子ども達は来年には社会人となるが、何かと問題ばかり起こす子供達は、まだまだ、にゃん太郎達の手を煩わせる存在で、実際に金銭面や生活面でも面倒を掛けさせられていた。


「あらぁ、猫山さん。ごきげんよう」


 車内で突然、すらっとした美しいボディコンスタイルの白猫の華猫かねこさんが声を掛けて来た。彼女はにゃん太郎と同期の受付嬢。八歳とは思えない美猫ぶり。

 しかし、未だバブルを忘れられない肩パットのスーツに、ワンレンで独身。

 ……ちょっとだけ時代錯誤のところが、男性を寄せ付けないのかもしれない。


 その華猫さんは、手に蠅を持っていた。

 にゃん太郎が、思わずじっと見ていると、


「あらやだ。昔の血が騒いじゃって……」


 と言って、その蠅をグシャリと潰した。

 この何百匹も居る猫の中、一匹の蠅を獲得した彼女。

 ボディコンギャルの前は、レディースに居たという噂は本当だったのかもしれない。


「それにしても、どうなされたんですか? 元気が無さそうですね」


「ああ、ちょっと困った社内の企画コンペがあって……」


「あらぁ。そんな事で落ち込んでいるんですか?」


 と、無神経な受付嬢は知る由も無い。

 このコンペの事を。


 本題を話す前に、にゃん田橋駅に辿り着く。


 他のサラリーニャン達を押して、何とかホームへと出る。そして、駅前ビル群にある佐久猫食品へと二匹並んで向かいながら、さっきの話の続きをする。


「あのですね、華猫さん。今回の社内コンペはですね……」

「あ! 今日からニャミリーマートで『にゃ~る』が10パーセントオフですって!」


 にゃん太郎の話など全く聞く様子がない華猫さんは、コンビニののぼりを見て、にゃん太郎の唯一の衣服の紺ネクタイを引っ張る。

(他のサラリーニャンも裸体にネクタイのみが基本にゃ)


「華猫さん『にゃ~る』はライバル社のご飯でしょ……?」


「ええ? ライバル社のご飯は食べちゃいけないんですかー!?」


「少なくとも、会社では食べ辛いでしょ?」

「平気ですよ。女にゃの子達はみんなバラエティに富んで美味しい『にゃ~る』ランチしていますよ」


 あっけらかんと話す華猫さん。

 僕もこの子くらい、神経が太かったら良かったのに、と思うにゃん太郎。


 会社に付くと、着替えをする華猫さんは階段で二階にある女子更衣室へと行く。にゃん太郎は正装で出勤しているため、そのまま正面にあるエレベーターに乗って、企画課のある七階へと向かった。





 にゃん太郎の席はトイレの一番近く。

 鼻が良く、綺麗好きの猫達にとって、トイレの近くの席は地獄だ。

 とにかく臭うから。


 企画課の席は、成績順。

 ナンバーワンの池猫いけねこ君は、猫が大好きな日当たりの良い縁側席をゲットしている。

 そこから、どんどんと暗くなり、にゃん太郎の席が最悪の末席なのだ。


「おはようございます」


 庶務の派遣社員・トラ猫の猫澤ねこざわさんが、にゃん太郎の年季が入りひび割れた深皿の水飲みを机に置いた。

 彼女は仕事が雑な上、とにかく生意気だ。案の定、水が零れて、にゃん太郎の書類を濡らす。にゃん太郎はちょっとショックを受けるが、自分の娘と同い年の彼女。怒る事も出来ず、ほくそ笑むと、


「きも!」


 と、一言言われて、去っていく。

 書類濡らしたの、謝れよ……と思うが、底辺のにゃん太郎がそんな事を言える訳もなく……気弱な彼はヘコむだけだった。





 ……さて。

 猫山にゃん太郎の猫となり(人となり?)も分かって来た所で、本題。


 にゃん太郎の会社、佐久猫食品は今までにみないほど、業績が悪かった。


 理由は、ライバル社ニャッスイの『にゃ~る』の爆売れのためだ。


 慌てた上層部は、とにかくヒット商品を出せ! と企画部に重圧を掛けた。


 イエスにゃんの企画部長は、その言葉を一字一句そのまんま会議で部下たちに告げると、みんな毛づくろいをしていた舌がピタリと止まった。


「にゃ、『にゃ~る』を超える商品ですか!?」

「俺の友達ダチ、三食にゃ~るですよ!?」

「にゃ~るに勝てるご飯なんて、この世にある訳ない!!」


 企画部のメンツですら、この調子。


 ちなみに『にゃ~る』とは。


 ニャッスイの独自製法によって、十五種類のお魚をブレンドし、お刺身の様にぷりぷりで肌触りの良く滑らかな食感を作り上げた、至宝最高のキャットフードなのだ。


 みんな、にゃ~るの事を考えただけで涎が出ると言う。

 実際、この会議中もにゃ~るの話題だけで全員が目をランランとさせて涎を垂らしていた。


「いいか! 次のコンペまでに考えてくるんだ! 特に猫山!!」


「にゃ、にゃい!」


 突然、呼ばれた末席のにゃん太郎。


「お前は入社以来、ずっと成績が最下位だ!わが社はこの通り不景気で無能な社員は要らないと言われている! お前は次の結果次第では、首もあり得るからな! 覚悟しておけ!!」


「にゃ、にゃ……」


 周りの猫達がそんな哀れなにゃん太郎を見て、ンナー、ンナーと同情の鳴き声を掛けたのだった。

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