推しメン日記

@kikka16

金曜日の渡辺くん

わたしは彼の名前を知っている。

人と人が知り合う時には、まず自己紹介をするのが普通で。

知り合いならば名前を知っているのは当然だけど、そうだったら嬉しいのだけど、そうではない私は彼の名札から名前を知った。

渡辺くん。

彼は、わたしが週2回訪れるスーパーの店員さん。


一回見ただけで記憶する、みたいな特殊能力があれば別なのだが、いち店員がスーパーに来るお客の顔をいちいち覚えている訳はなく。

まあ、よっぽど目立つお客なら記憶に残るかもしれない。

先週、サービスカウンターで18時締め切りの本日配送に12分間に合わなかったおばちゃんが、これでもかと買い込んだ水やら食料やらをこさえて、融通が効かないとかなんとか喚き散らし、結局断られていたのを思い出した。

あれなら一発で顔を覚えられそうだが、そういう悪目立ちはしたくない。

平凡に生きているわたしには、どう努力をすれば人の記憶に残る人間になれるのか皆目見当もつかない。

普通、が取り柄なわたしだけれど、この時ばかりは悔やまれる。

顔見知りになって世間話くらいできる間柄になれたら理想だけど、それは到底無理な話で。

大丈夫、わたしはわたしの立ち位置を正確に理解している。

わたしなんかのことを知ってくれてなくていい。

そうすればわたしは、いちモブとして、彼を見つめていられる。


そして今日、金曜日の夕方。

今のところ彼と会える確率はほぼ100%。

今日はいないのかと諦めかけた日もあったけど、18時に仕事を終えるパートさんと交代でレジに君臨した彼に、そうか今日は珍しく残業せずに退社できたからパートのおばちゃんと戯れる渡辺くんを見れたのかと理解した。

混む時間帯は全部のレジが解放されている。

彼は大体真ん中のレーンにいて、ベテランのおばちゃんたちの中で一人、渡辺くんだけが輝きを放っている。

吸い寄せられるように彼のレジの列へ並ぶ。

来週は仕事が忙しくなるから、自炊もままならないと思って今日はたくさん買い込んだ。

普段は買わない3袋入りの冷凍うどんと、美味しいと評判の冷凍パスタが、買い物カゴの大半を占領している。

また1週間後に会いに来れば間に合う量に比例するこの重さは、渡辺くんを眺めていると気にならなくなってくる。


「いらっしゃいませ。レジ袋は?」

「大丈夫です。」


今日もカッコいい。

20代後半か。もしかすると30代前半なのかな。

目がぱっちり二重で、少しタレ目。

幼い印象なのに、気怠そうな感じがたまらない。

やっぱりかっこよさだけじゃなくて、可愛さも併せ持っている。

それにしても大きな目。

会話の時はちゃんとアイコンタクトしてくれるから、目が合うと毎回キュン死んでいる。

バーコードを読み取るのに集中している彼をこっそりガン見。


「3,922円です。」


5,000円札をトレーに置いて、鞄からエコバックを取り出す。

エコバッグを左脇に抱えて、渡辺くんからのお釣りを落とすまいとスタンバってたら、なぜかお釣りを手に持った渡辺くんがレジの台から離れて、こっちに回ってくる。

むむ?

何、この新しいパターン。


「1,078円のお釣りです。重たいので台まで運びますね。」


びっくりして、思わずお釣りを受け取ろうとした手を一度引っ込めてしまった。

慌てて手を差し出し直してお礼を言う。


「す、すみません。」

「いつもより重たいですから。ここの台で大丈夫ですか?」

「はい!」

「またのお越しをお待ちしております。」

「あ、ありがとうございます。」


渡辺くんの表情は特に変わらなくて、ただ普通に親切にしてくれてるだけなのだけど。

心臓が、破裂しそうなほど!

バクバクしています!


最高かよ。渡辺くん。

お姉さんときめいちまったじゃねえか!

また来週の金曜日に!必ず会いに来ます!






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