第六話 王位簒奪

 連合王国軍はジルギスタン王国とコートワール公国の国境付近から、王都ラカルトオヌフに進軍した。


 城壁の外に陣取ったのは騎兵二千、歩兵八千の合わせて約一万の軍勢。対する王国軍は常設約一千と街の警備兵三百、近衛兵団約二百の、合わせて千五百しかいない。


 これは事前にエリック王子に付き従った強硬派貴族と、本来駆けつけるべき王国の危機に傍観を決め込んだ地方貴族が援軍を送らなかったからである。


 その中には穏健派も多数含まれており、自領で食い止めねばならないはずの敵軍を素通りさせた貴族もいた。つまり連合王国軍はほぼ無傷で王都進軍を果たしたのである。


「エリック! これはどういうことだ!?」


「父上の時代は終わりました。直ちにご退位頂き、その座を私に明け渡されますよう」

「き、貴様! それでもジルギスタン王家の者か!?」


「コートワール公国にあだなした挙げ句、国内の情勢を不安定にしたジュクロア兄上を野放しにし、あまつさえ王位継承権も剥奪しないとはあまりに浅慮せんりょでしたね」


 謁見えっけんの間、壇上のユグノレスト国王を始め、王妃ロレーヌ、長兄ジュクロア他三人の姫を、エリックが導き入れた連合王国軍の兵士が取り囲んだ。王妃と姫たちは恐怖に青ざめている。


 城の衛兵は殺されるか投降したため、この場には一人もいない。


「父上と兄上は潔いお覚悟を。母上と妹たちには不自由をかけますが、死ぬ必要はありませんのでご安心下さい」


 もっとも父上の後を追うと言うのなら止めはしませんが、と続けた第二王子の言葉に、四人の女たちは戦慄を覚えた。


 そこに一人の少女が両手にかせをはめられ、首に縄をかけられて連れてこられた。それを見たジュクロア王子が激しく動揺する。


「アンリ!」

「……」


「この女が兄上をたぶらかした張本人ですね」


「そんな! 私は……私はジュクロア殿下に脅されていただけです!」

「ほう。ではアンリ殿は本意ではなかったと?」


「そ、そうです。私はエリック殿下をお慕いしておりました!」

「私を?」


「はい! ですからどうかお助け下さい。悪いのはジュクロア殿下なんです!」


 エリックはアンリの正面に立つと、その顎をクイッと指で持ち上げた。


「ではシャネリア殿を貶めたのも?」


「は、はい、そうです! ジュクロア殿下のご命令で仕方なくです!」

「アンリ……お前……」


「なるほど、そうでしたか」


 顎から指を離したエリックの言葉に、アンリは微笑み安堵する。だが、それに対して第二王子は冷ややかな視線を彼女に送っていた。


「どうやらアンリ殿は舌を二枚お持ちのようだ」

「え……?」


「そんな貴女にはその舌を上手に使う機会を与えよう」

「あ、あの……?」


「兵士よ、話を聞いてやってくれ。大勢でな」

「はっ!」


 縄の先を持つ兵士がニヤリと笑う。


「あの……え?」


「さて、何人まで気が触れずにいられるか」

「エリック殿下……?」


「連合王国の兵士たちに可愛がってもらいなさい」

「ちょ、待って……エリック殿下、お待ち下さいっ!」


「連れていけ」

「はっ!」

「いやぁっ! いやぁぁぁぁっ!」


 抵抗するアンリだったが、屈強な男の力に敵うはずはない。首の縄を引かれ、両脇を抱えられて謁見の間から連れ去られていった。


「兄上もあんな女に躍らされるとは情けない」

「アンリ……貴様! 貴様貴様貴様ぁっ!」


「見苦しいですよ、兄上。母上と妹たちはどうしますか? 死にたくないなら父上と兄上に別れを告げて下さい。もちろん今生の別れです」


「陛下……ジュクロア……」

「「「父上……兄上……」」」


 王妃と三人の王女がユグノレストとジュクロアに悲しげな瞳を向ける。だが、怒りに震える第一王子とは対照的に、国王の顔には諦めのせいか穏やかな表情が浮かんでいた。


「ロレーヌ、そして愛しい娘たち。エリックもまさか血を分けた其方そなたたちを兵士共の慰み者にはすまい」

「もちろんです」


「ならば生きよ。と共に死ぬことはない」

「「「「陛下……」」」」


「エリックよ。ロレーヌと娘たちを頼む」


「母上には穏やかな暮らしを。妹たちには王族として役に立ってもらうことにはなりますが、無下に扱うようなことはしないとお約束しましょう」

「うむ」


 その後、王妃と王女たちが謁見の間から出ていくと、国王と第一王子の首がねられた。これによりエリック王子はジルギスタン王国の王位を簒奪さんだつ。翌日には王位に就いたことが王都中に触れ回られた。


 それを聞いた領民は絶望する。


 実はこれまでの王国は決して善政とは言えなかったが、少なくとも城下を歩いているだけで首を刎ねられるようなことはなかった。


 ところがエリック王子は貴族至上主義で、領民が理不尽に貴族に無礼討ちされようと、一切咎めようとはしなかったのである。つまり領民にとって彼が王位に就いたという事実は、貴族には絶対に逆らえないという恐怖政治の始まり以外の何ものでもなかったのだ。


 また、彼はコートワール大公家に敵意こそ抱いていなかったが、見下していたのも事実だった。兄が公国に仇なしたとは言っているものの、謝罪の上で国交を回復するつもりなど毛頭なかったのである。


 ただし、連合王国の一万の軍勢が味方についていたとしても、すぐに公国に攻め込むつもりもなかった。まずは連合王国の統一が優先事項だったからである。


 だがそんな彼の思惑をよそに、事態は思わぬ方向に進むのだった。

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