10、久しぶりのせり様に触れたいと思ってしまったのは我儘ですか

町の様子をちらちら見ながら、領主様の屋敷に向かう。

天気の良い日にも関わらず、あまり活気はないように思えた。

それどころか疲労感漂っている。


何か戻って来れない事情があるとは思っていたけど、とてつもない不安感が襲う。


セリ様は無事だろうか。


馬の手綱を握りしめる手に力が入る。


「サラ様、きっと大丈夫ですよ」

そんな様子に気づいているのか、隣に並ぶロブレットお兄様は優しく微笑んでいる。


「ええ、そうね」

私は努めて明るく言う。


少し後ろからついてきている、鴉に目をやる。

鴉はこの旅で必要以上のことを話さない。

だけどこの町も来たことあるのか、迷う事なく進んでいた。


調査しに来てくれていたし、それもそうか。


私は視線を前に向ける。

開けた場所に出ると、領主の屋敷はすぐそこだった。


馬を降り、手綱を持ったまま、ロブお兄様が屋敷の前の人に声をかける。

すると慌てた様子で、屋敷の中に入って行った。


すると中から、紺色の色の質素なワンピースを着た女性が出てきた。

私の前で綺麗にカーテシをすると、頭をあげる。


「サラ様、このような所へ、ようこそおいでくださいました」

堂々とした佇まいに、私のほうが驚く。

いつも夜会で見せている表情とまるで違うからだ。


「オリビア様、突然の訪問をお許し下さい」

私はそんな動揺を表にだすことなく、頭を下げ、被っていたフードを外した。


「セリエーヌはもうじき戻ってくると思いますので、どうぞ屋敷のほうへ」

オリビア様は、私達2人を屋敷の中へ案内する。


鴉は――は杞憂だと思い、後に続いた。


小さなサロンに通される。

屋敷の裏手にある山が一望できるような、とても素敵なところだった。


「サラ様はどうして、こんな僻地へ?」

オリビア様は優雅な仕草で、紅茶を飲む。


やはりいつも夜会での雰囲気とは、別人のように感じる。

それになんというか美しい。

少し日に焼けた健康的な艶肌、大きな漆黒の瞳はとても綺麗で、女性の私が見ても見惚れそうだと思った。

長い髪も艶やかで、無造作にアップにしていても、何というか大人の色香がある。


立ち居振る舞いも、普段夜会で見かけるよりも優雅で、あまり華やかな場に出られていない人に見えない。

男爵家なので、あまり私たちの近くにはいれないとは思うが、立ち居振る舞いがそこらの王族と比べても遜色ないと思う。


それにセリ様の顔立ちは母親似だなと思う。

会いたいと思っているから余計そう思ってしまうのかしら。


「はい、実はこちらの実情を勝手ながら、こちらで調べました。それで何かわたくしに出来ることはないかと思いこちらへ」


口に出してしまって、少し強引かなと思う。

本来の訪問の目的なんて恥ずかしくて言えない。


だけど、これが他の地方でも起きてしまえば、国への打撃は大きい。

税を納めている方々を守る義務は、私たち王族や貴族にあるのだから。


「まあ、それでこの男爵家へ?こんな末席の貴族まで……わたくしたちは幸せものですね」

嫌味ではなく、疑いようもない感謝の言葉だった。


本当の動機とは違い、少し心は痛むけど私は笑顔で返す。


そんなことを考え出している時、サロンの扉が勢いよく開いた。


「さ、サラ様?!」

頭には葉っぱをつけ、衣服や顔は泥だらけ、そんなセリ様が部屋に飛び込んできた。


「こら!セリ!そんな姿で、サラ様の前に――失礼でしょうが」

「し、失礼しました!」

そう言って踵を返そうとする、セリ様のシャツの背中を引っ張り、彼の動きを止めた。 


立ち上がり思わず手を伸ばしてしまった私。

会いたかった。

彼の役に立ちたい。

無事で良かった。


そんな思いが交差する。


「いえ、そのままで良いのです。私は王族として来たのではなく、セリ様の――」

友人――とは、少し違う。

これ以上の言葉は出来ない。

まだ何の意思表示もしていないのに。


少しは気にかけてもらえてるとは思うけど、それだけだ。

彼の優しさに、私は勝手に期待し、ここまで来てしまったのだから。


それにこの言葉は先程、オリビエ様に言ったことと真逆ではないか。


個人の感情ではなく、王族の責務の為にと言った矢先に、これでは本末転倒と思える。


そのままの体制で凍りついた私に、セリ様は振り向き視線を向ける。

動揺したように揺れる漆黒の瞳に、一気に頬が赤くなるのを感じた。


「ええっと、サラ様?」

彼に言われて、私はぱっと手を離す。


ひ、久しぶりにお姿を見れて、嬉しさのあまり触れたいと思ってしまった。

完全に私の我儘だ。


「サラ様、一旦お座りになっては?」

落ち着いたロブお兄様の声に頷き、座っていた椅子に腰掛た。


セリ様は一瞬難しい顔をしていたけど、母の隣に立ち、私達と向かい合わせになった。

座らないのは、自分の泥だらけの姿に遠慮したのだろうと思う。




「――母さん、セリ、一体どこへ――っと」

開いていた扉から、ひょこっと姿を見せて、セリ様とよく似た風貌の男性はこちらを見ている。


「カル、戻ってるからそう言いなさい」

「わりぃ」

彼は開け放たれた扉を閉めると、オリビエ様の横に座った。


「ええっと――今どういう状況?」

カル様は、私たちとオリビエ様、セリ様を交互に見て声を上げた。


「――男爵夫人、現状をお話し頂けますか?」

「ええ、そうですわね」


私は少し冷えた頭で、オリビエ様に問う。


ゆっくりとオリビエ様は現在の状況を説明した。


まず領民達に、原因不明の病が流行り出したこと。

この時点でオリビエ様は何かおかしいと、王都のタウンハウスに手紙を書いたこと。

セリ様が到着し、町の人達が使っている湧水を調査すると、井戸水に微量の瘴気が混じっていた。

簡易的ではあるが、元々この館で使っていた魔道具を改良し浄水器代わりにし、町に設置した。

川の上流の水源近くに何故か魔道具があり、瘴気が発生していた。

しかもその場所が屋敷と往復するのが半日以上の時間がかかった位置にあると。

魔道具の構造も複雑で、1日1、2時間の解除作業では、かなりの日数を要すると。

瘴気が発生しているせいで、魔獣達がうろつき始め、作業がさらに難航していると。


「それでは、屋敷と、その瘴気の魔道具の場所と往復できるように転移の魔法陣を敷くというのは?」

「――転移の魔法陣はそれなりの魔力の媒介がないと発動しません」

「それでは、この魔石を媒介にするのはどうでしょうか」

私はそう言うと、付けていたネックレスを外す。


男爵家の3人は唖然として、そのネックスレスを見つめる。


「お祖母様特性の、魔石込みのネックレスです」

「……サラ様?!」

側にいたロブレットお兄様が、驚きの声を上げる。


「しかし、そのような高価なものを――」

「わたくし、ここの領民を救いたいと思っています」

迷いなく告げる。


あんなに不安そうに見えている領民たちを、見過ごすことは出来ない。


ネックレスをオリビエ様に手渡すと、まじまじとネックレスを見つめている。


「ただの魔石ではございません。お祖母様の魔力も込められています」

「「「女王様の?!」」」


3人から驚きの声が上がった。


「――サラ様は一度言い出したことを撤回などならさぬでしょう。その方向で進めてください」

ロブレットお兄様の援護射撃で、3人は頷くしかなかったようだった。





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