9、懐かしい領地で母は正常運転でした。

9、懐かしい領地では母は通常運転でした

馬車に揺られ領地についたのは、王都のタウンハウスを出てから3日間後だった。

男爵家の領地は、大きくもなく小さすぎることもbなく、ごくごく平凡。

そして、ステファン家の一族も主にここにおり、自然豊かな田舎でのんびり暮らしている。


僕は学園に入ってからほとんと来てなかったけど、母は社交界シーズンを除き、月の半分以上はここにいる。


「セリ!!」

母は僕を見つけると、飛び込んで抱きしめた。

貴族としてのマナーもへったくれもないが、ここは一族しかいないので遠慮なしだ。


「は、母上・・・」

「貴方、魔力使いすぎて倒れたって聞いたわ!私がタウンハウスにいたら、私の魔法で回復させたのに!」

「――それもあって、カルは領地行きを薦めたのかもしれませんね」


カルの名前を口にすると、母は僕の体を離す。

「まったく、あの腹黒に育ったのは、きっとメチルのせいね、まったく――」

その後もぶつぶつと何か呟いている。


「母上、中に入りましょう。皆長旅で疲れています」

「ああ、そうだったわね!――食事とお風呂を用意しているから、ゆっくりして頂戴!」

母はそう言うと、僕についてきてくれた従者たちを労う。


「――あの、ダイフ様」

「どうした?」

「奥様の様子が王都にいる時とだいぶ違うような――」

「――ああ、奥様は王都にいる時はずっと演技されてるから」

「?!」


王都での母しか知らない従者がいたのだろう、驚きの目で母を見ている。


僕は苦笑し、その従者に近づいた。

「母は元伯爵令嬢だけど、叔父上の事業の失敗で無理矢理男爵家に嫁いだと聞いてるかもしれないけど、それは嘘だよ」

「えっ!?」

持っていた荷物を落としてしまった。


ダイフはその荷物を拾い上げ、言葉を続ける。

「奥様は、王都では気弱なフリをしているけど、本来の奥様は快活なんだよ」

気弱なフリをしている方が貴族社会で目立たないらしい。


母は父を見染め、猛烈なアピールもあり夫婦になった。

貴族社会では、政略結婚も多いのに珍しいことだ。


僕とカルの見た目は、美人系な母の血を大いに受け継いでいる。

魔力だけは僕にだけ遺伝したみたいだけど。

その代わり、カルは父の運動神経の良さを受け継いでいる。


「し、知りませんでした・・・」

「あまり王都ではここでの話をしないでね。母もかなり気をつけているようだから」

「わ、わかりました!」

従者はそう言うと、一礼してから馬車から次の荷物を下ろし、屋敷に持っていく。


「やはり奥様の演技力は凄いですね」

「うん、タウンハウスでの変わり様は、僕もいつも驚くよ」


母は王都にいる時は、それはしおらしく、とても気弱な女性を演じている。

社交会だけではなく、王都にいる時は全てそうだ。


自室に戻れば、大きな猫を被るのをやめるようだが、ここから王都に行く侍者もいつも驚いている。


「ささ、早く部屋へ――セリには先に話があるのよ」

母が屋敷の玄関から声をかけている。


ダイフを2人で目を合わせると、急ぎ母の執務室へ向かった。



母の執務室は、いつも古書独特の匂いに包まれている。

魔法に関する本がところ狭しと置かれている。

本棚もずらっと魔法関連や精霊関連のものが多い。


母のいた伯爵家は代々数々の魔法使いを生み出している家系だ。

母の父――僕にとっては祖父に当たる人は、かなり有名な魔法使いだったらしい。


だけど祖父が死に、母に兄が跡を継いでからは没落の一途を辿る。

その兄も死についに家は断絶したが、母は父と出会い男爵家へ嫁いだ。

母の弟――コード叔父さんも、この町に暮らしている。


「セリ、まずこれを見てほしい」

母はそういうと胸元から、紙を取り出し掌に乗せると息を吹きかける。

すると燃えがった。


燃える光の中で、『ビジョン』が見えた。

母の得意の魔法でもある。


数人の男たちが映し出されている。

その中の1人に、僕は見覚えがあった。



「これは――」

「最近ちょっとおかしなことが続いているのよ。健康な人が急に病気になったり」

「病気ですか」

「コードは、水が原因じゃないかと言ってるの」

「コード叔父さんが?」

母に進言しているということは、何かしらの確証があるのかもしれない。


ここの水は基本的には、山から流れ出ている湧水を使っている。

ここの屋敷は専用の湧水場があるが、町の人々は別の水源の湧水を使っている。


「うちのとは別のを使ってるはずだから、屋敷にいる人は何ともないのだけど。不審な人達がいるって言うのよ」

そう言うと母は掌を握って、炎を消した。


ここは交通の要所でもなければ、観光のできるような風光明媚な場所でもない。

あまり用がない人が訪れない辺鄙なところだ。

それに大した工業も産業もないため、町に暮らす人はほとんど自給自足で、男爵家も多くの税金をもらってもいない。

ゆえに、ステファン男爵家は裕福ではない。


「何故、ラウンクス伯爵の人達がいるのでしょうか」

僕は思ったことを口にする。

さっきの映像に映っていたのは、ラウンクス伯爵の息子ネシアだ。

僕通う特進科の学友で、何かと僕を敵対しているカブリエット=ミラーノの取り巻きの1人だ。


「ラウンクス伯爵――あのミラーノ公爵の腰巾着よね。何もないこんな所に何の用があるのかしら」

「――分かりませんが、僕が原因かもしれません。カブリエットは僕のこと、気に入らないようですから」

「そんな子供の喧嘩に親まで出てくるものかしら」

母は溜息をつく。


「王女様の事が原因なら、あるかもしれませんよ?」

ダイフがそれまで僕と母の会話を聞いていたようだが、何気なく言った。


「セラ様絡みね・・・ない話ではないわね」

母は少し難しそうな顔をしている。


王女様の婚約者になる為に?

僕が婚約者になんて、なれるわけがないのに。

いくら僕が想っていようと、彼女を結ばれるわけはないのに。


「まあ続きは明日にしましょう。今夜はゆっくり体を休めて――セリは病み上がりでしょ」

そう言うと、母は僕たちを食堂に案内した。


屋敷の人達と一緒に食事を取り自室に戻ると、僕は泥のように眠った――。







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