第13話 喧嘩

「持ってきたものはそれだけですか?」

「ええ。ノリで飛び出してきたもの。何か持ってくるわけないじゃない。」


ハンナさんはルカに対し、最初から帰るつもりないだろと言ってたし、それにルカも少し賛同していたはずだ。

だったら多少の着替えとか持ってこいよ。

目の前の出来事にいっぱいいっぱいになりやすいタイプか。


「では買い物に行きましょう。」

「そうだな。シャーマルの町を知るためにも繁華街に行こう。」


俺たちの住む家から歩いて10分程度の所に、シャーマルで唯一、人が多く密集して暮らしている場所がある。

そこには、食事処や服屋などが多く集まる繁華街のようなところがある。

ちなみに、俺とハンナさんが働きに行ってる食事処と花屋もここにある。

この繁華街も突風が吹くまではシャーマル中から人が集まり活気があったとのこと。

昼間は家にいる主婦や使用人が買い物に訪れ、夜は畑仕事などが終わった野郎共がこぞって遊びに来て、夜の街を楽しみ、次の日の朝に帰っていく。

昼と夜の顔を持つ素晴らしい場所だ。

しかし今では遠方に住む人用の荷馬車の本数も減ってしまった。

それに、今年は突風の影響で畑はほぼ全滅。

こんなところに遊びに来ている場合でもない。

だからこの街は、その近辺に住む人たちが必要最低限の買い物や食事をするためだけになってしまった。

俺たちは家から近いから気安く来ることが出来るけどね。


「さぁルカ。お洋服を買いましょう。」

「何よ。テキトーでいいわよ。・・・ちょっと!」


ハンナさんが目を輝かせながらルカさんの肩をつかみ、服屋に押し込んでいく。

女は服屋が好きというテンプレをハンナさんが実行するとは思っていなかったが、楽しそうなハンナさんは見ているこちらも楽しくなる。

これが天性の人たらし・・・ハンナさんの他者を引き込む人間的魅力はすごいな。

見た目がいいというのもあるが、声質、口調、笑うタイミングが絶妙な気がする。

俺にはずっと真顔だけどな。

キーボーツを作っていくうえで交渉が必要になったら、ハンナさんにお願いしようかな。

相手が簡単に用件を飲んでくれそうだ。

そんなハンナさんはルカを着せ替え人形がごとく扱った。

ルカさんの顔が死んでいくのに反比例し、ハンナさんの顔が輝いていく。

俺はすでに飽きていたので、獣人族用の服はどうやって尻尾を出しているんだろうと分析・観察していた。

しばらくすると、会計を終え、上下セット3着抱え戻ってきた。


「本当はもっと買いたかったのですがお金に余裕がありませんので断念いたしました。」

「へいへい。お金に頭が回る程度には理性が残っててよかったです。」

「さて。マチダ様の服も買いに行きましょう。」

「はい?別に俺は今の段階で生活できるくらいには服持ってるのは知ってるだろ。」

「これから活動していく上で多くの人に会うことになるはずです。外行き用の服が必要だと思いますよ。」


ルカが静かに俺の肩に手を置き、あきらめろと首を振った。

確かに、この国の正装みたいなものは知らないから、ルカのついでに買うのもいいな。

ん・・・ハンナさんの人たらし能力に乗せられてるかこれ。

そのまま俺たちは男性用の服が多めに売られている店に行った。

ルカの時と同じく俺に服をあてがい、ルンルンで選んでいく。


「いいですね。やはりその外見には緑系のジャケットが似合いますね。」

「やはりってなんだよ。俺の服は初めて選ぶだろ。」

「・・・言葉選びを少し間違えました。他者から見て印象がいいですよ。」


緑のジャケットに白のズボン。

正装なのに緑か。

正直、この世界に来た瞬間に見た目そのものが別人になっているから、この格好が似合っているのかわからない。

それに この国の流行りなんかも分からない。

ハンナさんが選んだんだし、きっと間違いでは無いはずだ・・・多分。

服を選び終えた俺たちはルカさんに必要な生活雑貨を買い、適当なところで食事をした。

大変平和な休日の過ごし方だ。

そんな、のんびりとした思考のまま帰り道を歩いていると、ルカさんが唐突に足を止めた。

そして、ルカさんは黙ったまま狭い路地を指をさした。


「どうしたん?えっ・・・あれって・・・。」

「男の大人が二人、狭い路地で幼い女の子に声をかけていますね。ほぼ確定で犯罪行為でしょう。」


犯罪という言葉を発し、ハンナさんが路地に向かって歩き出す。

気づいた以上は何かしないといけないけど、俺ができる事って特にないんだよ。

自警団を呼ぶにしても、ここから駐在所みたいなところまで歩いて15分くらいの距離にある。


「・・・大丈夫よ。ハンナについて行けば。一応、あんたも男としてついて行きなよ。あのクズ男たちの牽制にもなるから。」


そうですか。

まあ・・・ウェンライトの血筋を信じますか。

めちゃくちゃ怖いけどハンナさんの後ろをついて行く。


「あなた達、その子に何をしているのですか?」

「あん?なんだよてめーら。別に何してようが・・・。」

「おい!落ち着け!こいつの髪と瞳と種族・・・。逃げるぞ!」


ハンナさんを見るなり、その男たちはそそくさと逃げて行った。

ハンナさんは逃げていくそいつらを睨みつけた。

店長も俺がハンナさんの家名を伝えた時、髪と瞳と種族のことを指摘していた。

ウェンライト家はエルフで銀髪碧眼というかなり目立つ特徴があるということが知れ渡っている。

これが「四豪家」の影響力か。


さて、問題はこの少女だ。

今にも泣きそうな顔になっている。

まず、どうしてこの子は一人で外にいるんだ?

年も4・5歳に見えるし、一人で出歩いているのはおかしい。

年齢もそうだが、今は突風のことがある。

親が子供を外に出したくないという問題を解決することが俺の活動目的の1つでもある。

この子はそれに反している。

すごく胸糞悪い事情な気がする。

とりあえず、この子に優しく話しかけて情報を聞き出そう。


「大丈夫か?・・・あー俺たちは悪い人じゃないよー。」

「マチダ様・・・その言い方は悪い人の言い方です。お父さんかお母さんはどうしたのかな?」


ハンナさんが少女の頭を撫でながらやさしい口調で話しかけた。

ハンナさんのタメ口は新鮮だ。


「・・・迎えに来るからここで待ってなさいって言われた。」

「どのくらい待ってるの?」

「一日くらい?」

「そうなのかー。約束守って偉いね。・・・これは確定ですね・・・マチダ様。」

「捨て子か。事情はどうあれ腹立たしいな。・・・ん?この子の膝から血が出てるな。」


絆創膏なんてものは無いし、包帯を持ち歩いているわけでもない。

俺がポケットからハンカチを取り出そうとしているとルカさんがその子に近づいていき、膝に手をかざした。

そうか・・・こいつの母親、治癒魔術が使えたな。

ルカが治癒魔術を使えても何もおかしくないし、ましてやこいつは怪物と呼ばれていたくらいだ。

このくらい余裕なんでしょ?と思っていたが、ルカさんは結局少女から目をそらし、かざした手を離してしまった。

ルカさんは何をしようとしていたんだ。

とりあえず、俺は少女の傷口の血を拭き、ハンカチで覆ってあげた。


「さて、この子どうするか?」

「自警団に預けましょう。捨て子かどうかも正確に判断できませんし。それに捨て子だとしても、勝手に保護するのはこの子のためにもなりません。」

「・・・そういう保護施設はあるの?」

「自警団が運営する孤児院が街に必ずあります。心配しなくて大丈夫ですよ。」


俺たちはここから一番近い自警団の駐在所にこの子を連れて行った。

ハンナさんはその駐在所に近づかなかった。

結局、俺が一人で駐在所に入っていき、この子の事情を説明した。

自警団の人たちは優しく対応してくれ、家族を探し出したうえで、問題があれば保護施設に預けてくれるそうだ。

問題が解決して胸をなでおろしながら2人の元に戻ると、大きな声で言い合いをしていた。

今の一連の出来事に喧嘩になる要素があったか?


「さっきの男2人をなんで当たり前のように逃がしているのよ!前のあんたなら絶対許さないじゃない!正義感はどこに行ったのよ!」

「それを言うならルカ!あなたもなぜあの子に治癒魔術を施してあげなかったんですか!あの程度の傷であればあなたでも治すことができるでしょ!あの子にあなたの家族事情は関係ないじゃないですか!」

「うるさいわね!家族のことを持ち出さないでよ!あんたこそウェンライトの誇りを忘れやがって!」

「ルカこそ!親からの教わった治癒魔術を・・・いえ"魔導"でしたか?」

「この!嫌味ったらしい言い方しやがって!」

「おいお前ら!なにを喧嘩してるんだ!」


つかみ合いになりそうな2人を無理やり引きはがす。

今日の朝の会議とか服を買っている時の2人を見たら大丈夫だと思ったが、結局仲は良くないようだ。

遠くからなんとなく聞こえた内容的に本来の自分たちであればできることを"やらなかった"ということがお互いの怒りにつながったらしい。

ハンナさんはあの犯罪者の捕縛を、ルカは少女の傷を治すことを、できるのにやらなかった。

やらなかった理由はこいつらの過去にあるのだろう。

俺は今後のためにも、こいつらの過去を知るべきなのだろうか?

・・・分からない。

俺がそのような他人の考えが理解できる人間なら、さいたまズの解散は発生しなかったはずだ。

クソ・・・もやもやする。


俺たちはギクシャクしたまま家に帰ってきた。

すると珍しく、郵便が届いていた。

差出人はグレイソン・ヤング。

国家魔術師からだった。


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