第30話

 翌日の朝だった。監督から朝5時半に連絡があり、眠い目をこすりながら電話に出ると、監督は焦りながら言った。


「深雪が倒れてしまって、俺お前の全国大会行けねぇ。代わりに熊谷に頼んだから!」

「え、あの熊谷さんすか?!」


 監督の代わりに全国大会に連れ添ってくれる熊谷さんは、監督よりも怖く、監督よりも厳しくそして暴言厨という最悪な人だった。正直僕は苦手で、全国大会を欠場したくなる程だったが、今更行かないという選択肢もなく、なくなく熊谷さんに連絡をし、当日お世話になることの礼を入れる。


「あ、もしもし。熊谷さん」

「おう。リュウか」

「はい。龍介です!」

「お前の全国大会楽しみにしてる。負けたらボコボコにすっからな」

「はい。期待に添えるよう全力で戦います。当日宜しくお願いします」

「現地集合だからな」

「はい!」


 プツッと電話が切れ、僕は一息吐く。野太い声から感じる怖さは未だに身体が、耳が覚えていた。もう一度深いため息を吐くと、茉莉姉さんが後ろから声をかけてくる。居たのに気づかず、僕は情けない声が出てしまった。


「おはよ龍介くん」

「おはようございます」

「朝からため息ついてたけど大丈夫?」

「はい。大丈夫です!」

「龍介くん。おいで」


 茉莉姉さんは両手を大きく広げ、僕に抱きつけと言ってきていた。僕はそんな甘える年齢でもない。首を横に振り断ると、茉莉姉さんはムスッと頬をふくらませながら抱きついてくる。


「ね、姉さん!」

「いいから、たまには甘えてよ」

「いいですから」


 ふわっといい匂いのする茉莉姉さん。僕はその匂いで、変な気分になってしまいすぐにでも離れたかったが、茉莉姉さんは離してはくれなかった。そしてタイミング悪く、梨々花が現れてしまった。


「朝から何してんの」

「り、梨々花ちゃん」

「お兄ちゃん。お兄ちゃんはやっぱりお姉ちゃんが好きなんだ。へー。私じゃないんだ。もういい」


 梨々花は見て分かるほどに病んで、そして不貞腐れ部屋に閉じこもろうとする。


 それに追い討ちをかけるように茉莉姉さんは言った。


「また私病みましたアピールってダサすぎない?」

「は?」

「それだから梨々花には龍介くん近寄らないのよ」

「……うるさいなぁ。いちゃこらしてるあんたらには分からないだろーしもういいよ」

「ふふっ。なら龍介くんは独り占めさせてもらおっ」


 茉莉姉さんは梨々花に対して喧嘩を売りまくる。その姿に僕はただ怖いと感じていた。そしてもっと怖いのは僕の胸あたりに感じる、恐ろしいほどの柔らかさだった。


 早く離れないとまずい。そう感じていた。茉莉姉さんの頭を撫で回し、急いで離れて食パン1枚を齧りながら僕は理性を取り戻すために、坐禅を組んだ。

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