27. 死霊の覇王(オーバーロード)
【side:獅子王会長】
どうする……どうすればいいんだ———ッ?!
有効な解決策は一切思い付かない。
それでも何か対策を講じなければS級プレイヤー全員が——いや、全ての日本人が命を失うことになる。
そのような悲惨な状況だけは、絶対に阻止しなければならない。
「か……いちょう。私が……、防御と回復の
隣で恐怖に震えながらも、何とか声を絞り出す唄くん。
唄くんの全力サポートがあれば一時凌ぎにはなるだろう。
それまでに何とか戦略を練らなければ……。
だが——。
——突如、何の前触れもなくダンジョン内の気温が急激に下がり、周囲の
水系最強のスキルである【水態掌握】の能力を持つ、海原プレイヤーによる超範囲凍結魔法——《ゼロ・フリージア》。
それは我々にすら知らされていない、完全な奇襲攻撃だった。
「ウォォォォォォォォォォ—————ッッ!!!」
……そう考えた私と唄くんを除いたS級プレイヤーたちは、叫び声を上げ気迫で震える身体を動かして畳み掛けるように攻撃へと転じる。
——
盾をかざしながら猛突進する岸野プレイヤー。
二刀の魔剣で斬撃を繰り出す黒山プレイヤー。
四属性複合の一点突破な矢を放つ美空プレイヤー。
鋭利な氷塊を数多に創造し、回避不可へと追い込む海原プレイヤー。
スキル【地形操作】で地面を巨大な腕に変形させ、巨人を思わせる豪快な一撃を下す九重プレイヤー。
見事な連携が生み出した、渾身の攻撃。
私の知る限り、かつて日本のプレイヤーたちがこれほどまでに連携した攻撃を見せたことはない。
全ての技の波長は見事に合わさり、文字通りの奇跡を起こすかに思えた。
だが……。
「……小賢しい。我を畏れぬ愚か者ども」
そう……たった一振り。
それだけで奇跡は簡単に打ち砕かれ、S級プレイヤーたちは見えない何かに身を貫かれる。
身体が軽く宙を舞い、そして崩れるように地に落ちた。
「そん、な……」
「今の攻撃……。唄くんには見えたかい?」
「いえ、全く……見えませんでした」
感じた通りだ。
スピードの速い魔法が使用されたなどという次元ではない。
全く見えない攻撃が繰り出されたのだ。
感じたことのない恐怖に加えて、無色透明の圧倒的な破壊力を帯びた攻撃。
歴戦のS級プレイヤーと言えども、絶対に避けられるはずがない。
全員かろうじて息があるみたいだが、出血が酷い。
即死しなかったのは、唄くんが機転を効かせて事前に防御の
「回復の
震えて動けずにいた唄くんだったが、目の前の状態を見て自らを奮い立たせ【バードソング】を使用する。
出血は立ちどころに止まり、みんなの青ざめた表情が数秒毎に回復していく。
治療も上手く進み命に別状はなさそうだ。
この場で
唄くんの言う通り、一度戻り策を練らなければ待つのは死だけだ。
私が敵を惹きつけ陽動すれば、何とかみんなでゲートの外へ戻ることができるかもしれない……。
そんな私の考えは甘かった。
パーティー戦の基本は、いかにヒーラーを潰し機能不全へ追い込むか。
言葉を話し、知能を持ったモンスターがそれに気付かないはずがなかったのだ。
「ほぅ。その女はサポートだけでなく回復まで使えるのか。実に邪魔な存在だ……真っ先に潰しておこうか……」
まずい……。
このままでは唄くんが攻撃を受けてしまう。
ヒーラーがいなくなれば、全員生き残ることは不可能に等しい。
もちろん魔法杖から放たれた攻撃は見えていない。
それでも攻撃の軌道を察知し咄嗟に行動できたのは、スキル【百獣の王】の……獣の第六感と言うべきかもしれない。
勢いよく地面を蹴り上げ、唄くんを守るために間合いへ入る。
——防御の
見えない何かはいとも容易く皮膚を透過すると、鮮血が噴き出す。
激痛が走ると同時に、ミシミシッ……と鈍い音を立てながら肋骨が砕けるのを感じた。
そして次の瞬間、唄くんを巻き込みながら宙を舞い……遥か後方へと——————。
・・・・・・
・・・
攻撃を受けて何分経過したのだろう。
頭を強く打ってしまったからか、靄がかかったようにボーッとする。
視界もぼやけて見え辛い。
地面の冷たさ……腹部から未だ広がり続ける赤黒い血溜まり……。
そして、上から降り注ぐ雨……んっ?
どうして雨が……?
ダンジョン内で雨が降るなど起こったことがない。
不思議に思いしっかりと目を凝らし確認すると、心配そうに上から見下ろす唄くんの瞳から零れ落ちた涙だと分かった。
「あぁぁぁぁ—————ッ。会長の傷、塞がらない……どうしたらいいの……」
泣きじゃくりながらもずっと治療してくれていたらしいが、頭がボーッとするせいか全く気付けずにいた。
この調子だと耳も聴こえ辛くなっているようだ。
唄くんの全身を確認すると、怪我はしているが致命傷には至っていない。
守りきれたことにホッと安心するも、自分はもう永くないことを悟った。
「唄くん……最期に頼みがある。電話を……かけて欲しい。彼に……」
止まらない涙を流しながら、唄くんは慌ててスマホを取り出し操作する。
その間に私の出血も、勢いを増すばかりで止まらない。
私の考えが正しければ、きっと今頃は……。
繋がってくれ……頼む……。
切なる願いを胸に抱き、電話が繋がることを祈り続けた。
◇
【side:星歌】
——五十二箇所のA級ダンジョン。
全て片付け終え、スター・ルミナスのギルド本部へと帰還したのは、S級プレイヤーたちがダンジョンに潜って少し経った後だった。
かつて誰も成し遂げたことのない短時間での単独攻略は、ニュース速報でも報道され世界中の人々の知るところとなった。
連絡もせず勝手に行動したことは、留美奈に涙ながら怒られてしまった。
巻き込みたくなかった気持ちは察してくれていたが、そういう問題ではないらしい。
ただ、俺の選択は間違っていないと自負していたためあまり気にはしていない。
軽くシャワーを浴びた後、ソファーに座りS級ダンジョン攻略の生中継に釘付けになっている愛ちゃんの隣に座る。
「星歌お兄ちゃん。パパは……パパ達はきっと大丈夫だよね」
幼いながらも、とても危険なことに挑んでいるということが分かっているのだろう。
無意識ながら握りしめている御守りに力が入っているようで、クシャッとなっていた。
「きっと大丈夫だよ。お父さんは本物の実力者だし、日本が誇る七人のS級プレイヤーが一丸となって挑んでるんだ。全員無事に帰ってくるよ」
「うん……だよね。早くパパに会いたいな。帰ってきたらね、遊園地に行こうって約束してるの!」
「遊園地いいな。パパと二人で行くの?」
「うんっ! パパがどうしても行きたいって言うから、愛がデートしてあげるの」
少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、愛ちゃんはそう答える。
恐らく照れ隠しで "デート"という言葉を使っているだろう。
当の本人も、ものすごく楽しみにしているのは表情を見れば分かった。
——しばらくして生中継の画面には、死霊系統のモンスターが画面いっぱいに映り込む。
この時、俺は戦場にいなくてもはっきりと感じた。
……力の奔流が天に向けて流れている。
……恐らく全てを操るボスモンスターが、上から見下ろしているのだと。
戦況が悪くなるにつれ、愛ちゃんの表情が青ざめていく。
そして——自らを
「星歌お兄ちゃん、画面が映らなくなってからかなり経つよ……。パパはどうなっちゃったのかな?」
瞳に溜まった涙は、今にも零れ出しそうなほどいっぱいになっている。
俺の目から見て
——プルルルルッ!!!
静寂の中、机の上に置いていたスマホがけたたましく鳴り響く。
画面には、ダンジョン内にいるはずの唄さんからだった。
「もしもし……唄さん?」
「あ、あぁ——ッ……。星歌さん、今どこにいますか!?」
「ギルド本部ですよ。安心してください、A級ダンジョンは全てカタつけておきましたから。そっちは大丈夫ですか?!」
「さすが……ですね……。実は……会長が、傷が塞がらなくて……。もう……助から……」
唄さんの言葉は途切れ途切れで、聞き取り辛い。
ただ彼女がここまで取り乱す姿は、初めてであるため驚かされてしまった。
ザザザッ……と雑音に耳から少しスマホを離すと、すぐ後に獅子王会長のか細い声が聞こえてきた。
「星歌くん……。約束通り愛の傍にいてくれているね。このスマホを愛に聞こえるようにしてほしい……」
通話をスピーカーモードに切り替えて、机の上に置く。
「愛……聞こえるかな……?」
「パパ————ッ!! 電話くれたってことはもう帰ってくるの? 中継は切れちゃうし心配したんだからね! 早く遊園地に行きたいなぁ……。愛ね、すーっごく楽しみにしてるの! 一緒に乗りたい乗り物もいっぱいあるし、パレードだって見たいし……。それに、それにね——」
「……ごめんな、愛。パパは、もう帰れないんだ」
「……なん、で……そんなこと言うの?」
口では元気そうに話している愛ちゃんだったが、本心では父親が危険な状態であることに気付いていたのだろう。
その証拠に話している間、ずっと瞳から涙が零れていた。
その姿はまるで、もう叶わないことを知っているかのようだった。
「ご飯は好き嫌いせず、お菓子は程々にね。いっぱい勉強して……好きなように生きなさい。キミの成長を、ママと二人でずっと見守っているからね」
「や、やだ……。やだよ、パパいかないで——ッ! パパはずっと一緒にいてくれるって、愛の隣にいるって言ってたのに……パパッ!!」
「ごめんな……愛、愛しているよ」
「ひ、ひぐ——ッ……。ま、まなも、パパのことだいしゅき、だよ……」
「ありがとう、パパは幸せだよ。……星歌くん、愛のことを……国民のことを……日本の未来を……キミに託す。頼んだ、よ……」
俺が返事をするも、もう言葉は返ってこない。
スマホの向こう側からは、唄さんの咽び泣く声だけが聞こえている。
——獅子王会長が息を引き取った。
愛ちゃんが悲しみを全身で表現するように泣き叫ぶ。
その悲痛な声はギルド本部全体に響き渡った。
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