14. 現ナル幻界-アザトース-

「——《現ナル幻界アザトース》!」


 天に掲げ、眩しく輝きを放つ黄金の光剣を主軸に、煌めきの奔流が巻き起こる。

 そして己を中心に、七色に輝く光の領域がぶわわーっと広がっていく。

 それは豪炎寺が自慢していた『灼熱の領域』を完全に上書きするかのように……。


「ぼ、ぼくの領域が……。僕の世界が……消されていくだと!? やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 当然、放たれているのは光だけではない。

 世に存在する全ての者を圧倒しうるほどの、凄まじいエネルギーがほとばしっている。

 同時に息を呑むほどに美しく魅了される『虹光の領域』を前に、豪炎寺は目を奪われ立ち上がれずにいた。


「……さ、さささ……最終兵器を……。究極魔導砲台——『アルティメットカノン』を準備しろ!」


 喉の奥から絞り出すように、何とか発せられた豪炎寺の声が『煉獄の赤龍』のギルドメンバーの耳に届く。


 堅牢な要塞の壁面がぎしぎしと音を立てて開き、中から角のような二つの超巨大砲台が歪にも顔を覗かせる。


「これはS級プレイヤーですら防ぐのが難しい、いわば人類における史上最終兵器と呼ばれるものだ。これならキサマを———」

「その程度の攻撃で、今の俺を倒せると思うのか?」

「……キ、キサマッ……」


『アルティメットカノン』とやらがどれほどのものかは知らないが、今の俺ならいとも容易く消し飛ばせるだろう。

 理屈は説明出来ないが、そう確信していた。


 既に超巨大砲台には、エネルギーがチャージされている。

 目をつむりたくなるほどの真紅の閃光が、一秒毎に激しさを増し、膨大なエネルギーが蓄積されていく。


 ふと、豪炎寺の方へと視線を移す。

 絶望に歪んでいたはずの彼の表情は、いつしか歓喜に満ち溢れており、瞳は爛々と輝き、裂けた口から爬虫類のように尖った舌でちろりと唇を舐めている。


 俺には理解出来なかった……奴が見せた表情の意味を。

 確かに視界に映り込む紅の閃光は噂以上のもので、S級プレイヤーでさえも簡単に葬ってしまえるだろう。


 それでも俺の生命活動を止めるには至らない。

 まるで足らなすぎる。

 それなのに、何故だ……?


 考えても答えは出ないまま———その時が訪れる!


 エネルギーの収束が止まり、死の閃光が完成に至る。

 すると同時に、ひときわ真紅に輝きを増しながら大気を震わせた。


「フッ、フハ、フハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! 『アルティメットカノン』を発射しろぉぉぉぉ!!! 対象は——— "白咲 留美奈" だ!」


 豪炎寺はそう告げ終えると、全身で悦びを表現するかのように両腕を天に掲げる。


「さぁ、どうする? 今のキサマは確かに人智を超越していると言ってもいい。『アルティメットカノン』ですら防げる可能性があるのだろう。でもキサマの愛しい留美奈を守ろうとすれば……僅かでも隙が生まれてその時が最期! 守らなければ留美奈は骨すら残らずに消し飛ぶぞ? どっちを選択しても僕の勝ちだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そうか……。

 だから豪炎寺は急に態度を変えたのか。

 クズがテンプレで考えそうなことだ。

 例え砲撃が留美奈を襲っても、俺が一瞬で移動すれば対処はできる———


 ——でも動かない。

 動けば奴の思惑通りに事が進む。

 それに豪炎寺の行動は——想定済みだ!


 留美奈の方へ振り向くと、少し顔が引き攣っている。

 瞳で、どうすればいいの……と問いかけているように見えた。



 ——絶対に大丈夫だから。俺のこと信じて。


 ——うん……そうだよね。星歌くんはいつだって私のことを一生懸命に守ってくれた。だから星歌くんの言葉なら、どんなことだって信じれるよ。だって私は星歌くんのことが……。



 それは決して言葉で交わしたわけではない。

 でも俺たちは瞳を通じて、確かに意思疎通したのだ。


 そして——。

 行き場を失いかけるほどに最大限蓄積された "死を告げる真紅の閃光" は、真っ直ぐ一直線に留美奈へ向けて放たれる。


 風を切り空を裂き、訪れる "死" の瞬間をカウントダウンするかのような不穏さが空間を支配する。


 その場を動かない俺の姿を確認し、豪炎寺を筆頭に『煉獄の赤龍』のギルドメンバーの誰しもが、留美奈へ確実に命中すると確信を得た。


 ——が、致死の閃光は留美奈に届かない。

 厳密に言えば触れる寸前に無色透明な何かに阻まれている。


「こ、この防壁はまさか!?」

「あんたの予想通りだぜ。豪炎寺!」

「世界に一つしかない最強の盾アイテム……『天蓋ノ守護』。所持者は獅子王会長のはずだろう? どうしてキサマが!?」

 ———————————————————————

 ■『天蓋ノ守護』(国宝級アイテム[SSS])

 ⇒どのような攻撃であったとしても、所有者を必ず守ることができる《絶対防御》の力を宿す。一度発動すれば守護の機能を失う。———————————————————————


 いずれにせよ、豪炎寺を追い込めば魔導砲台切り札は必ず使ってくると予想していた。

 より安全で確実に留美奈を守るためには、世界に一つしかない『天蓋ノ守護』に頼るしかなかったのだ。


 《絶対防御》の役割を終えた『天蓋ノ守護』は効果を失い、ただの古びたお守りに姿を変える。


「こ、こんなことが……。まさか獅子王会長から盗んだ? ……いや、できるはずない。なら——」

「——譲ってもらったんだ。取引してな」

「譲って……? キサマにこのアイテムの価値が分かるか?! これがあれば例え世界が滅びるほどの天変地異が起ころうとも、生き残れるんだぞ!? そんな貴重な国宝級アイテムをキサマなんぞに譲る訳が……」

「だから言っただろう、取引をしたって。三つの交換条件とな」

「……バカなッ!!」


 万事休すといった様子で、豪炎寺は膝を折り地面に突っ伏す。


 それでも瞳は死んでいない。

 まだ戦う意志が残されている。

 その証拠に、奴の手が再び刀の柄に触れ——そして心の奥底から叫び声を上げた。


「クッソォォォォォォォォォォォォォォォ!!! まだ終わらん! この僕が、最強の、S級プレイヤーなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「——いや、これでフィナーレだ。豪炎寺 紅ッ!」


 ——ここからは、残りの力を限界まで振り絞ってやる!


『虹光の領域』が発する高エネルギーが、俺の中へと流れ込み全身を満たしていく。

 右手に握る黄金色の光剣の周囲に、腕に、体に、足に……入り混じり煌めく七色の光が纏われていく。


 俺は考えた。

 確実に豪炎寺を屈服させる方法を。

 剣技では敵わない……。

 それは武器が一本ずつだから。

 なら二刀流で……。

 いや——


 "——それを凌駕する数の剣で穿てばいい!"


 俺の祈りにも似た想像力が《現ナル幻界アザトース》に反映される。


 右手に握られた圧倒的存在感を放つ、七色に輝く剣。

 それと同じものが、どこからともなく空へ創造されていく。

 十……二十……瞬きをする間にも次々と……。


「あ……あぁ………」


 言葉を失ったように口を開閉させたのは豪炎寺だけではない。

 ギルドメンバー全員が空を見上げて、その光景に震撼する。


 夜空に出現し、虹色に煌めく光の星剣。

 ——その数、千本ッ!


 夜空を背景にオーロラか天の川にも見える情景は、ただ一人のプレイヤーが創り出した現象とは思えない……。

 明らかに次元の違う、神技に等しいものだった。


 それはあくまでも《現ナル幻界アザトース》というスキルから生まれた技に過ぎない。

 それでも編み出した自分の奥義を、ハッキリと形にするため命名する。


「——サウザンド・スターレイン!」


 千本の星剣が、流星の如く眩い軌跡を引きながら天より放たれる。

 そして音も無く降り注ぐ星々の煌めきは、無情にも全てを穿つ。


 止め処なく無限にも等しいその猛攻を前にしては、剣技などまるで役に立たない。

 なす術なく豪炎寺はただただ蹂躙されていく。


 もちろん絶壁と謳われた、自慢の要塞もシールドともろとも破砕していき、完全に崩壊へと至るまでに時間を要しなかった。


 《現ナル幻界アザトース》で生み出されるのは、幻の世界であり幻術。だがうつつ——つまりは現実に起こっている現象。


 豪炎寺は本当の意味で剣に貫かれた訳ではない。

 それでも穿たれたという事実は脳裏に焼き付き記憶される。

 体に負うダメージは適切な治療をすれば回復するが、心に刻まれた恐怖やダメージはそう簡単にいかない。


 千本の星剣が降り注ぎ終えた後……。

 豪炎寺は体をひくつかせ、ヘタリと座り込んでいた。

 その口からは涎が垂らされ、恐怖のあまり失禁し、嗚咽を漏らす。


「これで、俺の勝ち……だ!」


 七色の煌めく波動が静かに収束していき、『虹光の領域』は消えていく。


 この場に向かうまでの全力疾走から始まり、真剣による勝負、そして——。


 まだ不慣れな状態の『覚醒スキル』を、限界を絞り切ってまで使用したのだ。

 既に疲労はピークに達していた。


「さすがに……疲れたな……」


 今はただひたすら眠りたい。

 そんな衝動に駆られ……瞼を閉じ、深く息を吐きながら後ろへ倒れ込む。


 待っているのは固い地面だとばかり思ったが、柔らかい感触と優しい温もりに包まれる。


「本当にありがとう、星歌くん。大好きだよ……」


 耳元で囁くその声を最後に、俺は深い眠りについた。

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