08. 真の実力者

 私は夢でも見ているのかな……。

 視界に広がるのは『E級』である彼が、赤子を捻るかのようにゴブリンの大集団を制圧していく姿。

 矢も剣も魔法すらも回避して、自身の攻撃を的確に急所へ撃ち込む様子だった。


 その動きはとてもE級プレイヤーには見えない。

 もはやA級……いや、S級並みの実力者であることは明らかだ。


 天川 星歌くん——彼は私にとって、小さい頃のいわゆるお隣さんだ。

 幼いながら『大きくなったら、プレイヤーになってみんなを守るんだ!』なんて、凛々しく夢を語る姿を今でもハッキリと記憶している。

 八歳の時に親の離婚が決まり引っ越してからは、会う機会がなくなってしまった。

 それに苗字は『湖上』に変わってしまったから、星歌くんが私に気付かないのも無理はない。

 でもかつては一緒に遊んだこともあるし、私の中では可愛い弟のような存在だと感じていた。


 その彼が『無能』と呼ばれ苦しんでいる事は噂に聞いて知っていた。

 落ち込んでいるかもしれない……と、無性に相談に乗ってあげたくなり、家の近くまで行ったこともある。


 その時目にしたのは、諦めずに直向きに努力を続ける立派な姿。

 だから念願のスキルを手にして、プレイヤー資格試験を受けにやって来た時はまるで自分の事のように嬉しかった。


 私もお姉さんとして陰ながら少しでも背中を押してあげよう!


 ——そう、決めていたのに……。


 初めて目にする醜悪なゴブリンの大集団を前にして、私は頭が真っ白になり動けなかった。

 更に新人とは言え、格上のB級プレイヤーである鬼山田くんが倒された時は『死』すら覚悟した。


 そんな絶望的な状況に抗うかのように、立ち上がってくれたのが、星歌くんだった。


 "——俺が美月さんを守ります!"


 彼のその言葉が恐怖心を取り払い、私の心を優しく包み込んだ。

 胸の奥をときめかせるように、何度も何度もこだまして耳から離れない。


「信じてるよ……。星歌くん……」


 神様に祈るように両手を強く握りしめて、私は星歌くんの無事を願った。



 ◇



 やっと半分以上は倒しただろうか。

 常に高速で動き続け、相手に狙われないよう、時に【神速】を発動し緩急を付ける。


 スタミナには自信がある方だが、流石に疲労感が酷い。

 スキルで強化してるとは言え、腕も足も限界が近いと悲鳴を上げていた。


「グゥ。確カニ貴様ハ強イ。ダガ、疲レガ見エルゾ? 最後ニ勝ツノハ、我々ダ!」


 ゴブリンキングは嬉しそうにそう告げる。

 確かにではそうなるな。

 ……でも、残念。俺にはがある。


「【ストア】を使用!」


 俺は視界に広がるホログラムを操作し、あるアイテムを購入する。


 ———————————————————————

[『スタミナポーション(中)』を使用しました]———————————————————————



 隙を伺い、一気にポーションを流し込み喉を潤す。

 効果が身体の隅々まで行き渡り、蓄積された疲労が嘘のように消え去った。


「ふぅ。さて、第二回戦と行こうか」

「馬鹿ナッ!?」


 ゴブリンキングが驚くのも無理はないだろう。

 プレイヤーと言えど、生身の人間。

 戦いが長引けば疲労が溜まり、段々と動きが鈍くなる。

 それこそが人の弱点だ。


 でもその弱点が俺にはない。

 水腹になるので多用は出来ないが、疲労も怪我も【ストア】のポーションを使用すれば解決する。

 全く衰える事なく長期戦が出来てしまうのだ。



 ・・・・・・


 ・・・



 小型のゴブリンたちは完全に殲滅し終え、残すところはジェネラルとキングのみとなる。


 ジェネラルは頑丈そうな鎧を装着し、パーツの間からは筋骨隆々な肉体が顔を覗かせている。

 そして手にするのは俺の背丈よりもデカい大太刀。


 一撃の威力が高い大太刀を相手にするには、小型の武器であるナイフでは少し分が悪い。

 それに加えて鎧の分厚さが、ナイフで致命傷を与える事の難しさを物語っている。


 仕方ない……。

『ミスリルナイフ』を収納し、素手へと切り替える。


 ジェネラルはその姿を好機と捉えたらしく、刀を構え脚を大きく広げ戦闘態勢に入った。


 渾身の力とスキルで応戦するつもりだろう。

【検索】を使用すると、刀スキルの一つである《抜刀》が表示される。


「スキルで倒そうなんて考えた時点でお前の負けだよ……【ダウンロード】」


《抜刀》を我が物にし、俺はその場で右足を後ろにすり下げ拳を放つ構えをとる。

 たった5秒間であるが、一撃に全力を超えた力を発揮する事が可能な《剛腕強化》も発動させておく。


 ジェネラルは動かない……いや、動けない。

 今やその場に漂う力の奔流が、全て俺の拳の一点に集中している状態。拳から溢れんばかりに発せられるオーラに戦慄し、時間を忘れたかのように魅せられていた。


 そして——ただひたすら真っ直ぐに拳を放つ。


 その拳に技名はないし、音もない。

 ただ極めに極めた究極の一撃。

 それは分厚い鋼鉄の鎧を砕き、鍛え抜かれたジェネラルの肉壁に極大の風穴を空けた。


 信じられない……。

 ……そんな表情を最後に見せ、瞳から光が失われる。


 変貌を遂げたただの肉塊は、軽く押し除けるだけで簡単に崩れた。


「さて王手……ってところだな」

「グ、グゥゥゥ……」


 あれほど自信に満ち満ちていたキングは、今や青ざめ恐怖に歪んだ顔を見せている。


 俺が一歩歩みを進めると、キングは怖気付き一歩後退するほどだった。


「ワ、分カッタ! 降参ダ……。宝ヲヤル! 人間ニトッテ価値アル物ダッ!」


 滑稽にも敗北を認め両手を上げる。

 そして玉座の隣に置かれたものに視線を送る。


 細かく装飾された金の指輪。

 真ん中には真紅のルビーが輝いている。

 どうやらキングはただの指輪としか思っていないらしいが、放たれる存在感がまるで違う。

 力が秘められているのは明らかだった。


 ——【検索】!


 ———————————————————————

[検索結果を表示します]


■宝具(指輪)『カルディアの祝福』(SS)

⇒かつて聖女と呼ばれる巫女が所有していた指輪。装備した者にあらゆる状態異常を防ぐ免疫効果を与える。———————————————————————



 秘宝と呼ぶに相応しい代物に、思わず心が躍る。

 こんな素晴らしいアイテムを持っているのだ……他にも何か隠し持っているに違いない。


 そう考えた俺は交渉へと移る。


「それは貰っておく。でも他にも何か無いのか? ……例えば武器のようなものとか」

「武器ナラ……我ノ後ロノ部屋ニ有ル……。我等ノ国ガ出来ルヨリ、以前カラ存在スル物ダ……」

「種類は何だ?」

「刀ダ……」


 ゴブリンたちの物ではないということは、同じく宝具の可能性が高い。

 それに刀系のスキルが増えていたので、ちょうど欲しいと思っていたところだった。

 ここで巡り会えるなんて、かなり運が良いらしい。


 キングが玉座の後ろにある扉を開くと、青白いオーラを放つ一振りの刀が姿を現す。

 白塗りの鞘に、精巧に装飾された柄。

 チープな表現だが、ただただ美しいの一言に尽きる。


 当然【検索】を使用しておく。


 ———————————————————————

[検索結果を表示します]


■宝具(刀)『雷電鳴光らいでんめいこう』(SS)

⇒かつて雷神が作ったとされる神話にも登場する伝説の武器。一振りで万物を焼き尽くすと言われる。圧倒的な破壊力と引き換えに常に帯電しており、使用者にも火傷と感電の状態異常が付与されダメージを負うため、長時間は使用できない。———————————————————————



 破壊力がある分、使えば使うほどこちらにも状態異常が跳ね返って来るのか。

 でも恐らくだけど『カルディアの祝福』があれば……。


 思い切って『雷電鳴光』に触れてみる。

 熱い……そして、ビリッとした痛みが走る。


 ———————————————————————

[『雷電鳴光』により使用者に火傷及び感電の状態異常が付与されました]


[『カルディアの祝福』により火傷及び感電の状態異常が解除されます]———————————————————————



 やっぱり。

 思った通りこの二つは相性抜群だ。

 そして、そのことは【検索】を使える俺にしか分からない。

 つまり……キングから見れば今の俺は宝を手にしてうつつを抜かす隙だらけ。加えて状態異常で動きの鈍った格好の的ということになる。


「馬鹿メッ! ソノ刀ハ呪ワレテルンダ! 持ッタ時点デ——」

「お前の負けだ……と思ったろ?」


『雷電鳴光』を手に、左足を後ろに大きく下げ、腰を落とす。

 ジェネラルから得た《抜刀》を【アップデート】し、新たなスキルを獲得する。


「ナ……ナゼ動ケルンダ……。ヤ、ヤメテ……クレ……」

「じゃあな——《神域抜刀・雷穿一閃》」


 先程の拳とは違い、鞘から放たれる神速の刃は、目をつむりたくなるほどの青白い稲光をほとばしり、耳を覆いたくなるような雷鳴を轟かせる。


 その一閃の後には何も残らない。

 キングの全身を蹂躙し尽くし、ただの肉片すら残す事なく完全に滅却した。

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