第6話 魔法実技
入学式。
っていうのがあったらしい。
アーシャと二人で寝てるうちに、終わってたみたいだけど。
「まあ、出席は強制じゃないから別に良いんですけど……」なんて、ちょっと寂しそうにアリサさんが言っていたけど……とにかく、それを節目に新年度ってやつが始まって、数日後――つまり今日には、最初の講義が始まる。
流石にいつもの恰好のままじゃ駄目で、あらかじめ支給されてた制服を着て講義に臨む。
女袴――えっと、スカートってやつの丈が、着慣れてる貫頭衣の半分くらいしかなくて、最初に見たときは何だこれってなった。でも、山で準備する一ヶ月の間にアーシャに散々仕込まれたから、捲れたり中が見えたりってことは無い。はず。
ていうか正直、常識とか何とかより、
髪の毛も、少しだけ切って貰って。動きやすいように後ろで一つに纏めた。「ポニテにしたんですね。お似合いですよ」ってアリサさんが褒めてくれたけど、言った次の瞬間にはアーシャに睨まれてて、ちょっとおかしかった。
なんて反芻してるうちに、講義はもう始まっちゃってるんだけどね。
アリサさんは近場で待機。メイド忍者だから。
「――知っての通り、諸君らは今年度の生徒の中で最も魔法に長けた者たちじゃ。卒業までわしが面倒を見ることになる。よろしくの」
『魔法実技』試験の時にいた、おじいちゃん試験官さん改めおじいちゃん教授改めオウガスト・ウルヌス教授の挨拶に、わたしとアーシャ以外の生徒さんたちは、誇らしげにうんうん頷いてる。
どうもこのウルヌス老は魔法の界隈じゃ有名人らしいんだけど、如何せん庁の――間違えた、超の付く田舎者だから、わたしたちにはさっぱり分からない。
白い髭が長い。白髪も長い。だぼだぼローブ。以上。
そんなご老公率いる、総勢十名もいない『魔法実技』ウルヌスクラス、第一回の今日は教授の研究室で顔合わせーって感じ。楽で良いね。
わたしとアーシャも適当に、当たり障りのない挨拶をしておいた。口数少なに、下手なことを言わなければ、田舎者でも案外目立たなかったりする。今のところはね。
で、ウルヌス老の雰囲気的にそのまま歓談でもーって流れ……だと思ったんだけど。
「――それで、ウルヌス様っ。本日はどのような実技教導をして頂けるのでしょうかっ?」
すんごい気合入った感じで、一人の女生徒さんがそんなことを言い出した。
「あー……今日は一回目じゃ。互いを知る為のコミュニケーションに当てようかと思っての。それと、様はやめとくれ。ここではわしらは教師と生徒。教授か先生辺りで頼もうかの」
ウルヌス教授は、試験の時よりも少し砕けた、いかにもおじいちゃん先生な口調。
多分こっちが素なんだろうなぁとか、その方が気楽で良いなぁとか思ってたんだけど、女生徒さん的にはそれじゃ不服らしい。
まあ、長机の上座にいる教授の、一番近くに座っているくらいだから、やる気も満々なんだろうけど。
「……で、ではウルヌス教授、魔法実技の研鑽において、生徒間でのコミュニケーションというものは必要なのでしょうか?」
あんまり融通は利かないっぽい。
偉い人が言ってるんだから取り合えず従っておいた方が良いんじゃないの、とは、卑しい公僕の身であるわたしの意見。口には出さないけどね。面倒だし。
「それは勿論。これから切磋琢磨していく仲じゃ、互いを知ることは重要じゃろう?」
「同程度の者と馴れ合うよりも、偉大な魔法使いであるウルヌス教授にご指導いただく方が、有意義であるかとっ」
確かに、講義なんだからその本分は彼女の言葉通り。
でもなんかこう、ちょっとお堅過ぎる気がする。
見たところわたしと同年代……ちょっと上かなぁ?
顔付きが大人びてるだけなのか、実際に年上なのか、判断が付かない。
名前は……うん、自己紹介聞いてなかった。この女生徒さん以外の人のも聞いてなかったから、まあ、全員平等ってことで。
えっと、とにかくその女生徒さん。
声質も顔付きも姿勢も、アリサさんよりも短く切り揃えられた赤い髪質も、言動も、何もかもが堅そうな人。赤い両目まで、切れ長なのに鋭いっていうより硬いって印象を受ける。
「バーナート嬢。君のその向上心は素晴らしいものじゃ。だが、急いては事を仕損じる、なんて言葉もある。安心せい、次回からはみっちり実践講義を執り行っていく。だから今日は、老いぼれのペースに合わせると思って付き合ってはくれんかの?」
バーナートさん、ね。
ウルヌス教授の言い分に、まだ不満そうな顔をしてるけど。流石に、凄いおじいちゃんにそこまで言われて、食い下がれるほどじゃなかったらしい。
「……分かり、ました」
「うむ。他のものもそれで良いかの?」
片やぎこちなく、片や鷹揚に頷いて。残りの人たちもうんうんやって。
この話は終わり。
そこからは本当に、どこから来たのかとか趣味は何だとか。そういうとりとめのない話を教授が振っていく感じで、のんびーり時間は進んで行って。
バーナートさんだけが、ちょっと不満げな……何だろう、急いたような表情を残しながら、最初の講義は終了した。
「――で、どうでした?正直ワタシ、魔法の講義ってどんなものか興味がありまして」
「楽だった」
「そうね」
「ええ……」
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