第27 話 デート先はまさかの

「隼人が卒業するまで、あと一年ちょっと。卒業したら、あいつは俺の元を離れるだろう。そうしたら俺が必死に仕事をする意味はなくなる。俺は自分にできることだけをやって静かに生きていくだけ。この身体で望めることはきっとそれだけ……いや、それだけ望めれば十分なんだろう」


 静かに何もなく生きていければ。飛鳥は自分を納得させるように、そうつぶやく。そのつぶやきには彼がそれ以上は望めないということを伝えているようだ。

 静かに何もなく生きていくことは、きっと可能だ。しかしそれは無理やり自分を押さえているような、我慢をしなければならない人生だということ。刺激も何もない、何もない人生……。


(そんなの……)


「大翔」


 飛鳥は名前を呼ぶと手首をつかんだ手に、わずかに力を入れた。


「お前はその名前の通り、これから先も大きく飛んでいくんだろうな」


「……なんだよ、急に」


 妙なことを言い出す飛鳥に、思わず素っ気なく返してしまう。


「別に意味なんかない。ただそうなんだろうなと思っただけだ。大きく飛んでいくといい、どこまでもな」


 そう言うと飛鳥はつかんでいた手を離し、その手を力なくベッド上に置いた。

 その仕草は「自分のことは気にせずに飛んでいけ」と解放されたような、そんな気にさせた。


 わけがわからない。飛鳥は何が言いたいのだろう。コイツは言いたいことを言っていない。何か心の底から望んでいることを言ってはいけないと思って本心を抑えているんだ、多分。


 自分は昔から、なんとなく人が思っていること、考えていること、それを感じ取ることができた。周囲からは『空気が読めるやつ』なんておかしく言われていたけれど。それは得なことばかりだったわけじゃない。


 相手が見た目でバカにしているのか、相手が自分を見て不快になっているのか。それがすぐにわかってしまうから。会ってすぐに嫌われるのは、心をとがらせていても、それなりに傷つくものだ。無理に強がってはみせるけど、悔しいから、腹が立つから。


 だから今、飛鳥が何かを言いかけているのに、それが言えないこともわかっている。言わせてやりたいけど、聞いてもそれは言わないだろう……ホント、へそ曲がりの頑固者。


「飛鳥さん」


 今度は大翔が飛鳥の手をつかまえた。手と指をつかみ。まだオレは飛んでいかないぞ、と伝えるように、ギュッと力を入れる。


「オレはオレがやりたいようにやるだけだから。アンタがどう思っていようともな。とりあえず、オレが今思うのは、アンタの世話をしてやりたいと思っているだけ……それだけはウソじゃないから、疑うんじゃねぇよ? 明日はアンタが行ったことない場所をオレが考えて連れて行ってやるから、楽しみにしてろよな」


 最後に飛鳥の手をもう一度握りしめると、飛鳥も反応して、手を握り返してきた。

 大きな、あったかい手の平、力強い指先、いつもパソコンを叩く指先――それが今、自分とつながっているなんて、すごいことだ。いつまでもつながっていたいな、なんて思ってしまう。でもそういうわけにもいかない。


 名残惜しくも、大翔は手を離して「んじゃ、おやすみ」と言って、少し離れた位置にある自分のベッドに入った。


 横になりながら室内の電気を消し、ベッドサイドの照明だけを点けて、布団の中でスマホをいじった。


 この辺には何があるんだろう。スマホにオススメ、スポットと入力して検索した。

 出てきたのは洗練されたこの地域でオススメの高級なレストラン、展望台などのビュースポット、美術館……。


(違う違う、こんなんじゃねぇ)


 大翔は布団を頭からかぶった状態で、飛鳥にバレないようにつぶやく。飛鳥と行きたいのはそんな場所じゃない。確かに飛鳥は洗練された場所が似合うけど、オレはそんなの望んでいないし、絶対に似合わない。


 オレが飛鳥としたいこと。刺激的で、スピード感があって、頭の中が興奮すること――変な意味じゃないぞ。そんなこと、何があるかな。




 翌日。大翔は自分の支度と飛鳥の支度を済ませ、飛鳥の車椅子を押してホテルを出ると、目的の場所へタクシーで向かった。

 その場所にたどり着いた途端、飛鳥は呆然と目の前に広がる光景を見つめた。


 ここは街の中にある観光スポット。他の場所からすると規模は狭いかもしれないが、ここには刺激と癒し、全てが詰まっている。

 歴史は意外と古く、開園から五十年以上は経っているという、なかなかの年月を経た場所でもある。けれど未だに若者や親子連れ、家族連れも多く、いつもにぎやかな場所だ。


 飛鳥が見つめる先には、うねったレールがカーブしたり、坂道となったり、くるりと一回転をしていたり。

 それは俗に言うジェットコースターというものだ。それが通過するたびにガタガタと地面が揺れ、乗っている人々の悲鳴が聞こえる。

 だがそれはとても楽しそうだ。みんな刺激を求めてジェットコースターに乗るんだもんな。


「飛鳥さん、ほら」


 一足先に受付へ走り、戻った大翔は飛鳥に小さな紙のチケットを手渡した。

 飛鳥は難しい顔をしていたが、自分が「ほらほら」と急かしたので渋々それを受け取る。


「今日はオレが一日フリーパス券買ってやったからな。存分に楽しんでくれよ」


 大翔は遊園地のフリーパスを握りしめ、ジェットコースターを見上げながら気合いを入れた。

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