10話「痛くてたまらない」





僕たちはしばらく、学校でもあんまり話さなかったし、会って遊んだりもしなかった。


学校で古月と話しているとクラスメイトに警戒されるし、休日には古月からの連絡もなかった。


でも、ある日僕が駅前の小さな本屋に用があって行った時。









漫画本の入ったビニール袋を提げて店を出た僕は、遠くにちらっと古月らしい後ろ姿を見つけた。長い黒髪が揺れて、長身で猫背の彼が、ゆったりと道を蹴るように歩く。


「古月!」


声を掛けて近づくと、彼が驚いて振り向く。僕も彼の姿を見てびっくりしてしまった。


「古月、また怪我してるじゃん!大丈夫!?」


彼は、また酷い怪我を負っていたようだった。目の上にたんこぶを作り、両頬がどちらも腫れている。


「うるせーな、このくらいなんともねえよ」


前を向いて歩き始めてしまう彼を、僕は追いかけた。


「ねえ、どうしたの?最近連絡ないし、また落ち込んでる?」


彼はしばらく何も言わなかった。でも、僕の二歩前で立ち止まった。僕がすぐに彼に追いつくと、古月は僕をうるさそうに見下ろす。


「…お前が…そうやってうるせえからだよ」


「僕が…?」


どうして僕のせいなんだろう。そんなの僕には分からなかった。


「なんかいらつくんだよ、お前見てると!ちょろちょろ俺の周りにまとわりついて、離れやしねえ!」


古月はそう叫んで、片腕を思い切り振り下ろした。


「僕たち…そんなに会ってたっけ?」


僕は、そんなに自分たちが離れずにいつもくっついていた気はしなかった。だから、どうして古月がそんなに怒るのかが、ちょっと分からずにいた。


僕は聞き返したのに、古月は僕を見ずに、返事もしなかった。


「古月…?」


「…お前、もう帰れ」


早口でそう言って、彼は僕の肩を掴み、後ろを向かせてグイグイ押した。


「ちょ、ちょっと、まだ話終わってな…」


「いいから!早く帰れ!」


なぜか彼が必死にそう叫ぶ。その時、僕たちの後ろでアスファルトを擦る靴音が立ち止まった。


古月がそちらを向いて体を返したので僕も後ろを向くと、そこには黒い詰襟姿の二人組が居た。


恨めしそうな笑い顔で古月を見つめるその二人組は、他校の生徒だろう。


“また喧嘩!?どうしよう!”


「よお、古月サン」


「二人?めずらしーデスね」


軽薄な調子で敬語を使ってみせる二人組を、古月は黙って睨んでいる。


「俺たち、暇してんですよ」


「そいつも一緒に、ちょっと付き合ってくれませんか?」


“僕もだって!?どうしよう!勝てっこない!”


それでも、僕も体を緊張させ、相手の攻撃に備えようと、なんとか自分を奮い立たせた。でも、古月がため息を吐く。


「…ダメだ。こいつには手を出すな」


「えっ…古月…?」


“一人で二人を相手になんて…でもあの古月なら大丈夫かな…”




今思うと、僕は古月を連れて、走って逃げれば良かったのかもしれない。そうすれば、あんなことにはならなかった。


二人組が素直に逃がしてくれるわけもないと分かっていても、そうするべきだった。




「都合のいい話デスね〜、俺たちのことは全員コテンパンにやっといて」


“そうだ!この二人組がいいと言ってくれなきゃ、僕はどうせ殴られるんじゃないか!どうしよう!でも古月を置いて逃げるわけにはいかないし…ええい、ままよ!”


僕がなんとか意志を固めようとしていると、古月が二人組に向かって一歩前に踏み出し、ちょっと両腕を広げた。


「俺は、やり返さない。その条件がありゃ十分だろ」


「えっ、古月!?ちょっとそんなの…!」


“そんなのダメだ!もしかしたら、死んじゃうかもしれない!”


僕は慌てて彼の腕を引き止めて二人組から離そうとしたけど、それを思い切り振りほどかれ、足元がよろめく。


「うわ、本当だったぜ。手出してこなくなったって」


「じゃあお言葉に甘えて遠慮なく!」


卑怯にも古月に襲いかかった二人組を止めようとして、僕が近づいていくたびに、古月に突き飛ばされたり、二人組が振り上げた拳をまともに受けたりした。


「やめて!やめてったら!ああ…!」









「古月!大丈夫!?ああ、こんな…病院に行かなきゃ!」


古月は、立ち上がれなくなるまで殴る蹴るの暴行を受けて、駐車場に寝そべっていた。


「このくらいで行かねえよ。あいつら、大して力ねえな…でも、いってー…」


踏み潰されたおなかを押さえて彼はなんとか起き上がり、二人組が消えていった道の向こうを睨みつける。


「ねえ、なんでやり返さなかったの!?君なら追い払えたじゃないか!」


僕がそう言うと、彼はまた黙り込む。


「ねえ…どうして、僕なんかのために…」


“僕を巻き込まないように、彼は無抵抗になったんだ”


そう思って、殴られたのは僕じゃないのに、痛くて痛くて仕方なかった。いいや、痛みは足りなかった。彼の方が、よっぽど痛いはずだ。


僕の頬を、涙が止まらず流れていく。


「…殴るのは、もうやめだ」


そう言って古月は立ち上がり、よろよろ歩き出す。


「もうやめって…」


「うっせえな。とりあえず、俺アパートに帰って休むわ」


古月は、もう一人で引っ越して、今はアパート暮しだと、ちょっと前に聞いていた。僕は、痛む体を布団に横たえて、一人で耐える彼を思い浮かべる。


“僕に、できること…”


「…僕も、上がっていい…?」


僕がそう言うと、古月は渋い顔で振り向いたけど、すぐには「嫌だ」と言わなかった。だから僕は、もう一口付け加える。


「怪我をしたんだから、手当をしなくちゃ。包帯とか、家にある?」


「ねーよ。んなもん」


「じゃあ君を送り届けてから、近くにドラッグストアあったら、行って買ってくるから」


「いちいちそんなことしなくていい」


「ダメ!手当をちゃんとしなかったら、君の体が悪くなっちゃうよ!こんな酷い傷…!本当ならすぐに病院に行かなきゃいけないのに…!」


僕がそう言ってまた泣き出すと、古月は「わかったから泣くな」と言ってくれた。


僕は、よろめきながら歩く彼を支え、彼の家さして、二人で歩き出した。








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