第35話 誓い

 悲痛な面持ちで婚約者様は語ります。


「王子だからと君に直接会いに行っては良くないと自分で決め付けていたんだ。幼い君があんなに立派だったから、どうしても君に恥じたくなくてね。だけど事前に会って、君とよく相談し対処すべきだったと今は思う」


 求婚してくださったときにも、同じようなことを仰っておりましたね。

 自分はとても狡い選択をしたのだと。


 本当に狡い人だと私も思います。


「言い訳をすると、君の伯父上殿がどう動くのか、それだけが計算出来なくて焦ってしまったんだ。すぐにでも最適な婚約を見繕うのではないかと思ってね。帝国の婚約を解消させることは、流石に厳しい。だけどそれだって、君に聞いてみれば良かったのだと今は強く後悔している」


 婚約解消となれば、婚約者様が想像した通り、伯父はすぐにでも私の縁談話を用意してきたことでしょう。


 ですけれど、これは私がはっきりと断る予定でした。

 相手がどのような御方かを聞く前にです。

 えぇ、そうしなければ、伯父がまた暴走し、お相手の方にご迷惑をお掛けしていたかもしれません。


 私個人の問題として、父の手伝いがしたいから今は婚約したくないと伝えるつもりでありました。

 婚約解消と同じ理由であれば矛盾も生じませんし、これなら誰にも迷惑は掛からない予定だったのです。


 婚約者様の仰る通り、それでもまだ伯父が納得してくれない可能性も十分にありました。

 ですがその場合にも、母を理由に対抗する算段を立てていたのです。


 母のように恋をしたいから、相手は自分で探したい。

 母に弱い伯父には最も効力のある言葉となるでしょう。

 しばらく泣かれるかもしれませんが。


「君が恙なく対処しようと考えていたところに。あえて事前に何もしないことで、わざわざ国の大事にしてしまったのは私の責だ。どうしても君を奪われたくなかったとはいえ……本当にごめん。申し訳ない」


 開いた口から息を漏らしてしまいました。

 旋毛を見せられるとなんだか可哀想になってくるのは、何故なのでしょう。


「これからは先に聞いてくださいますか?」


 勢い頭を上げた後、突然ベンチから立ち上がったかと思いましたら。

 婚約者様は私の前に移動すると、また跪きました。


 どこまでも狡い御人です。


「改めて君に誓う。君の意志を確認せずに、君のためにと勝手に行動をすることはないと約束する。だから私には何の憂いも持たず自由に発言して欲しい。それから何か問題が起きたときにも、必ず二人で相談をして、先を決めていくことにしよう」


 と言った婚約者様でしたが。

 だが問題が起きないように出来ることはするとも言っておくよ。


 と、さらりと狡い言葉を付け足して、私の手を取りました。


「ローゼマリー嬢。どうか私と結婚し、生涯を共に生きてください」


「もうそれは公的に決まっていることですよ?」


 あえて意地悪く聞いてみましたら、婚約者様は笑うのです。

 それは頭上に広がる青空に負けない、とても晴れやかな笑い方でした。


「国の存続を懸けた対策のためではなく、今は個人としての私の想いで発言している。君にも、個人としての本心を聞かせて欲しい。嫌だと言われるのはきついが、君の想いを尊重するよう君と対応を考えることも約束しよう。だから本音を聞かせて、ローゼ」


 そんなに苦しそうな顔をして、悪いように想像しなくてもよろしいですよ。


「私と共に生きてくれるだろうか?」


 じっとりと熱の籠る視線を向けられましたが、その必死さがなんだか可愛くて。

 くすっと笑ってしまったではありませんか。


 それでもう満面の笑みですよ。

 辛そうなお顔をしておりましたけれど、微塵も断られるとは思っていなかったのでしょう。

 また狡い御人ですこと。


 だから素直に「はい」とは言いません。


「先に誓ったようにしてくださるのなら」


「もちろんだよ。生涯この誓いを違うことはない。その代わりではないが、私も君の前では王子ということを忘れて過ごしてもいいだろうか?」


「私も二人のときには、ただのあなたと私で過ごしたいと思います」


 腕を引かれ、抱き締められてしまいました。

 不思議と落ち着く腕の中です。


 だから気が緩んだのでしょう。

 それとも誓いを信じたからでしょうか。


「父の手伝いが好きです」


 婚約者様のふふっと笑う声と胸の音が重なって心地好い音として耳に届いていました。




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