輝きを織り成す祭に誇りを捧げて

清泪(せいな)

タウン誌の取材

 

「タウン誌の取材?」


 公民館の玄関口で体格の良い強面のアロハシャツを着た中年男性――尾児おじは渡された名刺を見ていた。

 KONOMACHI記者 長束慶治ながつか けいじと書いてある。

 KONOMACHIというタウン誌は二つ隣のI市のタウン誌だ。


「遠くから来たもんですな……いやぁ、うちの、M市のタウン誌さんから取材されたこともないもんで」


「ええ、今回の取材企画、県内のお祭りを特集しようと思いましてね。各市に取材させてもらってます」


 長束は人懐っこい笑顔を浮かべている。

 数々の取材をこなしてきた際に学んだ営業スマイルだ。

 雑誌取材もまた接客業である。

 ハンチング帽をかぶりYシャツに藍色のネクタイ、黒いジーンズパンツ、と服装からもその人懐っこい笑顔からも年齢を読み取るのが難しい男だ。


「はぁ、それでまたなんでうちの町の祭に? 各市の祭だったら、市の祭である天来祭てんらいさいがいいんじゃないですか?」


 天来祭とはM市を代表する祭だ。

 市役所横の公設広場で行われ、M市出身の有名人などをゲストに迎えて華やかさは他市にも負けずとも劣らない。

 今年はM市出身のお笑い芸人がゲストの為、お笑いコンテストが行われる予定だ。


 

「ああ、いえ、そういう代表的な祭は新聞さん――地方新聞さんがやってますんでね。僕らは各市の伝統ある祭を特集していこうかと。この町の祭はM市で一番古くからあるお祭りだとか?」


「ああそうだね。織輝祭しょっきさいはM市じゃ一番古いなんて言われてるね。とはいえ、残ってた資料が一番古い時代のもんだってだけで、本当かどうかはわからないんだけどね」


 そう言って尾児はニタァと笑う。

 どうやら尾児のお気に入りのネタらしい。

 手帳にメモをとっていた長束は笑うタイミングを外してしまい、ははっ、と乾いた笑いを返した。


「アンタ……ああいや、長束さんは織輝祭についてはどれだけ調べて来てるんだ?」


「お恥ずかしい話ですが、今から調べていこうってところなんです。なにぶん、図書館の閲覧許可を取れたのが先程なもので」


「ああ、中央図書館の資料調べるのは確かに面倒だもんな。無駄に厳重だからな、あそこは」


 中央図書館は市外者が利用する為には、一週間ほど前から申請が必要であった。

 それは重要文献などの利用に限らず、子供用の絵本を閲覧するのにも必要である。

 盗難防止の為、と長束は受付で説明された。


 

「……とすると、一週間前ぐらいから取材はやってるんですか?」


「ええ、まぁ町内会長さんに取材の許可を貰いに会わせてもらったりですけど」


「ああ、佐脇さわきの爺さんとこに行ったのか。それで、私の所に?」


「そうです。祭のことなら、青年団とそれを指揮してる尾児さんの所に行った方が話が早いと紹介されまして」


 町内会長の佐脇という老人は、実質町の事には何も口を出していないのだという。

 長く生きているから居座ってるようなもの、と佐脇は自嘲気味に長束に語った。


「指揮してる、って言われてもねぇ。私も年配者だから手伝ってるだけで祭に関しては、青年団に任せるってのがこの町のルール、ああいや、伝統ですから」


「そうなんですか。じゃあその青年団というのは何処で祭の準備を?」


「ここからちょっと行った先の倉庫ですよ。そこに神輿が保管されてあって、修復作業とか持ち上げて移動確認とかしてますよ」


「なるほど。ではそちらに取材行かさせてもらいます。尾児さんにもまた後ほど何か取材させてもらうかもしれませんが、その時はよろしくお願いいたします」


 長束はお辞儀をしてから、公民館を後にした。


 尾児は長束が教えた道を歩いていくのを見送って、公民館の中へと入っていった。

 通路を歩いて奥のドアを開けるとそこには広い会議室がある。

 中には女性が十数人、慌ただしく作業をしていた。


「あ、オジサン、取材どうだった?」


 室内に入ってきた尾児を見つけて少女――小野田翼おのだ つばさは声をかけた。

 翼の声に周りの女性達も作業の手を止め、尾児に視線をやる。


「翼ちゃん。なんだ翼ちゃんも作業に加わってたのかい?」


 尾児は周りの女性達を見渡す。

 年齢がばらばらの女性達の中で翼はだんとつに若い。

 少し大きい丸い瞳、三つ編みに束ねられた長い黒髪、健康的に焼けた肌、そのどれもに幼さを残す十四歳。

 十代の女性、いや、三十歳以下の女性は翼だけであった。


「翼ちゃんは巫女っていう大事な役割があるんだから、こういう仕事は大人に任せたらいいのに」


 部屋の真ん中には幾つもの長机が合わさって並べられていて、その上には法被やら巫女装束やら町に飾るのぼりやら提灯やらが置いてある。

 それらのほつれなどを直すのが女性達の仕事だ。

 祭の小道具は伝統ということで修復して長年使われていく。

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