やめちまえ! 冒険者!

「冒険者をやめろ……? いきなり何を言い出すんですか、受付さん……」


「いやー、それが一番かなと思いまして」


 聞き違いであってほしいと思いながら言葉を返すも、受付さんは特に訂正もせずに話を続ける。割と僕に対して同情的な存在だと思っていた受付さんが何故こんなにも急に冷たくなってしまったのか。なにかこの世界全体に僕を排斥するとんでもない呪いがじわじわと広がっていっているとでもいうのだろうか。


「ライトさん、ギルトの職員になってみてはどうでしょうか」


「はい?」


 唐突に次ぐ唐突が飛び出し、頭がフリーズする。ギルド職員? 僕が?


「ギルド職員って……え、ギルド職員って何ですか?」


 虚を突かれ過ぎて間抜けな返ししかできない。流石にギルド職員は知っている。なんかこう、ギルドの職員だろう。


「書類を作成したり整理したり、あとたまにダンジョンの調査もしたり色々ですかねー」


「ああ……ふうん、そうなんですか。じゃあ無理ですね僕は」


 間抜けな僕の質問に対しても丁寧に答えてくれる受付さん。相変わらず話の流れはよくわからないが、とりあえずちゃんと断っておいた。


「だって僕、文字読めないですもん」


 僕は文字を習得していなかった。


 この街の識字率は低い訳ではなく、石を投げれば大体は文字の解る人に当たるだろう。だがそれは表の裕福な人間が行き交う通りで石を投げた場合の話だ。


 僕は孤児院で育った。物心ついた頃から親は無く、10歳に満たない頃から汚い雑用仕事をこなしていた。そこで同じく孤児だったジョシュアとアナスタシアに誘われ、僕が14歳の頃に冒険者としてこの街に移り住んだのだ。


 あの頃はジョシュアが18で、アナスタシアが13だったか。年長のジョシュアが文字を覚える役目を買って出たので、僕とアナスタシアは戦闘の訓練だけをしていた。ギルドに登録してからはとんとん拍子にマリア(23歳)とガンドム(オッサン)という優秀な大人のメンバーを獲得でき、更に彼らが普通に文字を読めたので、僕はこと読み書きに関しては一切任を負う必要がなかったのだ。


「文字なんてちょっと習えば簡単に覚えられますよー。一週間でほぼ全部覚えられて、一か月で完全に慣れちゃいますから」


「そ、そうなんですか」


 その話がどれぐらい本当か知らないが、どうやら僕が思っているよりは壁が低そうだ。確かに一人になったからには文字も覚えた方が良いのだろうが……。


「なんだかんだ冒険者さん達って血の気の多い荒くれものが多いじゃないですか。だから職員の中にも腕の立つ人間が欲しいんですよねー。特に温厚な性格の元冒険者なら最適です」


「あー、なるほどそれで」


 話が見えてきた。どこの冒険者からも必要とされない僕が、ギルド職員としては非常に最適な人材となるのだろう。


「ギルドの仕事は冒険者ほど危険ではないですし、給料制で安定したそこそこの収入が得られますので、悪くない話なのではないかと」


 なるほど全て聞いた上だと悪くはなさそうな話に思える。目に映るギルドの職員の身なりからしても困窮してそうには見えないし一考の余地はあるのだろうが……。だが結局のところ断る理由としてはこの一言で十分だろう。


「お誘いありがとうございます、受付さん。だけどね、僕は根っからの冒険者なんですよ。ここに来たその日に最強の冒険者を目指すって決めたんです。それを達成しない内は他事にうつつを抜かす訳にはいかないんですよ」


 そう、僕は冒険者として輝くべき人間なのだ。ダンジョンを駆け抜けて駆け抜けて、その先に待つ栄光こそが僕が心を落ち着けるための場所に違いない。


「あらー、そうでしたか残念。野心があるんですねえ」


 受付さんが感心したように言う。思ったよりあっさり引き下がりそうなのは少し寂しいが、とにかく僕の人となりを理解してくれたなら、これ以上の余計なやり取りは必要ないだろう。


「でも……ライトさんってそんなに・・・・冒険者に憧れてたんですか?」


 一瞬、心臓が跳ね打つ。衝撃が身体中の血管を駆け巡る。


 不可解な衝撃だった。僕は冒険者として輝くべき人間なのは間違いない。それが何故こんな問いかけでここまで心を動揺させる必要があるのだろうか。


 僕は根っからの冒険者だ。根っからの……いや待てよ?


 僕は元々ただの孤児だろう。考えていたのはただお腹が空いたとか綺麗な服が羨ましいとか、その程度の事。それがいつから根っからの冒険者なんて大それた事を言うようになったんだ?


 いや考えるまでもない。僕には「イージスの盾」というとても凄いユニークスキルがある。初めは何がなんだかよくわかっていなかったが、検証してもらった結果あらゆる攻撃を跳ね返す完璧なる盾だという事が判明する。


『なんて凄い能力なんだ! その才能はきっと冒険者という稼業において多大な活躍をする事だろう! お前は冒険者になるべき男だ!』


 うん、そう言われてその気になったんだよな。そうそう、言われたから。懐かしいなあ。で、誰に言われたんだっけ? 誰に…… 誰に……



「ジョシュアじゃねえか!!!」



 思わず机をドンと両腕で叩く。同じカウンターの内側にいる受付さんがポカンとする。


「あのー、ライトさん?」


「あああああああ! うわあああああああ!」


 そうだよ、そもそもイージスの盾が冒険に向いているって言ったのあの野郎じゃないか! あいつが冒険者になれなれって言ったからなったのに! 僕もその気になってたのに! それなのに結局追い出されて僕は! 僕は!


 てことは、じゃあなんだ? 僕が冒険者になるべき男だという根拠って他になんかあるのか? 幼い頃から胸に抱いてきた自負はハリボテだった。他に僕自身の実感として代わりになる何かの想いがあるかというと、驚くほど何も浮かんでこない。


 あれ? ほんとに僕は冒険者??? 冒……険……? 僕は……僕は……?


 考えれば考えるほど頭の中がグルグルと回り、挙動不審に視線をキョロキョロさせたところでパチリと受付さんと目が合う。首を傾げる受付さんに、僕は苦笑いのようにフヒヒと笑いかける。

 

「受付さん……」


「はい」


「やっぱ僕、根っからの冒険者じゃないです……」


「ええ……」


 その日、僕の中の冒険者は驚くほど簡単にぽっくりと消え失せていったのだった。

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