第35話 来訪者は露天風呂(混浴)で顔を染める


 バスタオルは宙に舞い、そしてふわりと地面に着いた。しかし、俺の視線はバスタオルなど視界の端にしか捉えていない。


 それは何故か。


 目の前の景色の方が数段刺激的だからだ。


 水着姿の飯島先輩。一瞬裸かと思ったが、黒いチューブトップのひらひらのついた可愛らしい水着を付けていた。下も、上に合わせた黒いひらひらのついたもので、腰回りのところがヒモなのがすごくエッチだ。


 しかし。勝ち誇ったような笑みを浮かべている飯島先輩の手前、俺の目にはしっかりと映った。


 チューブトップの黒い水着から、綺麗なピンク色の突起が少しはみ出ているところを。


「へっ、へーん! びっくりしたでしょ! 実は下に水着を着てたんだよっ! 紐がないのは、そういう水着だから! もしかしてって、そういうことなんでし……あ゛」


 飯島先輩は自分の胸に手を当てた瞬間、呆気のとられた声をもらして、自分の胸と俺との視線を交互に切り替えながら、すごいスピードで顔を染めていった。


「…………み、見た?」


 俺は、そっと自分の顔に両手をかぶせて、頭を横に振っておく。


「……ピンク色の突起なんて見てません」


「~~~~~~っっ!!!!!!」


 目の前は真っ暗だが、そのおかげか聴覚が研ぎ澄まされていて、目の前で起こっている情景が聴覚越しに伝わってくる。


「んっ、んんっ!」


 と、声を漏らしながら水着を直しているのだろう飯島先輩。それと同時に聞こえてくる俺と飯島先輩以外の人の声。


「あぁー。まさかこんなところでいきなり水着使うとはねー…………これ、どういう状況?」


 着替えが終わったのか、深緑のビキニを着た冴木先輩が女子更衣室の入り口から出てきた。


 夏希さんには負けるものの、しっかりと大きい双丘に、ありえないほどのくびれ。そのくびれがただでさえ良いスタイルの良さを強調している。


 そんな冴木先輩を横目で見ながら、口を開く。


「えーと」


「説明しなくていいっっっ!!!!!」


 広い露天風呂に響く飯島先輩の怒号。


 露天風呂に面する森の木から、何匹かの鳥が飛び立った。



「あー。だからそんなに急いでたんだ。しかもそれでミスっちゃって、ちょいと見えちゃった、と?」


「はい。その通りです」


「もうっ! 言わなくていいって言ったのに!!!!」


 露天風呂に浸かりながら、俺と冴木先輩はリラックスして温泉の石のふちに肩を預けている。しかし、飯島先輩は一人だけ背を丸め、手で顔を覆っている。


「だって、上司命令ですし……」


「そうだぞ怜。この中だと私が一番偉いんだぞ」


「も、もういいですっ!!」


 顔を手で覆ったまま、そっぽを向く飯島先輩。俺と冴木先輩は顔を見合わせて、自然とこぼれ出る笑いを共有し合った。


「そっかそっかー。でも、怜にとっては良かったんじゃない? 愛しの日田に見られてさ?」


 この場を楽しむように、やはりニヤニヤしながら言う冴木先輩。それは反応した飯島先輩が、顔に乗せていた手を外し、勢いよくこっちを向く。


「なっ、なんですか愛しの日田って!! わっ、私、別に日田の事好きじゃないですし!!」


「え、そうなんですか?」


「いやっ、えっ、その……」


 からかい半分で聞いたのだが、思ったよりも効いているいるようだ。その証拠に体全身が真っ赤に染まっている。


 どもりながら、手を遊ばせながら下向きがちに言う。そんな飯島先輩に追撃するように冴木先輩が再びにやけながら言った。


「えー。そんなに真っ赤に染まるほど好きなんだねー怜?」


「~~~~~~~~っっ!!!! こ、これはのぼせてるだけですっっ!!!! 水風呂に入ってきますっっ!!」


 そう言って、勢いよく立ち上がる。冴木先輩は一度、こちらをニヤリと笑いながら見ると、再び飯島先輩の方を向く。


「あ、怜。また見えてるよ?」


「えっ!?!?」


 勢いよく立ち上がった飯島先輩は、これまた勢いよく座りこんで自分の水着を確認する。


 しかし、見当たらないようで、飯島先輩は助けを乞うような表情を浮かべながら冴木先輩を見ると、こらえきれないといった様子で噴き出した。


「ぶっ、ふふっ、う、嘘だよ怜っ……はははっ! ここまで綺麗引っかかるとは思わなかったよっ!!


「もう知らないっ!!」


 今度こそ、勢いよくたちあがり 、飯島先輩は水風呂に荒い足取りで向かっていった。

 


「ふー。やっぱり気持ちいいね。露天は」


 腕を伸ばしながら、冴木先輩はそう言った。冴木先輩は俺の隣に腰かけていて、ちらりちらりと見える胸がやはり強力だった。


「そうですねー。本館にも露天は無いんですか?」


 何とか視線を目の前の大自然に移しながら、質問を飛ばす。冴木先輩は伸ばしていた手を再び湯につけて、さらに体を湯の中に脱力しながら落としていく。


「うん。その代わり室内のでっかい温水プールがある。らしい。まだ行ってないけど」


 まさか最初がここになるとはねー、なんてことを言いながらずるずると肩まで浸かった冴木先輩。髪の毛は上で纏めているからぎりぎりお湯には浸かってはいない。


「…………」


「…………」


 しばしの無言。もともと、ほぼ初対面のような物なのだ。喋る話題がないのに、喋らなければ気まずくなる、なんとも理不尽。


 しかし、この雰囲気を察してか、冴木先輩がふぁ、と力の抜けた声を出しながら息を吐き出すついでに言った。


「怜とはどうなの? ってか、好きって事知ってるんでしょ?」


「……ま、まぁ」


「へぇ。好きって言われたの?」


「いや、直接は言われて……うーん、直接なんですけど、多分俺が知っていることは飯島先輩知らないと思います」


「なるほど? なんだか難しいね」


「逆に、冴木先輩はなんでわかったんですか?」


「え?」


「......え?」


 お湯の中で地面に手を着き、水着に包まれた胸をたゆんと揺らしながらこちらを見る。冴木先輩はさぞかし不思議そうな表情でこちらを見ていた。


「も、もしかしてあれで隠してるつもりだったのかな、怜は」


「え? そうなんじゃないんですか……?」


 はぁ、と頭を抱えながら口までお湯につかり、ブクブクと泡を出す。そして、息が切れたのか、ぷはぁ、と声を漏らしながらお湯から出る。


「まじかぁ……共感生羞恥すごい……私まで恥ずかしくなってきたわ…………」


 数分前よりも格段に顔を赤くした冴木先輩は水しぶきを立てながら、胸を揺らしながら、立ち上がる。くびれに流れる水滴に目を奪われる。


「ちょ、ちょっと私も水風呂に入ってくる……」


 そう言って飯島先輩が入っている水風呂の方へと向かって行った。


 プリプリと小刻みに揺れるお尻。何がとは言わないが、すこしだけ食い込んでいたことを、俺は胸の中の宝箱にそっとしまい込んだ。

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