第11話 ヤリ〇ン陽キャの対義語ですが何か?


「——はいここ君のデスク。必要な物あったら言って。それと、給湯器そこ。新人はやることないからお茶でも永遠に入れてて。それじゃ」


 あれやこれやと身振り手振りを使いながら俺に色々と教え込む飯島先輩。相変わらずぷりぷりしていた。


「え、ちょっと飯島先輩」


「何よ」


 相変わらず眼光鋭い視線で俺を突き刺してくる。せっかくの綺麗な顔も台無しとまではいかないが、もったいない。


「これからよろしくお願いします」


 辺り触りの無い、できるだけ柔和な表情で笑顔を形作る。されど、飯島先輩は再びフンっと鼻を鳴らし自分のデスクへ戻っていった。


 しかし、下着を見てしまったのは俺が悪い。いや、悪いのか? ……まぁ、悪いということにするとしてだ。


 社長が間に入って一度和解的なことしなかったか? でも、女心は複雑だっていうしなぁ。


「はぁ」


 俺はばれないようにため息をつきながら、自分のと言われたデスクに着く。左隣はイヤホンを付けた奈那子さんが机に突っ伏している。かなり散乱していて、忙しかったんだろうなぁ、と言うのが一目でわかった。


 そして、右隣は……。


「なによ?」


「なんでもないです」


 この通り飯島先輩だ。それにしても当たりが強い。本当強すぎ。何か指示がないかなぁ、と少し横を向いただけでこの様子だ。


 だけど、この横暴な性格とは裏腹にデスク周りはきちんと整理整頓されていて、見栄えはかなり良い。


 それに比べ、俺のデスクは。


 何もない。当たり前だが、本当に何にも。強いて言うなら固定電話と支給されたノートパソコン。とりあえず手を遊ばせるのもなんだか気持ちが落ち着かなかったから、デスクの上に手を乗せる。


 ひんやりとして気持ちがいい。しかし、すぐさま体温に温められ、ぬるくなる。


 それを何度か繰り返した時。


「あぇっ!?」


 左隣から驚嘆に近い声が響く。その声はどこかで聞いたことがあるような。確か午前に……。俺はおそるおそる横を向く。そして、目が合う。先ほどまでイヤホンを付けて突っ伏していたその人物と。


「あっ、ヤリ〇ン陽キャくんっ!?」


「「「……え?」」」


 ヤリ〇ン陽キャという単語に反応してか、営業部の面子が一斉に俺と奈那子さんの方へ顔を向けた。まずい、非常にまずい。


 というか、なんで一発目でヤリ〇ン陽キャが出た? どちらかと言えば奈那子さんが痴女ってただけだったのに!?


 兎も角。なんとしてでも誤解を解かなければ。そうしないと、終わる。この会社では特にっっ!!


「ん? な、奈那子さん? な、何言ってるんですか? ヤリイカ酔いやすい? 本当に酔ってるんじゃないですかー? あはは」


 痛い。周囲の視線が痛すぎる。特に俺の真後ろの人。すごい。背にナイフでも突きつけられてる気分だ。


「だ、だって! 初対面の女の人みんな下の名前呼びなんでしょ!? でしょう!?」


 本当に暴走し始めた。瞳の瞳孔がぐるぐると渦を巻いている。


 どうする。本当にどうする。逃げ場はない。信用も多分奈那子さんの方がこの職場ではある。ど、どうすればっ!


 俺は苦し紛れに、何とか口を開く。


「あ、あぁ! 奈那子さん、もしかして午前に案内してくれた時、缶ビール飲まれてましたよね? それで酔っぱらって変なこと言ってるんじゃないんですかー? それに、自分から奈那子さんって呼んでって言ったじゃないですかーあはは」


 我ながら苦し紛れすぎだろ……。それにあまりにも非現実的だ。仕事中に飲酒は禁止なんて、つい先日まで大学生だった俺でもわかる。それに、下戸だったりしても終わりだ。


 まぁ、そもそも下戸以前の話なんだけど。


「ちょっと」


 と、一言言って真奈美さんが立ち上がる。相変わらずはにかむような笑みを張り付けてはいるが、その奥に確かな怒りを感じた。終わった。


 一歩、二歩と段々と近づいてくる。その踏み込む足に終わりを感じながら、運命を受け入れるつもりで目を瞑る。


 そして、足音が俺の真横で止まった時。


「奈那子さん。お酒、飲みたいのはわかるけど、前も言ったわよね? 出社してるときは昼休憩でも飲むなって? これで三度目よ?」


 え?


「え? わ、私飲んでませんよっ!? 前科は確かにありますけど、今回は本当に違くてっ!!」


 前科あるのかよ。


「前もそう言ってたわよね。はぁ、もういいわ。今日は日田君に免じて許してあげる。だけど、四度目は無いわよ? いいわね?」


「ひ、ひぃぃぃ」


 瞼を開くとおびえ切った奈那子さんと、腰に手を当てて立っている真奈美さん。真奈美さんはひとしきりぷんぷんした後、俺の方へ向き直る。


「いきなり災難だったわね、あれだったらデスクの位置変えましょうか?」


「あ、い、いえ。とんでもないです」


「そう、分かったわ。ところで、怜ちゃん? ちゃんと教育係してる?」


 うっ、と痛いところを疲れたような少し間抜けな声を出す飯島先輩。ふと後ろを振り返ると、飯島先輩はデスク上のPCと向かい合っているところだった。


 一瞬でも目が合った時には相変わらずきつい目線を送ってきたが。


「ちゃ、ちゃんとやってますよ、そりゃ、私なりに……」


「じゃあそれは冴木先輩にやってもらったことを怜ちゃんはやれているかしら?」


「うぅっ……わ、わかりました……真面目に、厳しく、ビシバシとやります」


 え。ちょ。


「うん。その意気よ! じゃあ、私は戻るから。あとは頼んだわよー」


 真奈美さんは再び振り返り、奈那子さんのおでこを軽く叩いてこの場を去っていった。奈那子さんは納得がいっていないような、でも、自分が夢を見ているようなはっきりとしない表情をしていた。


 すごく申し訳ない。けれど、ヤリ〇ン陽キャは事実無根で、童貞陰……自分で言うのもあれだから言わないけど、無実の罪を擦り付けようとした罰だと思ってもらおう。


 きっと大丈夫だろう。ドМだし……。


 そして飯島先輩は先ほどまでのようなきつい目を向けてはこなかったけれど、目を狭め、口をすぼめて納得いっていないような表情を浮かべていた。


 俺はどちらにも苦笑いを浮かべることしかできなかった。



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