第7話 カーテンって、意外と必要なんですね。



 朝。カーテンが無いせいで存分に入り込んだお日様に起こされた。一瞬ホテルだと思ってしまったが、そういえば夏希さんの家に引っ越してきたのだと思い出した。


 眩しさと、朝の爽快感が混じるお日様に目を狭めながらベットに腰かけて立ち上がる。床が冷たい。


 俺は、失礼のないようにスーツに着替え、部屋を出る。そして数歩歩いてリビングに出ると、キッチンに寝癖をこさえた夏希さんの姿。


「あ、おはようございます」


 一礼して、顔をあげる。と、なぜか、呆然としている夏希さん。


「なんで、スーツなの?」


「なんで、と言われましても。もはや会社ですしここ」


「いや家なんだけど……? 私の方が仕事モードに入りそうだからすぐに着替えてきて新太君?」


「わ、わかりました」


 社長がそういうのならしょうがない。俺は部屋へと戻り、先ほどまでのパジャマに着替える。


 再び部屋を出ると、ジュー、という音と、すこし香ばしい匂いがいつの間にかリビングに漂っていた。


「おいしそうですね」


 俺は料理に集中している夏希さんに後ろから声をかける。一瞬ビクリとして後ろを向いた夏希さんは花柄のエプロンに身を包んでいた。かわいい。


「び、びっくりしたぁ。もう、急に後ろから話しかけないでよね! あ、それと昨日はごめんねー」


 と、苦笑いを浮かべる夏希さん。昨日の一件を迂闊に思い出してしまわないよう、最新の注意を払い返事を返す。


「全然大丈夫です」


「そっかそっか! じゃあ朝ごはん作ってるから新太君は座ってて! たしかアレルギーとかは無かったよね!」


「はい。ありがとうございます」


 アレルギーなんて就職するときの書類に書いたことあったっけなぁ、なんて思いながら後ろのダイニングテーブルへと向かう。


 ポコンッ。


 ダイニングテーブルの向こう側、キッチンの反対側に向かおうとしていた時。かわいらしい着信音が俺の目を引いた。夏希さんは料理に集中して気づいてないようだ。


 夏希さんが料理をしているすぐ後ろ。きっと夏希さんが座ろうとしていたであろう席にぽつりと置かれているスマホ。


 どんな人と連絡を取っているのだろう。なんとなく湧いてきた興味から、スマホを上から覗く。

 

 別にがっつり見たかったわけではない。だけど、そのスマホのロック画面が送られてきたメッセージの件名よりも、宛名よりも、どんな物よりも俺の目を引き付けた。


 なんで俺の寝顔?




 どういうことだ。確かに夏希さんのスマホのロック画面は見慣れた自分の顔、それも寝顔がなんで夏希さんのロック画面になっているんだ? あまりにも謎が過ぎる。


 と、同時にその時俺は感じた。


 後ろから感じる突き刺さるような冷気を。殺気を。それらがすべて籠った視線を。


 後ろを向いた瞬間命がなくなってしまうのではないかと錯覚してしまうくらいに、それはやばかった。


 そして、その出所であろうお方は……。


「もしかして……見た?」


 ゆっくり、のっそりと、夏希さんは俺の横に来て、スマホの電源を切りそして、エプロンのポケットに直した。


「見て……ないよね?」


「はい見てないです。すごく見てないです」


「……本当に?」


「ホントウニデス。シンジテクダサイ」


 夏希さんは訝しむ目線をじっくりと送ってくる。俺は、軍隊が整列するときの兵隊さんのように固まっている。


「……ならいいけど。じゃあ、座って待っててね!」


 ぱっ、といきなり笑顔に切り替わった夏希さん。俺は様々な考えを巡らせながら、席に着く。


 そして、俺は巡らせた考えを収束させながら、結論を付けた。


 とりあえずカーテンいるわ。





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